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2020年6月のバックナンバー

★夏越の祓え(なごしのはらえ)

2020年6月30日

今日で令和2年も半分が終わる。
思えば今年前半は散々だった。
年が明けたときにこんな年になるとはだれも予想していなかっただろう。
予定ならば今ごろは東京オリンピックの開会式まであと一か月を切り、国中挙げて歓迎ムード一色のはずだったのだから。日本を訪れる外国人も今年は4000万人の目標にかなり近づき、国際都市東京が全世界にクローズアップされていたことだろう。
それが・・・。
前年比99.9%減と外国人の姿は繁華街からすっかり消えてしまった。
今年の十大ニュースはコロナショックの一大ニュースのみ、という状況だ。
せめて後半はコロナが萎み、明るい話題が増えてほしい、これは国民みんなの願いだろう。
本日は夏越の祓えである。もともとは陰暦6月晦日のお祓いの行事だが、今は新暦の6月30日に行う神社が多い。
鳥居の下に設けられた茅の輪を参詣者にくぐらせ穢れを払う。今年前半の邪気を払い、後半の多幸を祈るのだ。

みんなの復活への思いを祈りたい。
先日テレビでオーケストラや合唱団の人たちの復活に向けて努力を重ねている姿を見て、心を打たれた。
無観客で収入は望めなくても、楽器演奏や歌うことを生業として生きてきた自分たちの存在を賭けての取り組み、試行錯誤。
マスクをしたままで声が出せないか、ソーシャルディスタンスで楽器を演奏できないか・・・。
なんとかしたいという心の叫びに、拍手を送りたい。

さあ今年後半、みんなで乗り切ろう。

★通勤はどうなる?

2020年6月29日

コロナ禍により企業では経営の在り方を見直そうという動きが急速に進んでいる。その中心にあるのがテレワークだ。
在宅勤務にすべてが移行するとは思わないが、なにも毎朝決まった時間に全員が出勤する必要もないという考え方はかなり広まると思う。
そうすればオフピークとなり通勤地獄から解放され、サラリーマンにとって恩恵は大きいだろう。
主に電車を使い、一時間あるいはそれ以上かけて通勤するという形態が日本の大都市では一般的だが、同じ日本でも地方都市ではマイカーや自転車で30分以内という通勤は普通のことだ。コロナ禍でテレワークが推奨されたことをきっかけに地方へ移住したいと考えた人が多かったのも「痛勤」からの解放という意識が働いた結果と思われる。

ところで電車による通勤はいつごろから始まったのだろうか。
東京で路面電車が走りだしたのは明治の後半だが、すでに大正時代には満員電車が出現していたようだ。大正の時期に東京市電の絵葉書に「東京名物満員電車」という記述が残されている。
明治末から大正にかけては、官公庁や企業の規模大きくなり、また工業が発達して工員として働く人が増えたことが通勤人口の増加をもたらした。

大正12年(1923年)に関東大震災が起きて都心が焼け野原になると、都心部から郊外への人口移動が進み、通勤電車が本格的に利用されるようになる。その後私鉄による郊外の開発が進み、戦後は住宅公団の団地造成も加わって通勤距離もどんどん延びていった。

ざっと100年にわたる通勤圏拡大の流れが、高齢化の進展に加えて今回のコロナ禍による勤務形態の見直しで変わるのか注目される。

 

★オンライン入社の若者

2020年6月26日

コロナ禍でやむを得ずオンラインで入社式を行い、その後自宅でテレワーク研修、そして実務に入ったという新入社員も少なからずいるという。
いやはや大変な社会の門出だ。
おそらく、今後も毎日すし詰めの満員電車で通勤、深夜まで残業、夜は居酒屋で会社の上司の悪口を言って憂さを晴らす、といったこととは無縁で会社人生を送るのかもしれない。
まあそれはそれでわずらわしさもないというメリットもあるだろう。
ただふと気になるのは、中高年になって初めてテレワークに直面するのと違い、社会人の最初からテレワークを中心に会社人生をスタートした人がこれまでの日本人と同じように会社への忠誠意識や愛社精神を持つだろうかということである。
仲間ともせいぜいオンライン飲み会では同期としての連帯感を育めるだろうか、成功や失敗に直面した時先輩からの一言も直接ではなくネットを通してでは心への響き方も違うような気がする。
これまでのサラリーマンなら大部屋で次第に係長、課長と出世して目の前に部下がいることがモチベーションにもつながったはずだ。
テレワークは時間も自由だし、副業なども可能だろう。会社もそれを認めだしている。そういうこれまで日本人が経験したことがない職場環境で入社以来過ごしていけば、会社への帰属意識など生れるはずがないと思うのは私だけだろうか。
それでもいいではないかという意見もあるはずだ。
大切なのは自分であり、会社ではない。結果として多くの会社を渡りあるいてゆくことでスキルアップすることもできる。実力より上司のへのゴマすりで出世するような人を会社だって雇い続けたくはないのだ、というのも正論だ。
好むと好まざるとにかかわらずコロナ禍で始まろうとしている社会の変化は、日本人と企業との関係を劇的に変える可能性を秘めている。

★自然に人知は及ばない

2020年6月26日

梅雨らしいどんよりと曇った日が多い。
農業や生活用水の確保を考えると、ある一定量の雨が降ることは必要だが、最近はこれまでの常識では想定できないような集中豪雨も多い。特にこれから梅雨末期にかけて最も警戒すべき時期だ。
今年はコロナ感染拡大に警戒しながら万が一の風水害、さらには地震にも備えなければならない。
 
人工知能などが発達してもいまだ降る雨の量を正確に予測できない。
大雨に備えてダムの水をあらかじめ放流しておかなければ満水になって下流域に大きな被害をもたらすかもしれないと思いながらも、万が一想定通り雨が降らなければ貴重な水がめの水をみすみす失うことにもなりかねない。
 
また昨年はハイテクの塊のようなタワーマンションが、都市河川があふれたことで機能停止に追い込まれるということもあった。巨大な塔が文字通り足下をすくわれた。
 
人知はまだまだ自然を克服するには至っていないと痛感する。
コロナ禍にしても最後は手洗いとマスク着用という極めてアナログ的な防衛手段に行き着く。竹やりで戦争する如くに感じる。
災害は忘れたころにやってくる、災害は必ず来るという緊張感を持ち続けることの大切さを改めて思い知らされる。
 

★新しい生活様式の模索

2020年6月25日

コロナと付き合いながらの生活は難しい。
とくにマスクをはずす「食」の場面だ。
「三密を避けろ」と言われても、宴会をするような居酒屋は鍋をつつくのが常識だ。中華料理の円卓はどうするのだ。無言であるいは一人でフランス料理を食べるというのも・・・。
食事は対面でなく横並び、おしゃべりは控えめ、大皿は避けなさい。
こう言われて廃業を決断する飲食店の経営者も多いだろう。

これまでの日本人の食生活の歴史を考えてみたい。
奈良時代以来銘々皿に分けて食べるというのが上流階級の普通の食事だったようだ。
また明治期には箱膳という一人用のお膳が一般的で、とくに商家や農家では家長を中心に座る場所や料理も決まっていた。家長が食べながら教訓を垂れることはあったようだが、ほかの人は基本的には黙って食べ、食事中の会話はほとんどなかった。
大きな変化はちゃぶ台の登場とともにやってくる。
これは明治の末頃から始まり昭和の初期には全国の家庭へと普及した。
家族全員がちゃぶ台を囲み、大皿のおかずをそれぞれが取り皿に取って食した。
大正期以降、農村的大家族から核家族化が進み、両親と子供という世帯が増加して会話しやすい雰囲気も生まれてきた。
この流れがはっきりするのが戦後である。
昭和30年代以降2DKの団地が普及してダイニングテーブルによる食事が一般化した。その後高度成長期に通勤時間が長くなったり、残業や出張さらには単身赴任でお父さんが食卓から欠けることも多くなり、子供も塾などで忙しくなって個食の時代へと変化していく。
コロナ以降、外食の風景とともに、在宅勤務の普及などで家庭の食生活にも変化が起きるかもしれない。
新しい生活様式というとき、「食」の場面がどう変わってゆくか大いに注目される。
 

 

★人生は流転する

2020年6月24日

親の七光りという言葉をどう解釈するだろうか。
親から継ぐものなど何もなかった私などから見れば、うらやましいと思う反面、ある人のことを、おまえの今の地位は親がいなければなかっただろうと、軽蔑の眼で見ることもある。
日本の国会議員の過半数は二世議員である。
この傾向は小選挙区制になってますます大きくなったといえる。
各選挙区の支部長である国会議員が死去あるいは引退した時、後継者として座りがいいのはやはり親族ということになるからだ。
与党が何人かの候補者を立てられた中選挙区制の時代ならば、世襲以外の出身者にも可能性があるが、一選挙区から一人しか候補者を出せないとなれば知名度と個人後援会の基盤を引き継げる世襲は圧倒的に有利となる。
1963年、広島県三原市でサラリーマンの家に生まれた河合克行は慶応大学を出て政治家を志した。親は自宅を担保に入れ資金を工面した。28歳で県議、33歳で代議士に、「末は大臣を目指したい」と語る一方で「金を渡す議員にはなりたくない」が口癖だったという。
世襲ではない政治家の誕生である。
しかし金集めには苦労したようで電気代節約のため事務所でエアコンは使わず、チラシの印刷代やガソリン代も滞納が目立った。その「貧乏事務所」が昨年の夫人の選挙で潤沢に買収資金をばらまいたことを周囲は奇異に感じていたようだ。自民党本部から妻の案里陣営にわたった常識外の1億5千万円がなければそんな買収資金もなかったのではないかと、考えるのが自然だろう。
政権中枢と密着することで巨額資金を融通してもらい、異例と言ってもいい自民党同士の争いで夫人が当選する。
その論功行賞で念願の大臣の座を射止めたのではないか・・・・。
夫婦で涙した人生の頂点から転落するのに時間はかからなかった。
 
「苦労が人間をけだかくするというのは、事実に反する。
幸福が、ときにはそうすることはあるが、苦労はたいてい人間をけちに意地悪くするものなのだ」
           モーム 「月と六ペンス」

★「笑点」ヤマダくんに見る「明日は我が身」

2020年6月23日

テレビ番組「笑点」の大喜利コーナーで長年座布団運びをしてきた山田隆夫さんが最近出演しなくなった。
メンバーたちが一堂に会することができなくなり「オンライン大喜利」になったため、座布団運びのヤマダくんの仕事がなくなってしまったのだ。
亡くなった司会者の桂歌丸さんから「世の中でもっとも楽な仕事」などと揶揄されていたが、それでも番組に欠かせない脇役として皆勤していたのに、である。
リアルの座布団がなくなったのだからヤマダくんの居場所がなくなったのも当然と言えば当然かもしれない。
彼が悪いことをしたわけではないけれど、コロナのせいで気が付いたら一人の仕事が消えてしまったわけだ。

このことは決して他人事ではないと思う。
テレワーク、オンライン会議、ハンコ不要といった職場の劇的変化の中でさまざまなリストラが行われることは間違いない。
とくにかつて窓際族と呼ばれた生産性は乏しくも長年勤続していたことで論功行賞的に職を確保させてもらっていた中高年はもう仕事がなくなる。
テレワークに窓際族は不要だ。
コロナの激流は、多くのビジネスを淘汰し、また多くの人たちの職を奪う。
仕方がない、そうせざるを得ないという免罪符がビジネス街に舞っている。

★「名刺が消えるとは思っていませんでした」

2020年6月22日

コロナ問題が顕在化してから、「まさか」と思うようなことがどんどん現実になってゆく。
最初オンラインミーティングに付随して「オンライン名刺」というものが開発されたと聞いたとき、正直「なにをばかばかしい」と思ったものだ。
しかし今や日本の大企業がこぞって「オンライン名刺」採用に動いている。
ビジネスの現場で名刺交換は「濃厚接触」の最たる場面だし、他人からもらった名刺にウィルスが付着しているかもしれない。
オンライン画像に映し出された二次元バーコードを読み取れば相手の名刺情報をこちらのパソコンなどに蓄積できるという。
そんな初対面の名刺交換からスタートして濃密な人間関係など築けるものか、などという人は、時代遅れでビジネスから退場しなければならなくなる。
やがてオンライン名刺交換で育った人だけのビジネス社会が来るかもしれない。
 
平成の30年に起きたことは令和では10年で起きる、と私はこの正月に予想した。

それから2か月後に始まった「コロナ時代」には、10年どころか1~2年で変化が起きる可能性が出てきたと思う。
ついでに言うならば「駅前から銀行の支店と塾とパチンコ店が10年で消えるかもしれない」とも正月に予想した。
まさにその3つのビジネスはコロナの影響を最も受けており、10年どころか数年で淘汰が進みそうな雲行きである。
私の予想を相当上回る勢いだ。ここまではある程度予想した私でもまさか名刺が消えるとは思ってもみなかった。
私の不徳のいたすところである。

★今度の日曜日は父の日

2020年6月19日

母国母校 母船母屋と 母ばかり 父はいづこへ けふは父の日
 
これは昨年ある新聞の短歌投稿欄での入選作品である。
横浜市の西村晃さんの作品だ。
手前味噌で申し訳ない。
しかしながらたしかに「父」という存在感は日本語の世界でも薄い。
「母の日」の浸透度から比べると父の日は地味な存在かもしれない。
ところで、父の日のプレゼント、例えばどんなものが考えられるだろうか?
ネクタイ、ベルト、カバン、名刺入れ、財布・・・・。
ほら、お父さんへのギフト定番品はいかにも明日からまた働きに行ってくださいというものばかりではないか。
お父さんのなかにはリタイアしたり、テレワークの人もいるはずなのに、お母さんと比べてお父さんへのプレゼントは難しい。
ある時、百貨店の父の日用のポスターのキャッチコピーに「お父さん頑張って」とあった。その百貨店の社長に「これではお父さんはいつまでも引退できませんね」と言ったら「たしかに」と笑っていた。
実際高齢社会になってリタイアした男性を対象にした商品開発は大きなテーマである。
会社人間でなくなったお父さんはどこへ行くのか?
父の日を男の居場所を考える日にしたい。

★コンビニもレジ袋有料化

2020年6月18日

7月1日からコンビニでもレジ袋有料化になるという。
職場でランチタイムにコンビニ弁当を買いに行くときに袋持参で行く人がどのくらいいるのだろうか、と以前から考えてきた。おそらく手ぶらで買い物に行く人にとっては袋代を上乗せした実質3円昼食代が値上りすることになりそうだ。
もっとも3円という微妙な価格が気にかかる。
3円くらいなら負担しても大したことがないと考える人が多いと思われるからだ。
しかし、やがてコストが上がり5円、あるいは8円、10円などとなったらどうだろうか。
私だったら袋代を毎回負担することに強い抵抗を感じると思う。
かといってエコバック持参でコンビニに行くという自分もやはり想像できない。
おそらくコンビニで買物すること自体を止めるか、極力減らすことになるのではないか。
もし多くの消費者が私と同じ考えにたてばコンビニとしては袋代が足かせとなり客足が遠のくことへの対応を迫られるだろう。
多分本体価格の中にレジ袋代を含んだ価格にするのではないだろうか。
ここまで書いてきて、この話どこか消費税と似ているという気がしてきた。
最初は3%くらいと思っていたが、5%、8%と上がるにつれて外税から内税にしてみたりと、「消費者への見え方」を売り手は気にしだす。
「消費税分還元セール」というのもあった。
しかし10%ともなると重税感はやはり隠しきれず、結局消費全体が落ち込んでしまった・・・。
レジ袋の有料化は、時代の流れとはわかりつつも、消費者のとらえ方が今後どう変わってゆくか注目したい。

 

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