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「恍惚の人」から半世紀

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有吉佐和子さんの小説「恍惚の人」が発表され、200万部近い驚異的ベストセラーになったのは1972年(昭和47年)、かれこれ50年近く前のことだ。
当時は認知症などという言葉もなく、「恍惚の人」というネーミングが衝撃的だった。
あの頃は日本自体が若い国だった。1972年当時の平均年齢は男性が70.50歳、女性が、 75.94歳だから今と比べておよそ12歳くらい若かった。
また100歳を超える人はわずかに405人である。現在の67000人と比べてみればその人数の増加は驚くばかりだ。
長寿の人が少なかったから認知症の症状が顕在化する前に亡くなる方が多かったと言えるだろう。

最近その「恍惚の人」を読み返してみた。
弁護士事務所に勤務する主人公である嫁が、自分の息子さえ認識できなくなった舅の徘徊や失禁などにふりまわされるという話で、ついに主人公は仕事を辞めざるを得なくなる。
いかにも大変そうだし、お嫁さんは気の毒なのだが、ただ今の日本ではこのような話はあちこちで見聞する。
もし「恍惚の人」が今日出版されていたらそれほどの注目は集めなかったかもしれない。

今日では半世紀前にはほとんど存在しなかった問題がたくさん出ている。
認知症の人を世話してくれる施設が見当たらず、やむなく家族が世話をするが、認知症の人は高齢でも身体的には元気で動き回るが、世話をする家族のほうも高齢化して徘徊などに対応できない。
認知症でも生活の必要もあって車の運転を続け、逆走やペダルの踏み間違えなどで大きな事故を引き起こし加害者になってしまう。
こうした現状とどう向き合えばよいのか。
幸いロボットや人工知能の開発など半世紀前にはSF的な話にすぎなかった技術開発が進んでいる。
長谷工シニアホールディングスが展開する老人ホームでは、入居者の話し相手や身体を動かす体操のお供をロボットが当たり前のように担っている。
お年よりの評判も上々で、近い将来人工知能の発達でさらに複雑な会話もロボットが相手になるだろうし、徘徊をロボットが追尾することも可能になるかもしれない。
また自動運転車にも使われているセンサー技術により、徘徊やベッドからの転落事故の危険を察知してナースコールや、家庭介護の場合は別の部屋で寝ている家族のスマホへと異常を伝える技術開発も富士通などで実用化が進んでいる。
こうした技術開発が世話する側を助けることに一定の役割を果たすことは間違いないだろう。
だが施設内などではなく一般の家庭、特に老老介護の現場では新技術の恩恵を受けることはとても期待できまい。

厚労省は2026年に認知症は高齢者の5人に1人およそ730万人に達すると予測する。
歳をとれば多少の差はあっても誰でも認知症になるという前提で、家族や地域が連携して日頃からみんなで認知症の予防に努め、安全の確認やお互いを見守る社会を作る以外に方法はない。

半世紀前、介護保険やケアマネジャーと言った仕組みや制度もこの国にはなかった。
「恍惚の人」の主人公は相談するところもなかなか見つけられないでいた。
高齢化社会は困ったことではない。不老不死は古代から王様の夢のまた夢だった。
それが今やだれでも100歳まで生きることができる喜ばしい世の中になったのだ。

カラオケを世界に広めた第一興商は、歌を歌い、また映像と音楽に合わせて体を動かすことで認知症予防に役立つと、「エルダーシステム」と名付けた機器を全国の老健施設や公民館に設置している。
そこでマイクを握り体を動かすお年寄りは一様に明るく楽しそうだ。
このみんなで楽しむという連帯こそ、これからの社会作りに大切な視点ではないだろうか。