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2021年1月のバックナンバー

★盛りを過ぎたコンビニ

2021年1月25日

日本フランチャイズチェーン協会が発表した昨年の全国コンビニエンスストアの売上高(速報値)は、新規出店を含む全店ベースで前年比4・5%減の10兆6608億円だった。全店ベースの売上高が減少するのは、比較可能な05年以降で初めてである。新型コロナウィルスの感染拡大の影響で外出自粛の傾向が強まり、オフィス街や観光地にある店舗を中心に売り上げが落ち込んでいる。なお昨年末の店舗数は、前年末に比べて331店多い5万5924店だった。
今回の発表は売り上げ減少をコロナを理由にしているが、私はコロナ前の2019年をピークに平成最大の成功ビジネスであるコンビニは曲がり角に差し掛かっていたと見ていた。その端緒は大阪のコンビニオーナーが本部に24時間営業を続けられないと反旗を翻したことだった。コンビニビジネス最大の特徴は全国の店舗運営、取扱商品、販売価格が本部の統制のもと統一されているところにある。24時間356日無休と言う前提の崩壊は、本部の統率力の低下を意味する。さらに全国統一価格という常識も崩れ始めた。賞味期限接近商品を安売りしたいというオーナー側の要求に一部のコンビニで許容する動きが広がってきたのである。
またレジ袋有料化もコンビニにとってはマイナスだった。サラリーマンがコンビニで昼食を買うときに袋持参で行くということはこれまでは考えにくかった。ぶらりと立ち寄り衝動買いをするというコンビニ特有の購買行動が、袋を持参していないからやめようということになれば、来店回数はおのずから減ってくる。わずか数円の袋代が来店の心理的障壁になれば潜在需要を取り込めないことになる。北海道のコンビニ、セイコマートが引き続き無料で配布できるレジ袋を使っているのも来店客減少の対策上有効だと考える。
こうしたコンビニ業界の内部事情にコロナ問題が加わった。とくに都心部のオフィスビルなどに入るコンビニは、テレワークの影響をもろに受けている。今後コロナ禍が下火になっても一度広まったテレワークの動きは進んでいくと思われる。多くのビジネスに取って代わったコンビニ業界だが、どうやら盛りを過ぎたと考えたほうがいいのではないだろうか。

★電気自動車の進む道

2021年1月25日

中国、欧州、そして日本もガソリン車販売を近い将来打ち切り、脱炭素社会に向けて電気自動車などを普及させていく方向で足並みがそろってきた。
日本の基幹産業として長年経済の牽引車であり、コロナ禍でも比較的好業績産業として位置づけられている自動車産業が今後も存在感を発揮できるか、残念ながら難しい状況だ。
もしガソリン車の天下が続くなら、日本とアメリカ、それにドイツの三強の時代が続いただろうが、新しい電気自動車という土俵になれば中国をはじめ多くの国々が横一線で世界制覇を目指すことになる。
ガソリン車の部品はおよそ3万点あり、それを供給するサプライチェーンがアッセンブルメーカーを頂点に、子請け、孫請け、ひ孫請けの部品メーカーによるピラミッドを構築しており、日本の製造業の三割近くが何らかの形でここに関わっていると言われている。鉄鋼や産業機械メーカーなどだけでなく、いまや繊維メーカーにとってもシートが、コンピューター、ガラスやペンキ、ゴムなどのメーカーにとっても自動車部品が大きな収益源なのだ。自動車の企業城下町の住宅や飲食店といった仕事まで含めれば日本の多くの人々が自動車で食べている。
ところが電気自動車の時代になると部品点数は一気に1万点ほどに縮小する。エンジン系統の部品はほぼなくなってしまう。
簡単に言えばクルマが家電の一部になるわけだ。家電になればかつて日本のお家芸が途上国に奪われたようなことがクルマでも起こる可能性が大きい。
産業構造のピラミッドの規模が三分の一に縮小すると日本経済の雇用もそれだけ減ることを意味する。
一口に同じ自動車産業といっても全く違う風景になってしまうことになる。
脱炭素社会に日本は生き残れるか?
いまだに答は見つかっていない。
アフターコロナの日本をけん引する産業をどう作るか?
事態は深刻である。
 
 

★盛りを過ぎたコンビニ

2021年1月25日

日本フランチャイズチェーン協会が発表した昨年の全国コンビニエンスストアの売上高(速報値)は、新規出店を含む全店ベースで前年比4・5%減の10兆6608億円だった。全店ベースの売上高が減少するのは、比較可能な05年以降で初めてである。新型コロナウィルスの感染拡大の影響で外出自粛の傾向が強まり、オフィス街や観光地にある店舗を中心に売り上げが落ち込んでいる。なお昨年末の店舗数は、前年末に比べて331店多い5万5924店だった。
今回の発表では売り上げ減少をコロナを理由にしているが、私はコロナ前の2019年をピークに平成最大の成功ビジネスであるコンビニは曲がり角に差し掛かっていたと見ていた。その端緒は大阪のコンビニオーナーが本部に24時間営業を続けられないと反旗を翻したことだった。コンビニビジネス最大の特徴は全国の店舗運営、取扱商品、販売価格が本部の統制のもと統一されているところにある。24時間356日無休と言う前提の崩壊は、本部の統率力の低下を意味する。
さらに全国統一価格という常識も崩れ始めた。賞味期限接近商品を安売りしたいというオーナー側の要求に一部のコンビニで許容する動きが広がってきたのである。
またレジ袋有料化もコンビニにとってはマイナスだった。サラリーマンがコンビニで昼食を買うときに袋持参で行くということはこれまでは考えにくかった。ぶらりと立ち寄り衝動買いをするというコンビニ特有の購買行動が、袋を持参していないからやめようということになれば、来店回数はおのずから減ってくる。わずか数円の袋代が来店の心理的障壁になれば潜在需要を取り込めないことになる。北海道のコンビニ、セイコマートが引き続き無料で配布できるレジ袋を使っているのも来店客減少の対策上有効だと考える。
こうしたコンビニ業界の内部事情にコロナ問題が加わった。とくに都心部のオフィスビルなどに入るコンビニは、テレワークの影響をもろに受けている。今後コロナ禍が下火になっても一度広まったテレワークの動きは進んでいくと思われる。
多くのビジネスに取って代わったコンビニ業界だが、どうやら盛りを過ぎたと考えたほうがいいのではないだろうか。

★目標達成すると力が抜ける?

2021年1月22日

大相撲は大量の休場者を出しながらも、何とか途中打ち切りとはならず千秋楽を迎えられそうだ。
この時点ではまずまずだろう。
それにしても横綱は負け越しても休場でも番付が下がらないということは、言い換えればそういう事態になれば自分で引退しなさいと言う意味だったはず。
みっともないよなあ。
みっともないと言えば、それにとってかわるべき大関ってどうしてああなんだろう。
現在の大関にも言えることだが、大関昇進まであんなに強かった力士がひとたびその地位に昇ると、人が変わったみたいに力を発揮しない。
ケガもあるとはいえそれにしても大関から横綱に上がるよりも逆に陥落したほうがいかに多いか。
高安、栃ノ心、琴奨菊、栃東、琴欧州、把瑠都、出島・・・。数え上げたらきりがない。
そんな中で照ノ富士は、どん底まで落ちてからまた舞い戻り、大関目指すと公言しているあたり性根が座っているということか。
 
相撲の話だけではない。
力があるから地位を得たのに、その時が絶頂でその地位で活躍すると思ったらがっかり、と言う人はどこにでもいる。
あなたの会社にもいませんか?
そうそう永田町にもいましたね。

 

 

 ★誰の味方をするわけじゃないけど・・・

2021年1月21日

 
菅さんの評判が悪い。
庶民派、たたき上げなどと就任時あれだけ持ち上げておいて、一転して寄ってたかって叩くのだから、マスコミも相変わらずの豹変ぶりである。
今太閤、角さんにしても、宇宙人鳩山さんにしても持ち上げて、突き落とすくらいなら最初から本質を見極めておけ、と思う。
そもそも菅さんに何を期待していたのだろうか?
庶民派、たたき上げで無派閥だから幹事長を頼りにするのは最初から分かりきったことだろう。
いまさらべったり、なんていうほうがおかしい。
そういうのを「二階に上げて突き落とす」というのだ。(これは洒落である)
官房長官として辣腕をふるった、というがそれは総理大臣の傘があってできることだ。
傘の持ち主がしっかりしていたからこそ、官房長官として仕事ができたのだ。
けっして菅笠が丈夫だったわけではない。(これも洒落である)
GOTOトラベルをなぜやったか、だって?
あれでお客が増えたと与野党こぞって評価していたのに、いまさらそれをいっちゃあおしめえよ。あのときは「さすが」といったじゃねえか。(これも洒落である)
ホテルで朝飯喰ってばっかりで庶民派とは何事だだって?
最初のころはそれで多くの人から情報収集するのが菅流と誉めてたよね。
総理大臣がマクドナルドやコンビニごはんで朝食食べないと納得しないのか?
コロナで困っている人にカネをばらまけってか?
安倍内閣が補正予算で予備費を大きく計上した時は、反対した野党が何をいまさら言うの?
強制力のない緊急事態宣言は甘い、特措法つくれって言ったかと思えば、罰則規定はおかしいって?
罰則規定のない強制力なんてどうすりゃいいのよ?
野党は夜盗のごときもの
マスコミはマスゴミのごときもの
菅は菅でも菅直人内閣がどれだけ東日本大震災であたふたしたか?
あの時の官房長官殿がいま夜盗のトップとはねえ。
えだの方より幹を見る政治をしてほしいものです。

★大寒

2021年1月20日

今日は大寒。暦の上で、一年で最も寒い時期を迎えた。
今年は暦通りに寒い冬のようだ。ただ赤城山も榛名山も初冠雪は例年より遅かったという。晴天が続くが、やはり吹く風は冷たく痛い。
コロナのこともあり、どうしても運動不足になりがちということで、陽ざしのある時間帯を選び、散歩に出かけることにしている。
ほとんど人に会うこともなく、感染の心配はまずなさそうだ。
陽だまりに猫が数匹たたずんでいる。
近所の人が餌をやっているようだ。
私が近づいても警戒心もあまりないようで、知らんぷりを決め込んでいる。
猫を見ながらベンチに座る。
ちらりと一瞥、早くいけよという顔をしているが、こちらも素知らぬ顔で俳句つくりに励む。
ヒトとネコが微妙な間合いの中に存在する。
ベンチの前に蝋梅が咲き誇っている。香り漂い、寒さの中にもやがて春が来ることを精一杯ささやいている。ロウ細工のような梅に似た花だが、梅の種類ではない。
散歩ついでにスーパーに入る。
節分用の豆が前面に出ていた。
そして恵方巻の予約にチョコレート。冬枯れの時期、何とか販促の糸口を手繰ろうと努力している。
そういえば先週末には駅弁を集めていた。
新宿の某百貨店には及びもつかないけれど、それでも北海道や東北の駅弁を買い込む家族連れがいた。地元で1000円の駅弁を、運んできて同じ1000円で売るのだから経費を考えれば採算は合わないはずだが、それでも人集めの願いを込める。
商売は人を集めてなんぼなのに、人を集めると白い目で見られる時代である。
冬枯れの時期は今少し続く。
春まで待たねば、
春まで持ちこたえられるか、
厳しい寒さをこらえる日々がまだ続く。

★ハイブリッドな街つくり

2021年1月19日

群馬県の山本一太知事は「ハイブリッドな暮らしができる群馬県」を訴えている。
群馬県は自然に恵まれた土地で、テレワークをし、必要な時だけ東京に行くのも交通便利、上手に暮らせばこれほど住みやすいところはない、両取りができるという意味である。
実際にコロナ感染拡大以降流入人口が増えているという。
前橋駅前に27階建てのタワーマンションの建設が始まった。
またテレワーク企業を誘致する会社もできている。
災害も少なく、土地も安い。
住んでみてわかったのだが、浄水を使用しなくても水道水が東京と比べて格段においしい。
野菜はじめ物価が安い。
前橋市内のコロナ感染者はまだ限られているし、商業施設が広々して密集になることはまずない。出かけるのは歩いて散歩か、マイカーが中心で満員電車とは無縁だ。
東京から近県への人口移転の動きが顕著になってきている。
ハイブリッドが評価されそうだ。
 
 

★外食の努力

2021年1月17日

新興の焼肉チェーンに試しに入ってみた。
店内はけっして広くはないが、アイドルタイムにもかかわらず席は7割方埋まっていた。
驚いたのは一人客が多いこと、その半分は女性客であることだった。
女性客が一人で焼き肉を食べに行くということはこれまであまり見たことがなかった。
席に座るとタッチパネルで注文を出す。
料理ができるとカウンターまで客がセルフサービスで受け取りに行く。
その際自分のテーブルナンバーを記したカードを持っていき、調理人が間違いがないテーブル番号の客か確認する。
このカードにはテーブルナンバーを登録したQRコードが付いていて、最後の支払いの時に無人レジ―にかざすと店員不在のまま支払いが現金またはカードなどでできる仕組みだ。
水はテーブルに取り付けられた自動給水機から、おしぼりと箸は引き出しに入っている。
つまり入店から、注文、商品受け取り、支払いまで店員とのやり取りなしに完結するわけだ。
カルビ一人前とサラダ、ご飯セットにスープ、キムチが付いていて、消費税込み1200円ほど。取り立てて安いとは思わないが、まあ高いわけでもない。味はまずまず肉も悪くはなかった。
それにしてもコロナ国内感染者発見から一年、こんな店のシステムを考え出したマネジメントは素晴らしいと正直思う。
こういう店も含めて午後8時に閉めろ、夜だけでなく昼間もなるべく利用するなと、行政は言う。
これでは経営者は気の毒だ。
 
今は耐えるだけだが、こうした努力がいつか実を結ぶものと信じたい。

 

★あの日、神戸

2021年1月17日

第一報を取材に向かうカーラジオで聞いた。
夜の「ワールドビジネスサテライト」の生放送を終えた後、帰宅のハイヤーの運転手にそのまま神戸に向かうように頼んだ。
翌日大混雑で神戸まではたどり着けず、西宮の小学校の遺体安置所から生放送、二日目ようやく停電で真っ暗なままの神戸から放送を出した。
それから2週間、乗り付けたハイヤーをねぐらに、食糧を大阪に買い出しに行きながら取材と夜の放送を出し続けた。
1995年、1月17日。
阪神淡路大震災のことが昨日のことのように思い出される。
実はその三日前の14日神戸に取材に行ったばかりだった。
その時泊まったホテルは倒壊していた。だから他人事ではなかった。
地震から五日目、コンビニもファミレスもどこも開いていない神戸市内で、「おでん定食あります」の貼り紙がある喫茶店を見つけた。
老夫婦が経営する地元店は、日銭商売だから必死に具材を集め、卓上コンロでおでんを作っていた。
旨かった。
久しぶりに食べる温かいご飯に生き返った思いだった。
 
 ★暗闇の 被災神戸で  いただいた  真夜中のおでん  こころに染みた
 
昨年NHK短歌で入選したこの短歌はこの時のことを詠った。
 
あれから四半世紀以上が過ぎた。

 

★ボロ市

2021年1月15日

子供のころ、自宅近所で12月と1月に開かれていた「世田谷ボロ市」は欠かさず出かけたものだった。400年の伝統行事が昨年暮れに続いて1月も中止になってしまった。
約700店の露店が並び、1日におよそ20万人もの人出で賑わうボロ市は12月(15日・16日)と1月(15日・16日)の年2回、2日間ずつ、代官屋敷を中心にしたボロ市通りで行われてきた。
ボロ市の始まりは、遠く安土桃山時代まで遡る。当時関東地方を支配していた小田原城主北条氏政は、天正6年(1578年)世田谷新宿に楽市を開く。楽市は市場税を一切免除して自由な行商販売を認めるというもので、毎月一の日と六の日に6回開いていたので、六斎市(ろくさいいち)とも呼ばれた。その後北条氏は豊臣秀吉に滅ぼされ、徳川家康が江戸に幕府を開き世田谷城が廃止されると、世田谷新宿が城下町としての存在意義を失い急速に衰えた。六斎市は自然消滅して何時のころからか年に1回、年の暮れに開かれる歳の市となる。明治になって新暦が使われてから正月15日にも開かれ、やがて12月15日・16日の両日、正月にも15日・16日の両日開かれるようになった。
歳の市は明治20年代になって古着やボロ布の扱いが主流となって、いつしか農機具や正月用品が主だった「歳の市」が、その実態に合わせて「ボロ市」と呼ばれるようになる。正式な名称となったのは第二次世界大戦後からで、すでに明治の終わり頃には世田谷の「ボロ市」という名は定着していた。
戦後の発展のなかで、取扱商品もかわっていったが、最近は骨とう品的中古品が増えて「ボロ市」の名にふさわしくなってきたような気がする。
伝統行事が復活しまた人々でにぎわう日が訪れることを願うばかりである。

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