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2020年8月のバックナンバー

★二百十日

2020年8月31日

厄年、厄回り、厄払い、厄除け・・・・
厄という字は苦しみや災難などを表し、できれば避けたいものの代表だ。
暦でいう厄日は二百十日、二百二十日のこと。この日は立春から数えて二百十日目、二百二十日目と言うことでおおよそ天候の荒れる節目にあたる。例年だと二百十日は9月1日だが、今年はうるう年で今日がその日に当たる。9月1日は関東大震災の日にも当たりまさに厄日であった。
この当日が荒れるということではなく、昔からこのあたりに野分、台風が襲来することが大かったという意味だ。「野分」とは野の草を吹き分けるほどの暴風という意味である。
今年は台風の発生が今のところ少ないが、年間発生数は例年20数個とほぼ一定数だから秋に一気に量産する可能性が指摘されている。
最近は海水温が上昇し、勢力が大きくなる傾向にあるし平均時速が遅くなっていることも気になる。ある地域に集中的な被害をもたらす危険性が大きい。
自然災害に加えて今年は新型コロナの感染拡大もありまさに厄と戦う年になってしまった。
二百十日前の立春の頃といえば、横浜港に「ダイヤモンドプリンセス号」が接岸したころである。まだコロナ騒ぎも極めて限定的な話だった。この7か月余りで激変した日本と世界の状況を思うと、声も出ない。
なんとか、厄よ去ってほしいと、祈るばかりである。

★べたべたサービスの日本旅館にサービス料はない

2020年8月31日

濃厚サービスはコロナ禍ではマイナスだ。
コンビニでモノを買っても「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」さえ言わなくても用が足りるようになった。
キャッシュレス決済、レジ袋有料化でスキャナー一つで精算は完了する。
なまじ声がけするとかえって嫌がられるご時世に、百貨店などはどうすればいいのだろうか。
ホテルのフロントなどでもロボットなど機械による案内やチェックイン業務が取り入れられるようになった。
介護の現場でも作業を敬遠して離職が相次ぎ、ロボット介護もやむなしとなりつつある。
宅配便なども玄関先に荷物を置くだけで接触を避けるなど、いかに人と人の接触を減らすことがいいことという風潮になりつつある。
今後コロナ以後の経済でサービスとは何かが問われてくるはずだ。
 
そういう目で見ていてあることに気が付いた。
ホテルやレストランにサービス料という勘定項目があるのに対して、日本旅館では、べたべたサービスを売り物にしているところでも料金体系にサービス料が別建てになっていない例が多いような気がする。
 
宿泊代金は一泊2食で35000円(税別)と言った設定で、仲居さんがどんなに気が付くサービスをしてもしなくても、そのサービスは別料金にならないところが多いのではないだろうか。
私が知っているある名旅館では、上得意顧客はデータ管理がなされクレームがつかない限りいつも同じ仲居さんが部屋係を担当する。
浴衣に着替えると服を預かり翌朝までにアイロンをかけ、脱いだ靴は磨いておく。
料理の好みは把握し、会話もそつなく、余計なことは聞かない。
朝部屋には好みの新聞を数紙持ってきたうえ、帰りの送迎バスに見送る時に「新幹線の中でお読みください」と別のスポーツ紙を渡す・・・。
この仲居さんに個人的にチップを渡すことはあっても、旅館としてサービス料は請求しないのだ。
コロナ禍で濃厚接触を避ける時にこのサービスは変わらずなのか、変えざるをえなかったのか、是非確かめてきたい。
 
日本は今後世界に観光大国としてアピールしようと考えてきた。
東京五輪の年に年間4000万人の外国人観光客を誘致することを目標にしていた。
日本の宿泊施設をはじめとする「おもてなし」が素晴らしいという評価が世界に高まれば、新しい日本の輸出商品として「日本式サービスのホテルやレストラン」がクローズアップされ世界中に日本式サービスが広まることも夢ではないと思っていた。
コロナが去れば多少遅れてもやがてそういう日が来ると信じたい。
それだけに、コロナごときで日本的おもてなしを変えてほしくないのである。
現在は緊急避難でやむを得ないにしても、日本人の心温まる笑顔と言葉を添えたサービスを変えないでほしい。
それは日本の文化であり、無言で接客するのはやはりおかしいという感覚を私たちは変えずに持ち続けなければいけないと考える。

★秋以降、さらにカンフル剤が必要だ

2020年8月28日

本年4月~6月GDPが戦後最悪になったと報じられた。
ただ5月までは緊急事態宣言で大型店が軒並み閉店していたことで、6月の消費は拡大したという分析だ。
もちろん店が開いていなければモノは売れないから4月5月の反動需要が6月に発生したことは想像できる。
そして見逃せないのが、遅れていた定額給付金の国民一人当たり10万円がこのころようやく届き始めたことである。
夏に向けてエアコンや冷蔵庫といったものが「臨時収入」でいちばん買いやすい商品だったようで、大手量販店を中心にこの売り上げが大きく業績を押し上げたようだ。
私の知っているところでは眼鏡店もこの恩恵を受けていた。
若者向けのレンズやフレームが安価な店ではなく、中高年向けの多焦点レンズと年齢相応のフレームを購入すれば、10万円という「臨時収入」はちょうどよい購買につながったとみられる。
 
こうした効果があっても4月~6月は戦後最悪だったのだ。
さて問題はその後である。
7月以降の消費拡大をけん引するはずだった「GoTo キャンペーン」が不発に終わり、祭りなど大型イベントの中止で夏休みの消費は大きく冷え込んだ。
ボーナスや残業手当の減少、さらには雇用不安もあり、定額給付金を使った後の消費需要はまた低迷するだろう。
外国人観光客も依然としてほぼゼロ状態であり、秋以降政府が次の一手を打たないと景気は一段と冷え込むことは間違いない。
こんな非常時に通年で国会が開かれていないということは理解しがたい。
臨機応変の対応を政府・国会がしなければ、秋冬を越せない企業が続出する恐れがある。
日本経済はいま存亡の危機に立っている。

★さんま不漁

2020年8月27日

「秋の味覚として庶民の食卓には欠かせないサンマだが、近年高値が続いている。
水温が高いこと、近隣諸国の乱獲など原因はいろいろあるようだが、どうもこの秋も期待できない様相だ。
サンマ漁は漁業者が公平に水揚げできるように小型船から順次漁は解禁される。
しかし近海を主な漁場とする小型船が水揚げ日本一の根室港に帰ってきたところ水揚げはゼロだったという。大型船は魚群を求めてきた太平洋の公海を目指して出漁中だが、見通しは明るくない。
 
昨年のサンマ水揚げ量は前年比66%減の4万517トンで半世紀ぶりの過去最低を更新した。北海道が国内水揚げ量の半分以上を占め、宮城、岩手県が次ぐ。
温暖化に伴い日本近海の海水温が高まり、冷たい水を好むサンマの来遊が遅くなっている。今年は今のままで行くとさらに不漁になりそうだと関係者は不安の表情だ。
 
サンマだけではない、イカも同様の不漁が続いている。
鰻はすでに天に上り、大衆魚も彼方へと遠ざかってゆく。

★夜の秋

2020年8月26日

「夜の秋」という言葉をご存じだろうか?
「秋の夜」ではなく「夜の秋」である。
「秋の夜」はもちろん秋の季語で、月を愛で虫の声を聴くような雰囲気を連想する。
それに対して「夜の秋」は夏の季語なのだ。
昼間は依然として猛暑だが、日が暮れてから涼しくなり、夜だけはさすがに秋と感じられるということである。
確かにここ数日夜は少ししのぎやすくなった。熱帯夜のこともまだあるかもしれないが、次第に夜吹く風は涼しくなってゆく。
少しほっとした気分になるが、夏の疲れも出る頃でもある。
今年は梅雨が長すぎ、その後厳しい暑さが集中的に襲ってきた。長雨日照不足の後の極暑で、野菜や果物の出来は良くなかったようだ。青果売り場を除くと野菜が軒並み高くスーパーではこういう時はカット野菜や冷凍野菜がお薦め、と客を誘引している。また葡萄や桃、梨といった旬の果物は軒並み価格が高く、売り場の中心はバナナやオレンジ、キウイと言った輸入品が例年より多い印象だ。
 
いろいろあったご時世、台風被害も残暑もほどほど穏やかな秋を期待したいものである。
 

★本年「歩き愛です(あるきめです)」イベント全面中止のお知らせ

2020年8月25日

「GS世代研究会」が推進してきた「歩き愛です(あるきめです)」ですが、新型コロナウィルス感染拡大のため今年前半のすべてのイベントを中止しました。
 
また今年秋以降の開催につきましても全国の各「歩き愛です(あるきめです)」実行委員会と連絡を取った結果、時期尚早と判断しすべて開催を見送ることにしました。
 
楽しみにしていた参加者の皆様、また協賛品ご提供等で多大なご協力をいただいていた「GS世代研究会」会員企業各位には誠に申し訳ありませんが現在の状況をお含みおきいただき、ご了解いただきたくお願いいたします。

★「バチがあたる」を信じますか?

2020年8月25日

 
新聞社というところは面白い世論調査をするところのようだ。
「あなたは安倍内閣を支持しますか?」
「憲法改正に賛成しますか?」などと尋ねられると、答える方もつい顔が引きつるだろうが、
さて次の質問にはどんな顔で回答するのだろうか?
「バチが当たることがあると思いますか?」
話を進める前にまずあなたの回答を心の中で出してほしい。


 読売新聞社が今年3~4月に実施した全国世論調査で、バチがあたることが「ある」と答えた人が76%にのぼったと記事で紹介していた。
56年前(前回の東京オリンピックの年1964年)の調査では「ある」が41%で、半世紀を経て今回大幅にアップしたという。
回答を左右する調査の質問文は次のようなものだったという。
「人の迷惑も考えないで自分勝手なことをしたり、残酷なことをしたりする人がいると『あの人はいまにバチがあたる』というような言い方をすることがあります。あなたはバチが当たるとか、報いと言うことはあるものだと思いますか、ないと思いますか」
 この設問を受け止めると、自分ではどうしようもないイライラ感の高まりから悪い行いには「バチがあたる」というより「バチがあたれ」という意識が高まっていると考えられそうだ。
ある程度成功している人は、社会は公正だと考えがちだ。
それに対して社会・経済的に報われない人は、不公正な社会を作り出した人に罰が与えられるべきと考えるかもしれない。
 今回の世論調査で注目すべきは18~50歳までの各年代は80%以上が「バチがあたる」と回答したが、60代は74%、70代は63%と比較低めな回答だったという。1964年調査の時は若い世代の方が「バチがあたる」の回答が少なかったというから、若い世代の意識の変化が大きかったことが特徴だ。
ここから考えられる仮説は、将来への悲観は若い人ほど強く、また今回調査が新型コロナウィルス流行期と重なり「自粛警察」などと評される社会現象が起きていたことを考えると、社会への不満、夢が実現しない社会へのイライラがあり、他人の行動に攻撃的な意見も多く出された、と推測できないだろうか。
「バチがあたる」を「バチが当たれ」と読み替えると、ネットなどでの辛辣な意見表明の背景もなんとなくわかる気がする。


 みながマスク姿で憂鬱そうな顔をして過ごす社会。
笑顔が消えた社会を乗り越える道は険しい。
 

★戦後75年、そして次の25年

2020年8月24日

戦後75年を25年ごとにひとくくりにまとめてみた。
そして次の25年こそ日本の正念場であることは言うまでもない。

①    1946年~1970年
戦後焼け野原からスタートし、朝鮮特需で足掛かりを作った日本経済が高度経済成長路線を走り、所得倍増、オリンピック景気から大阪万博の成功まで走り抜けた黄金の日々。

②    1971年~1995年
  高度成長のひずみで公害問題や住宅不足などが深刻化、ニクソンショック後の円高、さらには石油ショックと次々に課題に直面した。そうした中にあって重厚長大から軽薄短小型経済への産業構造の転換を進め、省資源型経済にシフトして安定成長路線を進む。アメリカ経済の落ち込みもありプラザ合意で円高が定着、しかしそれを跳ね返す輸出競争力の強さを発揮しバブル経済を現出させた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と評されたのもつかの間、土地と株の値上がり神話が崩れ、バブル崩壊、金融破綻が表面化した。

③    1996年~2020年
デフレスパイラルから抜け出せないまま、日本は長期の沈滞を余儀なくされた。リーマンショック、また東日本大震災をはじめ相次ぐ自然災害も続く。少子高齢化も深刻化する中にあって政権を奪還した安倍内閣による大規模な金融緩和,アベノミクスが一定の成果を上げ、ようやく経済が上向きになり始めた。折しも外国人による訪日観光が急増し観光立国という目標も定まりその大きな節目として東京オリンピックが位置付けられた。そこに新型コロナウィルスの感染拡大が起こり外国人観光客は消滅、国内の消費も急ブレーキ、オリンピックも延期となった。コロナ禍により今後経済の仕組みから企業の在り方、国民生活まで大きく転換せざるを得なくなり、日本は明治維新、太平洋戦争後に続く第三の転換点に差し掛かっている。

④   2021年~
次の25年日本がどんな針路をとるかまだ明確ではない。しかし三密を避けて社会を変えざるを得ない。淘汰される多くのビジネス,人工知能やロボットなどに任せざるを得ない仕事、ハンコレス、テレワーク、オンラインミーティングにならざるを得ないという現実。「ざるを得ない」が社会変革を促してゆく。

 

★蚊は昆虫なのに、カブトムシのようには愛されない

2020年8月24日

子どものころ夏休みに昆虫採集をしたという思い出を持つ人も多いだろう。
カブトムシやクワガタなどは子どもたちの人気者だ。
しかし同じ昆虫でもゴキブリや蠅、蚊となると少々事情は違ってくる。
昆虫採集の標本にこうしたものを学校に持っていったら先生はどんな顔をしただろうか。
「蚊」は「双翅目(そうしもく)カ科に属する昆虫の総称」である。
蚊は、ほぼ一年中生息しているが、やはり主たる活動期は夏だ。
ブーンと現れ、チクリと刺し、かゆみを残す困った存在で、しかもデング熱や日本脳炎など感染症を媒介する心配もある。
蚊は水たまりや池、沼などの澱みで発生するボウフラが幼虫だ。都市部では水田が減り、川が暗渠化され、舗装道路で水たまりも減っているから昔よりも発生源は少なくなっているはずだ。
昔はエアコンもなく開けっぱなしの家が多かったし、発生源も家の近くに多かったのだから蚊に刺される現代の比ではなかったはずだ。
蚊を退治するには昔から何かを燻し,その煙の嫌な匂いで蚊を近づけない方法が効果的と考えられた。
刈ってまだ青みのある草、楠か榧(かや)などの木皮,杉の葉、かんきつ類などの皮を燃やし、その匂いで蚊を遠ざけた。
また網戸のない昔は夜間だけでなく病人や幼児には蚊帳を吊って蚊から守った。
そんな蚊帳も昭和30年代くらいまでで最近は見かけなくなった。
人類誕生以来の小さな蚊との戦いは攻撃からの防御から、発生源そのものを断つという戦いへと移行しているが、まだ完全に勝利するまでには至っていない。
 

★井戸を知らない人も増えましたね

2020年8月21日

汗びっしょりで帰宅するとまずシャワーを浴びてホッとする、という人も多いだろう。
昔は井戸から水を汲み、汗や汚れを落としてから家に上がるというのが一般的だった。
ただ、井戸はそれを掘る財力を持った人だけの設備で、都市に住む貴族や武士など上流階級の住む屋敷にしかなかった。
一般の人は自然の湧き水のある所や川の近くに家を作った。
一般の家庭に井戸が普及したのは江戸時代からだが、その家だけが使う内井戸と、たくさんの人が使う共同井戸とがあった。
長屋の井戸端会議などというのは共同井戸のことだ。
一般の井戸は縦穴を掘り、穴底に地下水を溜めその水をくみ上げて使うが、江戸の井戸はすこしちがった。
江戸の場合は、水道水のくみ上げ口だった。遠方から引いた水を地下に敷設した樋を通して出口まで送り「井戸」からくみ上げた。
実は「井戸のように見える水道」だったのだ。
その理由は地形にある。江戸は中世まで江戸城近くまでが海だった。それを埋め立てて造ったのが江戸の町だから、井戸を掘っても塩分を含んだ水しか出てこなかったのである。
家康のころは小石川上水と溜池の水を供給していたが、それでは巨大都市を賄えず井の頭池を水源とする神田上水、そして多摩川から取水する玉川上水を完成させた。
水道は江戸っ子の自慢で、「水道の水で産湯を使う」のが由緒正しい江戸っ子とされたのである。
100万都市江戸は当時世界最大の都市、ここに清潔な上水があったことは特筆に値する。またロンドンやパリの町では道路や川に下水が垂れ流しで疫病対策上も大きな問題があったが、江戸では人糞を汚わい屋と呼ばれる人が有料で買い取り近郊農家に肥料として売るというリサイクルシステムが確立していたことも江戸の美点として知っておく必要がある。

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