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消費の主役はシニアと外国人

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移民ゼロの日本の将来

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寅さんが歩いた日本の原風景

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消費の主役はシニアと外国人

2020年1月27日

シニアになるとお金を出す対象はモノではなくなってくる。
若いころなら車や家、家電製品やパソコン、服など欲しいものがたくさんある。
しかし、次第に物欲がなくなってくるものだ。
高齢社会とは、需要減退社会のことである。
2019年の消費税引き上げ前の駆け込み需要が、かつての引き上げ時ほどはなかったこと、とくにこれまで最も駆け込みが多かった住宅とクルマにその兆候がほとんど見られなかったことはそれだけこの数年間に高齢社会が進展したことと無縁ではないとみる。
では、高齢者はどんなことにお金を使うのだろうか。
一口にお年寄りと言っても様々だ。年金暮らしで生活に精一杯という人も少なくない。
政府が社会福祉を考える時、こうした人々の生活をどう守るか考えるのは大切なことだが、一般企業が自らの経営を考えるときに、「年金ぎりぎりの生活をしている人に提供する商品を作りたい」と思うことはまずありえない。
お年寄りでもある程度の生活に余裕がある人、できれば富裕層に商品を提案したいと思うはずだ。
その商品のキーワードは「文化と伝統」だと考える。
美術館や博物館に足を運べば、どこも大盛況。その中心はシニアだ。
特に最近気が付くのは休日と平日の動員力に差がなくなっていることだ。
平日の主役はもちろんリタイア世代。その絶対数が増えていることが追い風になっている。日々の生活に事欠く人が美術館に通うとは思いにくい。
これまで前期高齢者だった団塊の世代は元気いっぱい国内・海外の旅行に出かけて老後の自由を満喫していたが、この年齢層が今後後期高齢者になると体調を気遣い今までのようには旅行にいかなくなってくる。せいぜい日帰りで近くで楽しもうというとき、美術館や博物館めぐりは格好のおでかけテーマになる。
これはますます増える外国人観光客をターゲットにした時にも同じだろう。
初めて日本に来たという人なら化粧品やブランド品、菓子に医薬品などの爆買いに必死になるだろうが、何度も訪れるリピーター客には新たな興味を提供しなければならない。
それは日本そのもの、つまり日本の伝統や文化だ。
東京両国の江戸東京博物館。
近年とみに増えたのが外国人の来館者だ。
国別の統計は取っていないようだが、ボランティアガイドの人も英語や中国語での説明を求める人は年々増えているという。
彼らはとくに江戸時代の町のつくりや江戸の暮らし向きに関心をよせる人が確実に増えている。四季があるこの国で花見や正月を体験したい、祭りや定期市などに行ってみたい。東京など大都市ばかりではなく地方の古民家を訪ね、職人の伝統的なものつくりを見てその商品を手に入れたい。
独自の歴史を持ち文化を育んできたこの国は、何もカジノなどに頼らずとも、リピーター客の好奇心をくすぐる魅力が尽きないと思う。
日本の食はもちろん着物など衣料品や民芸的生活雑貨に親しんでもらう。神社仏閣や古民家、町家などに関心を持ってもらう。陶磁器造りや和紙手すきなど職人の技を体験してもらうといったことは、シニアへの提案であり外国人への提案でもあるはずだ。
自動車や家電といった産業なら巨大資本が必要で大都市の大企業が主役になるが、こうした日本的なものの担い手は地方の零細企業や職人である。これまで経済的には劣勢とみられていた人たちが産業の主役を担う時代が来たと考えるがいかがだろうか。

移民ゼロの日本の将来

2020年1月22日

現在この国では政府も野党も「日本は移民政策をとっていない」という世界的にも通用しない詭弁を繰り返している。いま門戸を開いているのは5年をめどに日本に働きに来る人達であって長期滞在は想定していないということになっている。
しかし、日本人と結婚し子どもができ、結果として長期滞在し帰化申請する人が今後は急増するはずだ。日本の国籍取得要件はかなりあいまいで、日本で仕事に就いているか、犯罪履歴などがないかなどを勘案されたうえで面接で仕分けされる。
帰化を希望しても建前として移民を認めないこの国ではそれが実現できないままに長期滞在をする外国人に対して社会保障や参政権をどうするかという問題がある。
働き手としての外国人ばかりを日本は歓迎するが、彼らも病気になり、歳をとり、政治へ参加する権利も要求するようになった時、移民は存在しないという建前とぶつかるはずだ。
長期滞在者が権利を求めてデモをしたり、テロに走った場合この国はどう対応するつもりだろうか。世界中から価値観の異なる人が集まれば日本的あうんの呼吸は通じなくなる。
確かに今後日本は人口減、人手不足は深刻になる。
それでも移民は認めず、日本人だけでやっていく。この国は単一民族の国であり。たとえ経済成長を犠牲にしても日本なりの生き方があっていいというのも見識だ。
しかしそれはやはり困る。外国人に働き手となってもらいたいと思う以上は、日本に死ぬまで住み続けてもらい日本人と同じ権利と義務を持ってもらうとしなければ、将来に禍根を残すと思う。
私たちは今岐路に立っている。

寅さんが歩いた日本の原風景

2020年1月20日

「男はつらいよ50 お帰り寅さん」を見てきた。
これまでの49作品をDVDですべて見た後に今回の50作目を劇場で見ることになったので感慨もひとしおだった。
劇場はほぼ満席、その大部分は中高年だった。
寅さんは全国を放浪するテキ屋稼業、その仕事場は神社などの縁日だ。
正月公開の映画が多かったから初詣シーンがよく登場した。
地方の神社でも当時は実に賑やかで、しかも多くの参拝客は和服姿が映し出されていた。
寅さんは飛行機も新幹線もほとんど使わない。
そもそもあの格好では似合わないだろう。
ケータイもスマホとも無縁で赤電話の前に10円玉を積んで慌てて近況を伝える。
宿泊も「ビジネスホテルなんて味も素っ気もなくて嫌いだぜ。温泉に入りおかみが熱燗つけてくれる。それで朝飯もついて500円くらいで泊まれるところがいい」。
 
そんな寅さんが旅をしたところは島根県津和野、兵庫県三木、備中高梁、京都伊根の舟屋、佐賀県小城、福岡県秋月など地方のひなびた町だ。
古民家が似合い職人の手仕事が今も残るような土地を寅さんは旅した。

時代は高度成長時代。新幹線がどんどん伸びて、飛行機の旅も気楽にできるようになりつつあった時代にあえて山田洋次監督は古き良き日本の風景を記録してきた。
シリーズ開始から半世紀。ローカル線を走る蒸気機関車の風景などもはや取り戻すことはできない貴重な映像が「男はつらいよ」には残されている。
単なる昔を回顧するだけでない。
近代的な超高層ビル立ち並ぶ都市開発なら北京でもシンガポールでもドバイでも日本以上のものが見られる時代に、多くの外国人が日本観光に期待するものはなにかを考えるうえでも「男はつらいよ」は大きなヒントを内包しているのではないだろうか。
 

お友達の新年会

2020年1月14日

先週、新聞の「総理動静」欄を見て、思わず顔がゆがんだ。
 
こいつらまたやってる。
 
日本を代表すると本人たちが思っている新聞、NHK、民放各社の代表者が安倍総理と会食をしたのだ。各社実名で名前が出ている。
 
「総理のご機嫌を伺う会」である。
 
「桜を見る会」がどういう会なのか知っていながら国会で問題になるまで知らんぷりをしていた
 
大マスコミの中で、もっとも親総理と言われる人たちが出席者。
 
しかもこの人たちは日々記事を書く記者の上司にあたる人たちで、記者から見れば上司が安倍総理と仲が良いのに、わざわざ批判的記事を書けば自分の立場が難しくなるだろうと忖度せざるをえない人たちなのだ。
 
かつて田中角栄金脈事件を立花隆が文春で暴いたとき、大マスコミは「そんなこと知っていた」と言ったという。
 
「桜を見る会」の本質だって「そんなこと知っていた人たち」が総理とお友達なのだ。
 
マスコミとは何だ!

片づけるということ

2020年1月11日

散らかっている部屋や机を「片付ける」と言いますね。
一方で仕事を終わらせることも同じ「片づける」と言います。
これはけっして偶然ではありません。
乱雑になっているものや不要なものを捨て同じジャンルのものはひとつにまとめ、順序だてて並び替える。この作業と仕事を進めて仕上げて行く作業は極めて類似性が高いと思いませんか。
朝、オフィスの自席に座ると前日からの書類や郵便物などが山積みされています。それらに目を通し、一つ一つ決済や担当者に指示を出して行く。
それこそが日々の仕事のはずです。
朝、乱雑だった机の上が次第に片付きなにもなくなった時が一日の仕事の終わり。
そう決めれば作業処理の目安がたち、やり忘れも防げるのではないでしょうか。
パソコン内の仕事も同様です。返信などが必要なメールは一時保存や下書きなどのホルダーに移しファイルに名前を付けて保存したり  整理項目別にメールを保存する。受信トレイを文字通り片付けてゆくことがパソコンの仕事です。
そして受信トレイのメールをすべて片付けたあと、下書きなどに一時保存したメールに返信するなど処理し、すべて終えて本日のパソコンの仕事は一段落というわけです。
身のまわりがいつも散らかって片付けられない人は、頭の中も整理できず、ダンドリも苦手で結局仕事も片付けられないのではないでしょうか。
整理は仕事に通じる。年や月の終わり、週や一日の終わりにどう仕事に区切りをつけるか、これは永遠のテーマかもしれません。

人生100年時代

2020年1月 6日

まず問題です。
第一問   前回東京五輪のあった1964年の敬老の日に発表になった100歳人口は何人だったでしょうか?
第二問   令和元年に発表された厚労省統計による100歳人口は何人だったでしょうか?
答です。第一問の1964年当時は153人。
そして第二問の答は71243人です。わずか50年余りでこの違い!
そして30年後の2050年には戦後のベビーブーム世代が生きていれば100歳になるため100万人の大台に乗る可能性があります。
人生100年時代と言われるようになりました。かつて王様や大金持ちは長寿のためにはどんなに財産をつぎ込んでも惜しくはないと思ったと言います。
それを思えば今の時代は普通の人が100年生きることが不思議ではないわけですから、なんと幸せな時代なのでしょう!
「高齢者問題」などと言いますが、本来は少しも「問題」ではなく「慶事」のはずなのです。
ところが現実には生活苦や介護を苦にして自殺する人さえいる。高齢問題にどう立ち向かう、と官民挙げて叫んでいるのです。
一番問題なのは100歳が珍しかった時代の仕組みを100歳100万人時代に通用すると思うことです。例えば「お年寄りがまだ若かった時代(変な言い方ですが・・・)」に「ご隠居さん」という言い方がありましたが、いまそんな言葉使いませんよね。定年で会社を辞めて、あとは楽隠居なんて発想ではとても国が持ちません。健康な人は年齢など関係なく働ける社会をつくるしかありません。
団塊の世代の人は55歳定年時代でしたから、年金を収めたのはせいぜい30数年、それなのに100歳まで50年くらい年金をもらえば年金財政が破綻することは子供でも分かる話。それでも年金制度は大丈夫と政府は言い続けないと若い人が年金を払ってくれなくなります。「王様は裸です」と言ってはいけないのです。
多くの人は定年万歳ではなく、定年の日に寂しい顔をするようです。もっと働きたい、社会と関わっていたいという人が多いのに、あらかじめ決めた年齢で引退させてきたのです。人手不足と言いながらなんともったいないことでしょう。
一定の年齢以上はプロ野球の選手のように毎年契約更改をして、たとえ70歳を過ぎても能力があれば2000万円でも3000万円でも年収をもらえるようにする。その代りその人は公的年金制度から一時金だけもらって退会してもらう。こんな仕組みを作り高齢者全員に公的年金を支給するしくみをあらためるべきではないでしょうか。
「お年寄りはかわいそう」という発想もやめる必要があります。
ある年齢に達すれば、一律交通機関や映画館、美術館などの入場料を安くする考え方も見直すべきです。
この国の個人資産およそ1800兆円の8割は50代以上が持っているのです。
年寄りだから一律負担を軽くするという発想をやめない限り、お年寄りのほうが多い時代では動きが取れなくなります。
社会の仕組みを変える必要はほかにもあります。
例えば「お客様ご案内中」というアナウンスのもとに、車いすの方の電車の乗り降りを係員が介助しています。
電車一編成に一人くらいの対象者なら今の方法でいいかもしれませんが、
100歳100万人時代は、一本の電車に乗る車いすの人が何十人もいると予想されます。新宿のような乗降客の多い駅で山手線に同時に30人の車椅子利用者が押し寄せたらどうなるでしょう。間違いなく定時運行は難しくなります。そもそも満員電車に車いすの人が何人も乗るというのも難しいでしょう。女性専用車両と同じく車いす専用車両も必要になるかもしれません。優先席で収容できるようなお年寄りの数ではなくなり、座席すべてが優先席という発想も求められるでしょう。
「シニアのための」ではなく「すべてがシニア向け」へと考えを改めなければなりません。
お年寄りを特別扱いする発想からの脱却。
これが最も大切なことではないでしょうか。

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