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2019年10月のバックナンバー

★近くの人より遠くのメル友

2019年10月 9日

★近くの人より遠くのメル友


新聞でこんな歌が紹介されていました。

あたらしい メールがきみに 届くたび 目のまへにいる ぼくはうすれる

家族のだんらんでも恋人の会話でも、目の前にいる人よりもスマホ画面に神経を集中しているさまが浮かんできますね。
スマホの中の世界が目の前のリアルより大切というのはこれだけにとどまりません。自分の目や耳で実体験することよりもスマホで調べたことの方が事実と勘違いしている人も多いようです。
現実の真贋を見極める訓練もなくして、スマホの真実なんかわかるわけないんですけどねえ。

 

★エコ? エゴ?

2019年10月 8日

経済を意味するエコノミーという言葉には合理的、経済的とか割安という意味が含まれます。
エコの立場からゴミ削減でしめ飾りを減らしましょう、という呼びかけが数年前からされています。
 
包装紙もムダ、レジ袋やめてエコバッグ
店舗よりはネット販売
小銭より電子マネーにすれば財布も要らない
コンビニは無人レジ
本を読むならブックオフ
新聞は紙代も印刷代もムダ、販売店もムダだから電子新聞
クルマなんか持つ必要なくカーシェアリング
結婚なんて、ムダの極みだからおひとりさま
子供なんてムダのきわみ
一日1回サプリを飲めば食事はしなくて済むからムダ削減

合理性の追求はいくらでも進む。
エコはすばらしい。 
あれ?
それで経済は成長するのかしら?

 

★死期を自分で決める

2019年10月 7日

数年前著名な学者が自殺しました。78歳でした。
論客が自分の死は自分で決めるという選択をされたことに敬意を表します。
本人の意思とは関係なく 病院のベッドで多くの管につながれ、ただ生きているというだけの余生に何の意味があるのか 。
元気で活動できるならともかく、植物人間として100歳まで生きて誰が嬉しいか。
認知症で家族すらわからなくてそれでも生き続けたいと思うのか。
私もけっして他人ごとではないと思います。
以下、五木寛之さんの「孤独のすすめ」から引用です。
 
「ピンピンコロリ」が、ひとつの理想の死に方だと言われてきました。
しかし、そんな状態で逝ける人は、実際にはごく少数派でしょう。
医療技術の長足の進歩の結果、私たちは簡単に死ぬことができなくなりました。
すでに外界の刺激に反応することもなく、自らの力で食べることも飲むこともかなわず、胃袋に直接通したチューブから栄養を摂取して、植物状態で生きる。現在もそういう状態で病院にいる人は少なくありません。
「人生百年時代」には、どれほどの数に上るのか、見当もつかないくらいです。
そうした状態でも、私たちは生きていたいのか。敢然と「ノー」を突きつける人も、徐々に増えてはいます。しかし、いわゆる「尊厳死」がこれだけ長い期間議論されながら、日本ではいまだに法的には未整備ですし、社会的容認にはほど遠いのが現実です。人は、自分の意志とは無関係に、この世に生まれてきます。ならば、しかるべき人生を全うした後に「退場」する時ぐらいは、自分の意志で決められないものだろうか。私は、そんなふうに考えることがしばしばありました。
「日本人の生と死」をマクロで見つめてみると、また別の「新たな局面」も見えてきます。日本の人口問題を語るキーワードが、「少子高齢化」から「人口減少」に移行しつつあります。なぜ人口が減るのか。当面の主たる原因は、「子どもが多く生まれない」からだけではなく、「高齢者が死ぬ」からです。
これまで、「高齢化」という言葉の陰に隠れて、その事実が見えにくかったような気がします。「人間、いつかは死ぬ」のです。
しかも、これからの日本で間違いなく起こるのは、超高齢社会につづく、未曽有の「大量自然死」の時代です。
 
                                                              『孤独のすすめ ~人生後半の生き方』 
                                                                         五木 寛之 著(中公新書ラクレ)

 地域の病院から紹介されて私が通院した国立横浜医療センターの若い女性医師は1年間一回も私の顔も見ず、脈も取らず、聴診器もあてずひたすら電子カルテを打ち込むだけで、「糖尿だから糖質はダメ、米、パン、うどん、そば、とんでもない」「高血圧だから塩、醤油ダメ」「果物ダメ、長生きしたいと思ったら全部ダメ」というので それなら何を食べればいいんですかと質問しました。
「薬だけ飲んでいればいいんです」と一言。
憤然と席を立って出てきました。
患者をただ薬を消費する動物としてしか見ていないようです。
さて一方で超高齢社会は中高年世代の自覚も必要と五木さんは説きます。
年よりはいたわられるものではなく、年よりでも果たすべき責任や自覚が必要と説きます。
さらに引用続けましょう。

「老人階級」が階級として世の中に受け入れられる条件。
それは、不可能とも思えますが、「自立すること」につきると思います。
まず一定以上の収入のある豊かな人びとは、年金を返上すればよい。そこは制度的に判定できるはずです。何歳になろうとも、働ける人は働く。そして、十分な収入があるのなら、そのぶん年金は減らすようにするのです。
年金をもらわないことを「損だ」と考えるのではなく、ちゃんと社会に還元するのだ、と考える。
二つ目の提案は、「選挙権の委譲」です。
今の日本では、投票率は年齢が高くなるほど高まる傾向が顕著です。
ですから、政治家は高齢者に有利な政策を並べ立てることになる。
もちろんそれは、投票に行かない若者たちの責任でもあるのですが、それはそれとして、高齢者の側があえて選挙権を後の世代に「譲る」度量を持つべきだ、と私は思うのです。
実際に、経済をはじめとする国の屋台骨を支えているのは、勤労者世代です。若者たちには、これからその役割を担っていってもらわなくてはなりません。そういう人たちがよりよい生き方をできなかったなら、国は衰退していくでしょう。逆に言えば、下の世代が安心して働き、暮らせる環境があってこそ、「老人階級」の生活も保障されるのです。
高齢者には、年の功があるでしょう。しかし、判断力が鈍ったり、柔軟な思考ができなくなったりと、「有権者」として心許ない現象が顕著になってくるのもまた、認めなくてはならない「不都合な真実」ではあります。
 
少なくとも百歳以上の高齢者が、自主的に選挙権を返上することは認めていいのではないでしょうか。
また、超高齢者の選挙権を悪用されているケースも少なくない。
                
                                                            『孤独のすすめ ~人生後半の生き方』 
                                                                       五木 寛之 著(中公新書ラクレ)
 
高齢社会の生き方が真剣に問われています。
 

 

★声が大きい人の意見は通りやすい?

2019年10月 7日

クレーマーで販売員がノイローゼのよう追い込まれるということが 労働組合などの調査で明らかになっています。
確かに度が過ぎるクレームで日常業務に差し障るような事例も多いと思います。
ただ、初期対応をもうすこし上手にしておけば、騒ぎにならなかったというケースもまたあるのではないでしょうか。
クレーマーの被害を訴える側にも問題はなかったのかということです。
一方的な申告ではわからない、トラブルの真相というものに私は興味があります。
セクハラで男性が訴えられるという事例も実は女性が好む男性からの一言なら悪い気はしなかったけれど、 たまたま嫌いな男性だったからセクハラと会社で問題にするということはないでしょうか?
若い男性が社内恋愛などに消極的になる遠因かもしれません。
そういえば数年前電車の中で女子高校のグループが 、「カネがなくなったら痴漢と騒げば男は慌てて金を出す」と言っていたのに戦慄したことがありました。
トラブルではありませんが、 宿やレストランのネットサイトの書き込みというのも よくわかりません。
日頃贅沢をしている人が「ひどい宿」と思っても、旅行など行ったことがない人から見れば「いい宿でした」となります。
要は当事者の経験値により同じ宿やレストランの評価は変わるものです。
どんなことでも人により違う評価が生まれます。              
客観的な立場とは何か、声が大きい人の意見だけが通るという事では困ります。

 

★人生の運動神経

2019年10月 4日

考えてから行動する、のが理想だとは思います。
でも現実にはとっさに行動してからあとから考える事の方が人生には多いのではないでしょうか。
とっさの時どう処するか、それが日ごろの鍛錬でありもっと言えばその人の人生そのものだという気がします。
 
普通は考える間なんかないのです。
運動神経というか、とっさの判断の繰り返しが人生です。
 
だからよいと思ったことに躊躇があってはなりません。
判断できず動けないというのが一番まずいのです。
 
日頃から「人生の運動神経」を養いたいと思います。
 

 

★大河ドラマ まさかまだ見てないでしょうね?

2019年10月 3日

視聴率史上ワーストを争うレベルだそうです。
最初数回見ましたが、ついに我慢できなくなって視聴を断念しました。
果たして受信料を使って、多くの国民が視ていないドラマを作り続ける必要があるのでしょうか。
民放ならば不評だと打ち切られます。
需要がない商品は淘汰されます。
しかしNHKにはそういう理屈はないようです。
最高裁は知る権利が受信料支払い義務の根源といいますが、そもそもその受信料で 娯楽番組を作る必要はありません。
だいたいNHKにしか報道できないことって具体的に何なのか、挙げていただきたい。
私はNHKと民放両方から給料をもらい、報道の現場にいてNHKだから放送できなかった権力側のニュースはいくつか知っていますが、 NHKしか報道できず民放ではできなかったニュースというものに出会った経験はありません。
NHKはBBCなど他の国の公共放送の事例はよくあげますが、アメリカはじめ公共放送がなくても別に必要性を感じていない国の話はしませんね
NHKだから伝えられることよりもNHKだから伝えられないことのほうがいまや問題だと私は思います。
 
権力へのチェック機能はむしろ民放や新聞で国会で予算通してもらうために与党対策をしなければならないNHKのほうがはるかに権力におもねっていると考えるのは私だけでしょうか。
百歩譲って災害報道などでNHKの重要性があるということは認めても、ドラマや歌番組に受信料は回すべきではないでしょう。
 

 

★上手な話し方のコツ

2019年10月 1日

ヒトとして生まれたからには相手とコミュニケーションをとるという当たり前のことは朝飯前と思いきや、上手に話せないと悩んでいる人は意外に多いものです。
特に若者はスマホと付き合うのは得意でも、対面で人間と話すのは慣れていないと言う人が多くいます。
学生ならともかく、社会に出ればそれでは通用しません。
特に敬語の使い方が全く訓練されていないという人が目立ちます。
ワンポイントアドバイスをしましょう。
自分のことを「わたくし」と言うのです。
そうすれば結語は自然と収まります。
俺でも僕でも私でもなく、「わたくし」です。
試してみてください。
 

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