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2020年7月31日

★あなたは堺雅人になれるか?

2020年7月31日

2020年7月30日

★サルスベリ

2020年7月29日

★海の物流

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2020年7月のバックナンバー

★あなたは堺雅人になれるか?

2020年7月31日

年初、令和の時代は10年で駅前の風景から銀行の支店と塾とパチンコ店が消えると予測した。
その後のコロナ禍でまさにこの3つのビジネスの淘汰はさらに加速されようとしている。
銀行の支店は、ネットバンキングやコンビニATMにとってかわられるだろう。。
メガバンクのリストラは急だ。
マイナス金利ではとても支店を維持できなくなっているのだ。
かつて大学を出て銀行に就職が決まると、エリートと自他ともに認めた。
しかしいま、その評価にも陰りが見える。

テレビドラマ「半沢直樹」がおもしろい。
多くの人がこのドラマに興味を持つのは主人公半沢直樹の正義感もさることながら、銀行という組織内の出世競争の醜さや権謀術数渦巻く世界を「うちの会社にもあるある」と合わせ鏡としてとらえているからではないか。
銀行だけではなく、どこの企業にも自分本位の考えた方がはびこっている。
多くの企業を取材して「その臭さ」に鼻をつまんできた。
自分の会社を「天下の〇〇」と言ってはばからない輩。
「取引してやる」と上から見下す連中。
自嘲を込めて多くの会社人間はこのドラマと現実の自分の世界を引き合わせてみているのではないか。
日曜日の夜、そこに敢然と戦いを挑む半沢直樹を見て、「ああ俺は堺雅人にはなれないなあ」とため息をつきながら月曜日の通勤電車にまた乗る人もいるかもしれない。

2020年7月31日

★サルスベリ

2020年7月30日

ふと気が付くと、サルスベリが紅色の花をたくさんつけだしている。
暑い盛り、長期間にわたって咲き続けるサルスベリ。漢名で百日紅と書くだけあって夏の期間長く咲き続ける。
梅雨明けが遅れているが、すでにこちらは夏の先取りといったところか。
幹がつるつるで、サルも滑って登れないということからこの名前が付いたことはよく知られている。
暑さに強いのも、もとは熱帯アジア産だからだ。大きな葉はバナバ茶の原料にもなる。
この花を見て蝉の鳴き声を聞くとようやく盛夏近し、と感じる。

さて長く咲きすぎて倦んでくるということも世間にはあるのではないか。
憲政史上最長政権のことである。
長らく無敵を誇っていたが、このところ失策が目立つ。
政権奪還したころの気迫も今は希薄だ。
いろいろアラも目立つが、コロナ感染拡大への対応と経済の落ち込み、倒産・失業などへの対応の遅れが政権崩壊の致命傷になりそうな雲行きだ。
得意技だったアベノミクスの綻びである。猿も木から落ちるというところか。
秋に向けて自民党内でもさざ波が立ち始めたようだ。
今年は安倍政権にとって秋風が身に染みるかもしれない。
支持率も下がり四面楚歌、去るものは追わず、の情勢だ。

★海の物流

2020年7月29日

秋田・山形を豪雨が襲っている。
一週間前この地を訪れたときは夏の太陽が照り付けていたのに、自然の怖さを思い知らされる。
美林で知られる秋田の材木は遠く海を介して上方や江戸へと運ばれた。
荘内の米は最上川で酒田に運ばれ、北前船に積まれた。
北海道の鰊も然りである。
日本海沿岸は物流の大動脈であった。
鰊は金肥と呼ばれた。
それまで木綿のための肥料には大阪湾で採れていた小鰯が用いられていたのだが、干した鰊が良いということになり、大坂の商業的な影響が日本海を経由してクナシリや択捉にまでおよぶようになった。
肥料として鰊が獲られ、煮られ、干されて北前船で大坂に運ばれてゆく。
海を制するもの日本を制す。
酒田の本間家などはその代表的な豪商であった。
 
航海の言葉が暮らしの中に自然と入ってきたのも北前船のころからだ。
港の船が天候で一度沖に出て帰ってくることを出戻りと言ったが、ここから転じて、いったん嫁いだ娘がかえってくることを「出戻り」と言うようになる。
また船尾を艫(とも)というが、まっすぐ吹いてくる風のことを「真艫」と言うことから正しいまっすぐな行いを「まとも」と言った。
酒は灘などの上方の酒が樽廻船で江戸へと下って行った。上り下りの言い方が現在とは逆であることに注意したい。
江戸の酒は当初水が悪く、醸造技術も未熟とされた。江戸では下りの酒(上方から江戸へ) が喜ばれた。「くだらない酒」はまずいとされた。そこからつまらぬコトやモノのことを「下らない」と言うようになった。
いかに我々の生活が航海と関わってきたかがわかる。
航海の敵は嵐であることは言うまでもない。
7月に台風の発生はどうやらなさそうだが、近年は梅雨の大雨にしても台風にしても大きな被害をもたらす規模になりがちだ。
これ以上大きな被害を出さないように祈るばかりである。

★風鈴

2020年7月28日

涼を呼ぶ風鈴は夏の季語である。
浴衣にうちわ、そして風鈴と蚊取り線香・・・。
ニッポンの夏、である。
エアコンがなくてもこれで過ごせた夏はせいぜい最高気温30度くらいだった。
 
風鈴のルーツは魔よけの道具である。
古代インドの寺院にあった風鐸(ふうたく)が起源と言われる。屋根の四隅にかけられ、風を受けて鳴る音が魔を払うとされた。
仏教の伝来とともに日本にやってくる。法隆寺の金堂や五重塔にも風鐸が見える。
見て聞いて涼しげな「ガラス風鈴」は、江戸時代に始まる。
割れそうなくらい薄くて素朴、派手な装飾はない。余韻少なく軽やかな音色が特徴である。 
東京に戦前10軒近くあった風鈴屋は今は2軒しかないという。
炉に埋め込まれたるつぼの中でオレンジ色のガラスがドロドロに溶ける。
細長いガラス管の先に巻き取り、空中で息を吹き込み膨らませる。
一つつくるのにせいぜい1~2分、流れるような作業だ。
 
近年この夏の風物詩に逆風が吹く。
近所迷惑でうるさいという苦情である。
除夜の鐘同様、ここでも世間の目は厳しい。

★追い詰められた観光都市

2020年7月27日

四季を通じて魅力を発信する観光都市京都は,街全体がマーケティングセンスにあふれている。春は花、秋は紅葉と何度訪れても飽きない魅力を京都は提案し続けてきた。
その京都の夏の魅力は祇園祭や大文字焼きといったイベントだろう。
しかし今年は祇園祭のハイライト山鉾巡行が中止となり、また8月の大文字焼も、山に「大」の字状に火をつけることは中止され、大の字の隅の5か所と三つの線が交わる中心点の、合わせて6か所だけ火をつけることになったという。
観光イベントとしてはやめても盆送りという本来の意味の行事は続けるわけだ。この規模縮小を受けて関係者が地元テレビのインタビューで「お客さんがこんな大文字焼ならつまらないと思われるようなイベントにします」という迷コメントで複雑な心境を語っていた。
2019年の京都観光総合調査によると京都市を訪れた観光客数は5352万人。
このうち外国人が886万人、日本人は4466万人だった。
また宿泊客数は1317万人で外国人はこのうち3割の380万人に達していた。
いま外国人客の大半と日本人客の多くが失われ、観光都市京都は宿泊施設や飲食業の休業や廃業が相次いで頭を抱えている。
 
6月末に京都を歩いたが、この時期例年は多い修学旅行生を全くと言っていいほど見なかった。南禅寺、哲学の道、銀閣寺、仁和寺などを回ったが、どこもガラガラ。雨が降った日の二条城に至っては観光客は私一人で貸し切り状態だった。
 
今は行政が資金援助で支えるしか方法がない。
そしてコロナが収束する以外に京都を救う道はない。
一企業や個人では、どうあがいても生き残りは難しい。
人知を超えたレベルの苦境で、この状態が長引けば京都をはじめ観光都市は間違いなく死滅する。
 
今この国は明治維新以来の大きな危機に直面している。
 

★無言で成り立つ商い

2020年7月27日

週に何度かコンビニに新聞などを買いに行く。
以前なら外国人のバイト君でも「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と舌足らずながらも挨拶していた。
ところがいまはビニールシートの下から商品を出すと無言でスキャナーを操りバーコードを読み取る。
「有料のレジ袋は必要ですか」の声はレジから聞こえてくる電子音だ。
それには首を振って、こちらがスマホのキャッシュレス決済画面を出すと、また向うも無言で読み取る。
つまりレジで客も店員も一言も発せず用が足りるようになっている。
 このご時世不要に話しかけたりすると、かえって嫌がられるという事情もある。
キャッシュレス決済と有料化に伴いレジ袋を客が求めなくなったことで無言の精算が成り立つこととなった。
しかしこれがサービス業というのも恐れ入る。
レストランでも百貨店でも旅館でも、心のこもったサービスの基本はまず「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」からだったはず。
コロナの数か月でそうした価値観はどこかへ消えて行ってしまった。
あらゆるサービス業がアフターコロナにおけるサービスを考えなければならない。
 

★不況下の株高

2020年7月17日

次々に発表される経済指標は最悪なのに、なぜか株価は底堅い。
バブルが崩壊したときのあの半値以下に沈んだ株価を知っている身から見れば不思議な現象だ。
出現している事態に後から理屈を並べることを「後講釈」という。
 
曰く、「これ以上悪くならないと思うから、今後は景気は良くなるという期待値でも株価は上がる」
「中央銀行がかつてないほど潤沢な資金供給を行っており、当面その資金が設備投資には向かわず、株式市場に流入している」
「アフターコロナを睨んで新たな社会構築への投資期待で株価は上がる」などなど・・・。
 
先日あるテレビの経済番組で、証券アナリストという人が「オフィスビルの需要が大きく増すので株価に期待」として個別銘柄を紹介していた。
でも、テレワークで在宅勤務が増える、あるいは新規採用を絞ったりリストラが進む中で、オフィスビル需要が高まるとは如何にも不自然、と見ていた私は思ったものだ。
するとそのアナリスト氏、
「ソーシャルディスタンスで、オフィスの一人当たりの必要スペースが増えるから、オフィスビルの需要が増す」と説明していた。
 
はて?
皆さんはどう思うだろうか?
ちなみにこのコーナーの最後にアナウンサー氏は
「あくまでも投資は個人の判断でお願いします」とわざわざ断りを入れていた。
「無責任な言いっぱなし」と言われない用心なのだろうかと笑ってしまった。
 
株価が下がれば、「絶好の買い時」、
上がれば、「買わないリスク」、と言ってのける証券会社は
どんな時でも太鼓をたたくのが仕事なのかもしれない。


 

★コロナ鬱に思う

2020年7月17日

ある意味、命を絶たれたりケガをしたり、あるいは家屋などに被害が出るなどすれば諦めもつくかもしれない。
そうしたことがなく、見た目には何の変化もないのに、気が付いたらお客さんが来なくなり、仕事が減り、会社が潰れそう・・・。
コロナ禍は忍び足に私たちの足元を襲い、気が付いたら転倒させんばかりの大きな威力をもって迫ってきていた。
対策を立てようがない、努力してどうなるものでもない。
長年気づいてきたものをいとも簡単に奪ってゆく。
絶望と無力感にさいなまれる日々。
コロナ鬱に陥っている人は相当いるに違いない。
頑張れ、というのは簡単だけど、正直何の励ましにもならない。
私も言葉を失っている。
 
鬱の自分を、かわいそうと思わないことではないか。
うつではなく ふつうと思うことだ。
みんなが貧乏になる経済なんだから、私だけではないと開き直ることだと思う。
小さな対策を積み重ねて危機を脱しようと考えることは大切だけど、おそらくそれで頭を巡らせると鬱はひどくなる。
今なら会社潰しても、恥ずかしくない。
対策なんて無意味さ、と開き直ってしまう図太さこそじつはいま最も大切なのではないかという気がしている。
 
 
★「思えば、私たちの人生そのものが何とユーウツな存在ではある。
仏教では不殺生を教えるが、人間は動物や植物など他の生きものの命を奪うことでしか生きてはいけない。このことひとつを考えるだけでも、心が鬱を覚えて当然だろう」
                                                                                                                  五木寛之

★素麺って七夕と関係あり?

2020年7月16日

夏になりあっさりしたものが食べたくなると、まず思い浮かべるのが素麺だ。
実は素麺は七夕の食べ物がルーツである。
素麺の元は索餅(さくべい)と言う奈良時代に中国から伝わったお菓子で、小麦粉や米粉に塩を混ぜて練り、縄のようにねじ上げたもので「むぎなわ」ともいわれていた。
中国の故事によるとある王子が7月7日に亡くなり、鬼神となった霊は伝染病を蔓延させた。人々はその霊を慰めるために生前好んでいた索餅をそなえたという。この索餅が素麺であり、以来7月7日に素麺を食べるようになったと日本書紀は伝えている。
ところで、奈良県の三輪山をご神体とする大神(おおみわ)神社は素麺つくりの守護神とされ、三輪素麺の名は広く知られている。伝説では紀元前91年、大物主命(おおものぬしのみこと)の子孫が大神神社の大神主に任ぜられ、飢饉と疫病に苦しむ民の救済を祈願したところ神の啓示を賜り三輪の地で小麦をつくり、素麺を初めて作ったという。この縁で大神神社祭神は素麺作りの守護神とされ、毎年2月5日には、その年の生産者と卸業者の初取引の卸値の参考価格を神前で占う行事が行われている。
身近な食材にも、伝統が根付いている。

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