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2020年9月のバックナンバー

★高い支持率の意味するもの

2020年9月25日

菅新政権に対するマスコミ各社の世論調査が出そろった。
予想以上に高い支持率だ。
読売新聞の調査では、小泉内閣に次ぎ、ほぼ鳩山内閣に並ぶ74%の支持であったという。
「自民党をぶっ壊す」と言った小泉内閣、政権交代の鳩山内閣という劇的な変化後の高支持率と比べて、「安倍政権の政策継承」を第一に掲げる地味な政権の発足時としては逆に注目すべき支持率の高さではないか。
何より7年8か月という史上最長政権の後継なのだ。
ふつうなら「長い政権に倦んだ気分」が蔓延していても不思議ではない。
だからこういう時の普通のスローガンは「刷新」のはずである。
それがあえて「継承」をスローガンに掲げて高い支持率を獲得したというところに注目したい。
それだけ安倍政権に対する支持が大きかったということだろう。
たしかにモリカケ問題や桜を見る会の問題など野党の追及に混迷する点もあったし、コロナ対応においてもチグハグナな面がなかったわけではない。しかし政権が追い込まれて退陣したわけではなく、基本的には安倍首相の健康問題が原因での退陣であったわけで、大筋で多くの国民は安倍政権の施策に異を唱えていたわけではなかったということだ。
それは安倍首相退陣表明後に安倍内閣支持率がむしろ上がったことでも裏付けられる。
特に最大の功績はやはりアベノミクスだろう。
安倍政権発足時8000円台だった株価を23000円にまで押し上げたこともさることながら、コロナ危機に陥った今年も株価が大きく下げずに済んでいることは日銀との連携による手厚い金融緩和政策の賜物といっていい。
株価が急落していれば企業や金融機関の経営に大きな影響が出ていたはずで、世界恐慌やバブル崩壊の悪夢を繰り返していた公算が大きい。
株価が経済の実態を反映していないという指摘はもっともだが、ならば経済の実態通りの株価下落のほうがいいのかと言うことになる。
つまり安倍政権は最後にアベノミクスでコロナ危機に立ち向かったことが評価されたというべきだろう。
菅内閣はこのアベノミクスを継承しながらも、さらに一歩進めてコロナ危機克服に努めなければならない。
また未知数と言われる外交での手腕の発揮も求められる。
米中摩擦、朝鮮半島、日露交渉など難問山積の中で、国際舞台で走り回った安倍首相と同じ活躍を求められることは菅首相にとって相当高いハードルだろう。
ここが今後の政権の支持をつなぎとめられるか大きな課題となりそうだ。
いずれにせよ解散総選挙も含めて日々是決戦が続く。

★久しぶりの旅行広告

2020年9月24日

コロナで大きな影響受けた業種は幅広いが、何と言っても旅行関連が深刻だ。
実は同じくらい厳しいのが新聞だった。
発行部数が落ちた雑誌の広告が減り、イベントがなくなりコンサートや芝居、スポーツイベントなどの広告も消えた。
なによりも大きなスペースを占めていた旅行広告が皆無になったのは大きな痛手だった。
久しぶりの旅行広告をこの4連休前から目にするようになった。
まだ海外旅行の広告こそないものの、GoToキャンペーンを中心に大々的にPRを始めた。
4連休は家族連れなどで全国の行楽地はかなりにぎわったとはいえ、シニア層が団体旅行にすぐに飛びつくかと言えば疑問の余地もある。
しかし最悪期から考えれば明らかに一歩前進であることは間違いない。
 
マスクをしながら、会話も控えながら、食事もおっかなびっくりで以前と同じ旅の楽しみが味わえるかは難しいところだが、この環境に慣れていかなければいけないことも事実である。
観光で食べている地域社会も数多いだけに、観光復活の動きは大いに歓迎したい。
 
 

★変わるライフスタイル

2020年9月23日

首都圏で住宅事情に異変が起きている。
毎日通勤で通うには少し遠いと思われる超郊外の比較的土地の安い地域で戸建住宅の需要が爆発的に増えている。
不動産会社の支店によっては前年同月比2倍とか3倍の商談成立というから会社全体を見ていたのではわからない局所的傾向と言っていい。
コロナの影響でテレワーク、時差出勤が日常化、たとえ遠くでも毎日の出勤でなければあまり苦にはならない。
何より朝九時に社員みなが集まらなければならないという発想はなくなった。
マンションよりは広いスペースの一戸建て住宅で仕事場を確保したい。
自由な時間では、周囲の自然環境にふれるような暮らしがしたい。趣味や家族との時間を大切にしたい、といった思いも強いようだ。
戸建住宅を確保するときには、親との二世帯住宅も視野に入る。夫婦で働くために子育てを親に頼むということも必要になるし、将来の親の介護も考えて一緒に暮らすことのメリットも考慮に入れる。
何より若夫婦だけでは資金的に厳しいので、親との共同事業としての住宅購入というのが現実的だ。
これまではタワーマンションなどで都心で暮らすこともかっこいいと考えていたが、
去年の武蔵小杉のマンションにおける水害や、都心でのコロナ感染拡大を考えても郊外で暮らしたほうが何かと安心という心境の変化もある。
 
コロナは、ライフスタイルや生活に対する価値観を急速に変えようとしている。
 

★100歳まで生きたいですか?

2020年9月23日

100歳以上人口が昨年8万人を超えたと報じられた。
毎年敬老の日前後に発表される厚労省のデータだが、前年比9176人増えている。
ちなみに56年前の前回東京五輪が行われた昭和39年(1964年)の100歳人口は、わずか191人であった。
いかに「人生100年時代」が現実のものになってきたかがわかる。
ちなみに戦後のベビーブーム世代は1950年くらいまでに生まれているから、もしこの人たちが生きていたら100歳になる2050年(あと30年ない!)の推計100歳人口は、何と68万人!!
高齢者比率は40%という時代がもうすぐそこに来ているのだ。
現在サラリーマンが納める年金保険がおよそ40年、もし100歳まで生きると40年近く年金を受け取ることになる。
まあこれではこの仕組みが持たないのは誰の目にも明らかだ。
1947年、厚生年金がスタートしたころ男子の平均寿命は59歳くらい。
戦後日本企業が55歳定年制を採用し「終身雇用」と呼んだのも、55歳で辞めたらすぐに死ぬという前提があり、年金受給期間も10年に満たないだろうという社会の暗黙の了解があったわけである。
あるショッピングセンターで、「人生100年時代、健康な毎日を送りましょう」と私がマイクで語っただけで、お年寄りが何人か近づいてきて、
「あんた100年生きることが幸せのわけがないだろう」と次々に文句を言われ、アナウンスを中止した。
いちいちそのくらいのことで文句を言うほうもよほど暇なんだろうとは思うが、いかに長寿社会に「不満」を持っている人が多いかを思い知らされた。
不満?
いろいろあるだろうが、察するにやはり経済的な不安があるような気がする。現在の年金では十分豊かな暮らしができないということだ。
また現在は年金をもらう前のまだ若い世代も自分が受給年齢になったころ年金制度は維持されるだろうかという不安もあるに違いない。
年金の「不都合な真実」を政府は語らず、次世代へ先送りして今日に至っている。
言えば暴動だっておきかねない。
「2000万円問題」というのがあったが、老後資金は2000万円たりないという当たり前のことを公にしただけで野党はキーキー大騒ぎだった。
こんな野党が政権獲れるわけないな、と暴露した瞬間でもあった。
 
あなたは100歳まで生きたいですか?
 

路地を曲がればもう旅人 新作UPしました

2020年9月18日

今回は「青春18きっぷ」を使った東北の旅です。

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★「ひとは自分の運命を非難して責任を免れるつもりでいる]

2020年9月18日

激しい爆撃も大地の揺れも、また大津波の襲来もないけれど、気が付けば経済活動が危機に瀕し、長年かけて培ってきたビジネスモデルが崩壊している。

例えばディズニーランド。

TDLの成功は誰もが認めてきた。運営会社に何か瑕疵があったわけでもない。

それなのに深刻な経営難に直面している。

 

昨年までは文字通り押し寄せるようにやってきた外国人観光客に喜んでもらい活況を呈していたホテルや飲食施設,百貨店などの前から突然お客の姿が消えた。

悪夢だと思った人も少なくないだろう。

なんで?どうして?

運命を呪うしかない。

一緒に汗を流してきた従業員を解雇せざるを得なくなり、店舗休業の貼り紙を出す経営者の無念さを思うと言葉もない。

しかもたとえコロナのワクチンが開発されても、経済の低迷はまだ始まったばかりだ。

そしてけっして元に戻ることはなく多くのビジネスは淘汰され、コロナ後の景色はすっかり変わったものになっていると思われる。

運命を嘆いていても救われない。

時代が変わったのだから古い事業を潰し、新しい事業を始めるチャンスと思うことだ。

かつて貴族は滅び武士が台頭した。

武士が亡び官僚が法律で国家を支配する時代もやってきた。

そういうことはこれまでもあったではないか。

人生をやり直すくらいの不退転の決意をした人だけが生き残るのだ。

ダーウィンは言う。

『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である』

★カボチャ

2020年9月17日

最近の楽しみの一つにドライブ旅行がある。

なるべく高速道路を使わず一般道を使う。

トイレ休憩もかねて道の駅など地場産品を売る店に立ち寄るのが目的だ。

マイカーであれば買ったものを片っ端からトランクに放り込んでいける。

いくら宅配便が全盛とはいえカニやメロンのような高価格品ならともかく

漬物や野菜、味噌程度をいちいち送っていたのではやはり送料が気になる。

あちこち寄り道して少しずつ地元の名産を買い集め、そのまま持ち帰れるのはドライブの楽しみである。

よく買う野菜の中にカボチャがある。

電車や飛行機で持ち帰るには重たい。

北海道をクルマで走ると広大なカボチャ畑を目にする。

お目当て発見だ。

道の駅に入るとまあ見事に育った大きなカボチャが、ところせましと並んでいる。

カボチャはもともと中南米原産のウリ科の野菜だ。

スーパーなどでは国内産を補う時期にはメキシコ産やニュージーランド産も多く見かける。

ただ日本人は中南米原産でもやはり国内産に手が伸びがちだ。

国産は収穫後一か月ほど納屋で寝かせて風乾し、糖度とホクホク感を高めてから出荷する。

糖度が7度以上、高いものは20度と果物並みになるという。

この辺りが日本人好みの味と関係しているのかもしれない。

 

ハローウィンカボチャにはなじみがあっても若い人がたくさんカボチャを食べているかと言えばやや疑問だが、

カロチン豊富でビタミンたっぷり、ヘルシーな野菜の代表格といえる。

日持ちがよく台所に備えれば冬の緑黄色野菜としても頼もしい存在だ。

食べ方だが、煮物にしたり天ぷらなどもおいしいが、私が好きなのは味噌汁である。

口の中で、もさもさしがちのカボチャも、味噌汁の具として食べれば喉通りもいい。

また簡単にたくさん食べたいならば電子レンジで加熱してバターを塗って食べるのが簡単だ。

ジャガバターならぬ「カボバター」である。

寒くなってくると、カボチャの温かさが恋しくなってくる。

★菅新政権誕生

2020年9月16日

最長政権の記録を樹立したとたんに安倍総理が退陣表明、本当なら東京五輪を見届けての退陣というタイミングに、その晴れの舞台を見ずして去るのは無念だったかもしれない。
7年8か月の長期政権も大変だが、それを支える官房長官の職を一人で全うしたのも大変なことだと思う。
菅氏に特筆すべことは、自民党出身の総理大臣として極めて珍しく、世襲でもなくまた官僚出身でもないということである。まして自らが派閥の領袖でもないというのだから、前代未聞の出自であると言わなければならない。
世襲がすべて悪い、あるいは官僚出身だからダメと決めつけるつもりはないが、この異質な総理であることにこだわることで、国民的な支持を得る可能性もあるかもしれない。
長期にわたり安倍総理を補佐してきたという経験は得難いものがあるし、官僚を統括する立場にあったから官僚の能力識見も、また弱さ・悪癖も知り尽くしている。
いかに効率的に組織を動かし難局を乗り切るか、熟練の技に注目したい。
もともとリーダーとして最前線に立ってきた人ではないし、前政権を踏襲することをまず第一としているから強力なリーダーシップが感じられないという印象を持つ。
しかし今は戦後最大の国難の時期である。
その修復と新たな前進のために国民を引っ張ってゆく指導力が求められていることは言うまでもない。
政権の帰趨は最初の100日で決まると言われる。年末までにコロナを克服し経済再生のきっかけをつかめるか、アメリカ大統領選挙、米中問題など内外の懸案もこの100日の間に新たな局面が予想される。
待ったなしの状況だ。新政権の対応に目が離せない。
 

★月見

2020年9月15日

月はいつでも存在するが、季語は秋である。
四季の美しい風物を「花鳥風月」「雪月花」というが、月はどちらにも入っている。
昔は月や星が見えない夜は漆黒の闇であった。逆に晴れた夜の月明かりや星明りは大変明るく感じられた。昔は月や星を意識して暮らしたのである。
広重の浮世絵にも月の夜を描いたものは多い。
江戸時代までの日本人は文化の先進地である中国にあこがれその文化を模倣したが、月見も中国の習慣に従ったと思われる。
秋は空気が澄んでいるから月がより美しく見えるともいわれる。
新月の始まりを「朔」、満月を「望」という。中秋の望が「最中の月」である。
丸い和菓子の名の由来でもあることをご存じだっただろうか。
月を愛でる余裕があれば、人生もまた楽し、である。
 

★日本語がヤバイ?

2020年9月14日

突然だが英語で「ヤバイ!」はどう訳すのか、どなたか教えてほしい。
というのも、本来この言葉はヤクザなどが「拙い(まずい)」と言う意味で使っていた俗語だったはずだが、今日では「おいしい」とか「すごい」、あるいは「驚いた」と言った肯定的な意味にも幅広く使われるようになっている。
若い女性たちの会話を電車などで小耳にはさむと。
「このチョコ、表参道の新しいショップで買ったの、食べてみて、ヤバイから」
「わー、ヤバ!」
「ホント、ヤバ!いくらだった?」
「一粒500円」
「キャー、ヤバ!」
「でもなかなかヤバイじぁん」
「ホント、ヤバ」
こうした会話を正確にほかの言語に訳すのは難しい。
言葉のもつ本来の意味などとっくの昔に超越し、新しい意味が付加されているようだ。
便利と言えば便利かもしれないが、言葉本来が持つニュアンスなどがあいまいになり、多くの適切な表現をもつ日本語なのにそれを使わず「ヤバイ」の一言で済ませてしまう人が増えている。
日本語という言語を使う人種あるいは国民は日本人だけだが、その日本人が日本語の持つ多彩な表現を放棄して、「ヤバイ」の一言で片づけてしまう風潮は相当に「ヤバイ」と感じる。
退化、あるいは幼稚化現象だ。
そもそも学校の国語という授業は、こうした「日常語の退化」をどうして放置しているのだろうか?
それでよくも「国語」などという授業名を名乗れるな、と思わざるを得ない。
  とくに形容詞、修飾語の劣化が気になる。
最近の天気予報を見てほしい。
「観測史上初めて」「100年に一度」「戦後最悪」「●●気象台で統計を取り始めて以来」「いのちに関わる」など最上級のオンパレードだ。
予報官、気象キャスターなどが次々に「新語」を開発して危機を煽っている。
台風や大雨の襲来の度に、これでもかこれでもかと新しい表現を考えて、早めの避難を訴えていると主張するだろうが、私に言わせればオオカミ少年になりかねない。言葉遊びを楽しんでいるようにしか見えない。
毎度毎度こうした言葉を聞かされるとかえって慣れっこになり、正確な情報が伝わらなくなる。
かつてアナウンサーの新人研修で「絶対に形容詞は使うな、事実で表現しろ。
たとえばおいしいとは言うな、その美味を事実で表現しなければならない」と教わった。
そういう訓練を受けたものからすれば、いま後輩たちがテレビなどで
「命に関わる暑さ」と言った表現を常套句として繰り返していることに違和感を持つ。
昔は「バイト」ではなく「アルバイト」と言うようにと厳しく指導された。
「コンビニ」や「スマホ」もテレビでは使ってはいけなかった。
まあこのくらいは時代の変化と理解できるが、カワイコちゃんリポーター(NHKでは『レポーター』も使ってはいけない言葉だった)がテレビで何かごちそうになり「ヤバイ!」と感想を言うのにはやはり抵抗を感じる。まして若いアシスタントディレクター(『AD』と言ってはいけない)がわざわざ「ヤバイ!」と、画面にテロップまで入れる神経は、「自分たちは日本語を守る仕事をしているなどという自覚はさらさらない」ことを暴露しているようなものだ。
 時代の変化に合わせて変わってよいものと、守らねばならないものがあることを日本人の一人として考える昨今である。
 

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