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★勤勉の次の一手

2021年3月22日

戦後日本が高度成長を達成した理由として「勤勉な国民性」というものが指摘された。
その勤勉性とはつまるところ何だったのか?
そして本当に日本人は勤勉なのか?
勤勉とはそもそも何を指して言うのか?
その後日本の成長が止まったのは、日本人が勤勉でなくなったからなのだろうか?
 
日本の高度成長の本質は欧米キャッチアップ型の製造業の生産性向上にあった。
勤務時間内にさぼることなく、また需要が多い時には残業や休日出勤も厭わない、そんな工場労働者の勤勉性が日本を支えていた。事実当時の日本の年間総労働時間は欧米に比べて大きく上回っていた。企画やデザインを創造する仕事の成果は労働時間と必ずしも相関するものではないが、工場生産に限っていえば確実に生産量は工場の稼働時間に比例する。
オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックと時代は変遷し、資源の制約や産業構造の変化など経済環境も大きく変化した。その間日本企業でも完全週休二日制の普及、祝日の増加に加えて長期休暇取得の推進などもあり年間総労働時間数は激減した。
日米だけを比較しても1988年にアメリカの年間総労働時間1962時間に対して日本は2189時間と200時間以上多かったのに対して、2003年にはアメリカ1929時間に対して日本は1975時間とその差は50時間を切るまでになり、その後も縮小傾向は続いている。また休日数は現在日米ともに127日とほぼ同じになっている。
日本人の勤勉さとは単なる労働時間が多かったということであれば、この時点で日本の優位性は失われたことになる。
昭和から平成に変わり、外国人労働力を誘致する、あるいは海外に拠点を移すことで「日本人ではなく日本企業の勤勉性」を維持し優位性を確保する取り組みも進められた。
しかしそれも平成の後半から令和にかけてゆきづまりをみせる。
国家の盛衰が工業生産よりもITなどソフト開発力による時代となり、工場労働者の生産性がカギを握る時代では必ずしもなくなったからだ。
年功序列、終身雇用に代表される熟練労働力を抱え込む日本的経営とは違い、優秀なソフト開発者が会社間はもとより国境さえも越えて活躍する時代になった。
勤勉性よりも、個人の創造性を育みいかに活用するかが問われる時代の到来である。
一週間に働くのは三日でも、アイデアを形に変えられる人が勝つ時代である。
そう考えるとオフィスに縛られない在宅勤務、テレワークの時代がコロナ禍で早く来たことは、日本企業に変革を迫り、新しい時代に対応する仕組みつくりの機会と捉えなければならない。
日本の製造業の代表格である自動車産業が、世界のIT産業と戦う自動運転・EV戦争はその象徴でもある。