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2020年5月29日

★夜の暗さを知っているから 朝日が嬉しい

2020年5月29日

★永代通りを行く

2020年5月28日

★消毒用の酒

2020年5月27日

★会社が変わる

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★夜の暗さを知っているから 朝日が嬉しい

2020年5月29日

周囲を見回してほしい。
どこかに展望があるだろうか?
映画のシーンのように人影が消えた繁華街。
日本が世界に誇った新幹線もガラガラ、TDLは休園久しく、国技も本場所がなければ巨漢もムダメシ喰いと化す。
延期されたオリンピックも次の発表は中止の予感だ。
企業業績は惨憺たる数字、倒産・失業も他人事ではない。
うんざりするほど来ていた外国人観光客もパッタリ。
その外国人が食べたいと言っていた日本料理を出す料亭も寿司屋もラーメン屋までもいまや存亡の危機。
アベノミクスはアベノマスクになり、アベノマズサが目立ち、口を覆うより目を覆いたくなる。
 
見回しても打開のすべが見当たらない。
輸出産業も製品よりも工場を輸出したばっかりに世界各地の感染の影響を受けている。
大体世界中が病んでいるのだから元気にモノを買ってくれそうなところがない。
そうでなくとも国内市場は高齢化が進んで需要そのものが減退していた。
 
お先真っ暗である。
ただ、朝の来ない夜がないのも事実である。
悲観論からは何も生まれない。
歴史を見ても戦乱や飢饉、疫病で何万人が死んだ災難は繰り返し起こったが、そこで歴史絵巻が途切れたわけではない。数年か数十年先かわからないが、災難の後新しい時代は必ずやってきた。
例えば、平安時代から鎌倉時代にかけては疫病の流行をはじめ、大地震、火山噴火、大火事、飢饉、戦火などの災害が多発した。当時は対策として元号を変えることぐらいしかできなかった。これを「災異改元」という。
歴史上102回あった「災異改元」のうち実に71回までが平安鎌倉時代に集中している。
この改元の内訳は、天然痘の流行が12回、ハシカが7回もあり、この二つの感染症がいかに当時は恐怖の対象であったかがうかがわれる。
初日の出を拝むのに、太陽が出てから出かけてゆく人はいない。
暗い世界に光が差し込むのを見て、みな神々しさに打たれ思わず手をたたいたり拝んだりする気になる。
繰り返す。
悲観論からは何も生まれない。
明治維新以来の最大の国難の先にどんな未来があるのか見てやろうというくらいの気概を持って、あたらしい日の出を拝むような前向きな気持ちを持たなければならない。
暗いうちに仕込むのだ。
歴史を塗り替えるには革命が必要だ。
今の時代暴力による革命は流行らない。
イノベーションを取り込み、意識変革を迫る革命があれば時代は動く。
明治維新以来の危機には「令和維新」が求められている。


 

★永代通りを行く

2020年5月29日

自粛中、感染症の本をいろいろ読んでいたが、日本ではハシカで命を落としている人が大変多いということを改めて知った。
江戸時代、ハシカは25~30年おきに流行を繰り返したという。ハシカで亡くなった最も有名な人物は「生類憐みの令」を発した五代将軍の徳川綱吉だろうという記述を読んで、久しぶりに永代橋を渡ってみたくなった。
というのも、隅田川にかかるこの橋は中洲である永代島にかかる橋という意味もあるが、時の将軍綱吉の50歳を祝う記念事業として架けられたとも言われている橋なのだ。
架橋は1698年(元禄11年)である。当時としては最大規模の橋で長さが200メートル、幅6メートルあったと記録に残る。時は元禄バブルの時期だった。
ちなみに架橋から4年後、赤穂義士たちが吉良上野介の首をもってこの橋を凱旋し、泉岳寺に向かったと言われている。
地下鉄を茅場町で降り、永代通りを進むとほどなく青く染められたアーチ形の橋が見えてくる。
この永代橋は関東大震災で他の隅田川にかかる橋とともに落ちてしまった。
復興計画策定の中で帝国復興院総裁、後藤新平は「100年後この国は観光大国になる。セーヌ川のように隅田川が観光の名所となるためには画一的な橋では魅力に欠ける」と、強度とともにデザイン性も求めた。
後藤新平はいま、日清戦争の復員兵を瀬戸内海の島に隔離して検疫を実行、コレラなどの蔓延を防いだことでも評価されているが、先見性がいかに政治家に必要か思い知らされる。
永代橋を渡りしばらく行くと澁澤栄一旧宅の説明板がある。500余りの企業の設立にかかわり日本資本主義の父と呼ばれる新一万円札の顔は、この地に住み采配を振るった。
危機に瀕する日本が永代も反映し続けるか、いま大きな岐路に差し掛かっている。
かつてバブルが崩壊した時、証券会社が立ち並ぶ永代通りは「バブル崩壊街道」と呼ばれた。
この道の先にどんな未来があるのか考えながらの永代通りの散歩であった。

★消毒用の酒

2020年5月28日

時代劇で切られた武士が焼酎を傷口に吹きかけて消毒をしているシーンは何度か見たことがあった。
蒸留酒である焼酎は古来刀傷などの消毒に利用されたようだ。
そんなことが現代でもまた復活した。アルコール飲料を不足している消毒液に転用しようという動きが各地で本格化している。
各地の酒造業者が次々と参入、アルコール度数の高い酒を消毒液に加工販売しているのだ。4月に厚労省が70~83度の酒を代用品として認めるという通達をだし、また国税庁も消毒専用酒については酒税を免除することとした。
厚労省によれば蒸留酒を消毒に使用する場合、適当なアルコール度数は70~80度くらいで、度数が高いほど殺菌効果はあるものの、あまり高すぎるとウィルスを除去する前に揮発してしまうという。
こうした動きにビールメーカーも反応した。アサヒビールとキリンビールは余っているビールを消毒用アルコールにするため茨城県の酒造メーカーに無償で提供することになった。ビールを蒸留して高濃度のエタノールを取り出し自治体に無償提供するというもので、今月半ばから茨城県の酒造メーカーに協力している。飲食店の自粛で業務用に作られたビールが余ったという事情があった。
今後消毒用アルコールは、経済活動が活発化するとさらに需要は増すとみられ、参入業者も増えそうだ。混乱克服にみんなの英知がブレンドされている。

★会社が変わる

2020年5月27日

日本ではパソコンの需要は最近頭打ちだった。
タブレットやスマホへのシフトが著しく、オフィスではともかく個人ではパソコンがなくても支障がないと感じる人が多かったようだ。
ところがここにきてパソコンメーカーの活況が伝えられている。
コロナ禍であらゆるビジネスが縮小している中にあって数少ない拡大ビジネスに数えられる。
在宅勤務が奨励され、あるいはオンライン授業が常態化し、家庭用のパソコンの需要が急増したようだ。NECは前期純利益が前の期の2,5倍になり最高益を更新した。これは実に23年ぶりのことで、Windows95が出てパソコンが普及し始めたころ以来という歴史的ともいえる決算だ。
緊急事態は解除されたが、一度動き始めた在宅勤務やオンラインミーティングのインフラ整備は今後も活用されてゆくことは間違いない。
わざわざ満員電車に揺られ朝定時に全員顔を合わせることもなくなるだろう。
ハンコ革命も進み、これまでできなかった会社の仕組み改革はもう待ったなしだ。一堂に集うオフィスも不要、みんなが現地で顔を合わせる出張も不要。
何年かかっても遅々として進まなかったオフィス改革はコロナ禍で好むと好まざるとにかかわらず一気に進む。
その時都心のビル需要はどうなるのか?
通勤客の苦痛の上に成り立っていた日本の鉄道産業はどうなるのか?
そしてこの流れの先に、果たしてリニアは必要かという大問題が待っていることは間違いない。

 

★集中治療を譲る意志カード

2020年5月26日

糖尿病、心筋梗塞、高血圧とヘレンケラーのごとく三重苦と戦うわが身を「基礎疾患がある人」と世間は呼ぶらしい。
コロナにかかればイチコロナなどと本人は洒落てはいるが、冗談で済まないのは、もし私がコロナで病院に担ぎ込まれ予想通り人工呼吸器を装着することになった先のことである。
その時大規模に感染が広まり人工呼吸器や人工肺などの高度医療機器が足りなくなっていた場合、私があらかじめ「機器が不足した場合 私は若い人に高度医療を譲ります」とあらかじめ同意書を書いておく必要性を考えている。
本人の同意なく取り外しをした場合、日本では医療従事者が重い法的リスクを抱えることになり、殺人罪に問われたり民事訴訟を起こされる場合もある。
その点、本人から事前に意思表示してもらえば、本人の意向に沿ってのことという「免罪符」になるわけだ。
これに対して命の選別につながるという反対意見もある。
日本では高性能人工呼吸器は輸入に頼っている。また人工肺エクモは国産が多いが、扱えるスタッフが一人の患者に対して10人は必要と言われている。
パンデミックの渦中で生き残る望みの少ない高齢者、基礎疾患のある人よりは若く、生きる望みがある人に限られた資源をつぎ込むべきだと私は思うが、世の中みながそれに同意するという保証はない。
「高齢者が死んでもいいと言っている時だけ死ぬのを許すのも年齢差別だ」
「先着順だと本当に必要な人に医療資源が行き渡らなくなる」
これまで日本では幸いにもこうした議論は公の社会では大きくはならなかった。しかし今回のコロナ禍は、避けては通れないこととしてこのことを私たちに問うている。

★「ざるをえない」が「去る者は追わず」になる

2020年5月25日

いつでも進歩を阻止するのは旧勢力である。
これまで恩恵を受けてきた人たちは、新しいものが出てくると拒否反応を示すのはいつの世にもあったことだ。
しかし今回のコロナ禍は否応なく、新しい技術などを取り込み不完全であっても新しいことに挑戦せざるを得なくなっている。
ロボットに接客や生産や介護を任せざるを得ない。
ドローンに配送を任せざるを得ない。
オンラインで授業をせざるを得ない。
テレビにリモート映像など荒くて出せるか! という旧勢力がいても出さざるを得ない・・・・・。
これまでなら旧勢力は反対意見を言って、一蹴していたはずなのに、やらざるを得ないのだ。
それによって質が落ちようと、多くの人が職を奪われようとやらざるを得ない。
「ざるを得ない」が巨大な変革のエネルギーになる。
これは革命だ。
「ざるを得ない」が「去る者を追わず」となってゆく。
卵を割らなければオムレツはつくれない。
やった人が勝ちの時代だ。

★街の風景

2020年5月22日

私の住む町は大手電機メーカーの企業城下町だ。
朝の通勤時は東京方面への上り電車もラッシュだが、この町に勤めているサラリーマンもかなりの数に上り、歩道は駅へ向かう人と駅から来る人が交錯する。
その人の波がコロナ禍で消えた。
古くから電機工場に勤める従業員を目当てにした居酒屋や理髪店などが街には多くあった。近年はグローバル化やリストラもあって工場で働く人は減っていたとはいえ、やはり街の商売は電機メーカーで働く人たちでなりたっていた。
この変化は一時的なことではないと思う。
「アフターコロナ」は一度テレワーク、在宅勤務、テレビ会議で成り立った仕組みが継続されてゆくのではなかろうか。
一度停止した経済はコロナ禍終息後、V字回復で元の姿に戻ることはもはやないのではと思う。
なにも通勤ラッシュに付き合わなくても仕事はできる。一か所に全国から出張で集まらなくてもテレビ会議で十分、夜の懇親会もなければないで済むではないか。
三密を避けましょうという合言葉の先に何があるか。
密から疎である。
疎といえばこれまでは疎んじられるイメージだったが、疎でも疎なりに何とかするのがデジタル社会である。
そのデジタル社会を推進することを会社の目標にしている電機メーカーの企業城下町なのだからこの町が変わるのは当然かもしれない。

 

★ソーシャルディスタンス

2020年5月22日

今年にわかに聞くようになった言葉「ソーシャルディスタンス」、最初聞き間違えて「ソーシャルダンス」のことかと思った。
しかし社交ダンスとは対極で、人と人との濃厚接触を避け一定の距離を保つことを指すそうだ。
接客、会議、打ち合わせといった公的な場はもちろんのこと日常のおしゃべりも離れてマスクをしてしましょうというのだから、相手の話を聞き取るのも容易ではない。
カウンターで一人黙々食べるイメージのラーメン店や牛丼店ならいざ知らず、結婚記念日を祝ったり、プロポーズをする場でもあるフランス料理店で会話をするなと言われても・・・。
ロッカールームに脱衣場などが必要なスポーツジムや浴場でも限界があるだろう。
困ったことにこれは短期間の辛抱とは思えないことだ。
ソーシャルディスタンスを前提にした日常が当たり前になる時代が来るのではないか。
こういう社会で育った子供が社会適応力の欠如を招くことが心配される。
コロナ前とコロナ後の生息環境は、将来社会形成にも大きく影響しそうだ。
人間とは人の間と書く。
人は一人ではなく 人と人との間にあることで人間性が生じるものなのだ。
一人では「間ぬけ」になってしまう。
一人では生きていかれないはずなのに、ソーシャルディスタンスという金科玉条の前にそのことが忘れられるのが怖い気がする。
アルベール・カミュは「ペスト」の中で「人生は果てしなき敗北である」として不条理の中で苦しむ人間を描いた。
コロナ禍で我々が失おうとしているものの中に「人間性」というものがあるかもしれないということをまだ気がついている人は多くはないようだ。

★社会のボンクラ

2020年5月21日

子どものころから新聞を愛読してきた。
朝、新聞各紙を見て特ダネ記事を探すことは最大の楽しみ、若き頃新聞記者を目指したのも社会を変える「社会の公器」としての役割にあこがれたからだった。
しかし近年、新聞が目も覚めるようなスクープをすることは本当に少なくなった。いわゆる役所などの「発表モノ」で埋め尽くされている。
特ダネは新聞よりも週刊誌の代名詞になって久しい。
今回もまた文春である。黒川弘務東京高検検事長の賭けマージャンのことだ。
しかもそのお相手はこともあろうに新聞記者たち。それも犬猿の仲のはずの朝日と産経の呉越同舟である。
取材のための人脈つくりと言えば聞こえはいいが、世間は権力との癒着としか見ないはずだ。
検事長だけではない。
安倍総理に近いとされるマスコミの大幹部たちが総理と一緒に食事をともにすることもたびたびあった。
なぜ食料品と同じように新聞に軽減税率が適用されたのか、NHKのネット配信に政府のお墨付きが与えられたのか、モリカケや桜を見る会と同根ではないかと世間には思われても仕方がないだろう。
田中角栄金脈問題を立花隆が文芸春秋で取り上げたとき、「そんなこと知っていたよ」と政治部記者たちは言ったという。
それを記事にできなかったことを恥とも思わない新聞社の体質は、それから半世紀変わっていない。
新聞はかつて社会の木鐸と言われた。
いまや社会のボンクラである。

★小満

2020年5月20日

今日は二十四節気の一つ小満。立夏から15日くらい、万物が成長して天地に満ちる頃という意味である。梅の実が実り、また梅雨の走りの雨も多くなるころ、季節はその通りに巡っているようだ。サクラもフジもツツジも今年はさみしい思いをして気が付けばアジサイが出番を迎える時期になってしまった。
アジサイやバラもまだまだ鑑賞に多くの人が集まっては困るから心境複雑だ。
いったいいつまで待てばいいのか?
ヒマワリなのか、コスモスかそれともキクか?
花のカレンダー一枚一枚にバツ印が最後までつきかねない2020年。
花だけでなくオリ・パラ代表選手も高校球児も力士も同じ気持ちで先のカレンダーを気にしているだろう。
溜めている力を存分に発揮できる日を信じて。

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