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★社会のボンクラ

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子どものころから新聞を愛読してきた。
朝、新聞各紙を見て特ダネ記事を探すことは最大の楽しみ、若き頃新聞記者を目指したのも社会を変える「社会の公器」としての役割にあこがれたからだった。
しかし近年、新聞が目も覚めるようなスクープをすることは本当に少なくなった。いわゆる役所などの「発表モノ」で埋め尽くされている。
特ダネは新聞よりも週刊誌の代名詞になって久しい。
今回もまた文春である。黒川弘務東京高検検事長の賭けマージャンのことだ。
しかもそのお相手はこともあろうに新聞記者たち。それも犬猿の仲のはずの朝日と産経の呉越同舟である。
取材のための人脈つくりと言えば聞こえはいいが、世間は権力との癒着としか見ないはずだ。
検事長だけではない。
安倍総理に近いとされるマスコミの大幹部たちが総理と一緒に食事をともにすることもたびたびあった。
なぜ食料品と同じように新聞に軽減税率が適用されたのか、NHKのネット配信に政府のお墨付きが与えられたのか、モリカケや桜を見る会と同根ではないかと世間には思われても仕方がないだろう。
田中角栄金脈問題を立花隆が文芸春秋で取り上げたとき、「そんなこと知っていたよ」と政治部記者たちは言ったという。
それを記事にできなかったことを恥とも思わない新聞社の体質は、それから半世紀変わっていない。
新聞はかつて社会の木鐸と言われた。
いまや社会のボンクラである。