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あの日 あの年を忘れない

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1995年は一生忘れられない年だ。
新年早々の阪神大震災。
そして3月。
地下鉄サリン事件が起きた。
当時テレビ東京のニュース番組に関わっていた私は取材に駆け巡った。
テレビ東京は日比谷線神谷町にあった。
その日は不良債権問題で破たんした二信組の後処理金融機関が神谷町の駅の上に開業する日で、多くのテレビカメラが早朝から駅周辺に集まっていた。
突然駅から大声が上がり、地下鉄車両で人が倒れている事が分かった。
カメラが一斉に地下鉄構内に向かった。
「さがってください」という駅員の怒鳴り声が神谷町駅で収録された理由はテレビカメラが待機していたところだったからだ。

あの大事件から四半世紀近く。
間違いなく戦後日本を揺るがした大事件だった。
オウムは日比谷線だけでなく丸の内線、千代田線にも攻撃を仕掛けていた。
三線に共通するのは日本の中枢霞が関を経由する地下鉄であること。
つまり、彼らは日本を乗っ取る事を目指していた。
自分たちの組織に行政機構のような名前を付けていたのも、自分たちが国の統治を取って代わることを目指していた証拠と言われている。

麻原彰晃はじめ6人の幹部の死刑が執行された。
平成の大事件は平成のうちに決着をつけたいという政府の意思が働いたと言われる。
また死刑制度への国の内外からの賛否もある。

ただ一般の殺人事件とオウム事件は本質的に違うのではないだろうかと私は考える。
これは国家とは何かに起因することではないか。

現在の政府を選ぶか、オウムの政府を選ぶか、そういう選択が仮に行われたとき、選ばれなかった側は選ばれた側から死の報いを受けることを合法とするかということだ。

そもそも合法というが法律自体最大の目的は治安維持だろう。

オウムは国家転覆を狙った犯罪者であるという議論はあまりなされていなかった気がする。
226事件などに匹敵する内乱だったと考えれば、時の権力側が相手に死を迫ることはこれまでどの国の歴史にもあったことではないだろうか。

平成が終わる。
新しい時代に第二のオウムが現れないことを切に祈りたい。