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2021年4月のバックナンバー

★人類がコロナに打ち勝った証は、10年早い

2021年4月 9日

開幕したばかりのプロ野球でチーム内のコロナ感染が問題になっている。
大相撲の部屋ごとの感染にもみられるように集団生活が大きな要因になっていることは疑いがない。
そう考えると世界中から選手たちが集うオリ・パラはやはり問題が多い。
PCR検査やワクチン投与を行っても肝心の治療薬がない現状で集団感染が発生した場合、競技運営は行き詰まる。何しろ競技自体が柔道レスリングなど濃厚接触を前提にしたものも多いのだ。
いくらIOCやオリンピック組織委員会が開催を強行しても、参加したくないという国や選手が続出したらどうするのか。またボランティアなど運営関係者が危険を感じて辞退が相次いでも問題があるだろう。
選手たちの一生に一度の晴れ舞台のための努力は称賛すべきだが、だからといって日本国民を危険にさらしていいかは別の次元の問題だ。
大阪などの感染状況が全国に広まっても、再び緊急事態宣言を出せばオリ・パラ絶望的となると、政府が宣言発出をためらうことも予想される。
何のためのオリ・パラか?
解散総選挙への手土産などと考えているならこの国を危うくするだけである。
このまま感染者が増え続け、ついに政府がオリ・パラを諦めざるえない状況に追い込むことしか、この国を救う道はないのかと思うと虚しくなる。
もしそうなれば世界の笑いものになり、時の為政者は歴史に名前を残すことになるだろう。
 

★学び舎の春

2021年4月 9日

入学式が真っ盛り、昨年は緊急事態宣言下中止に追い込まれたところも多かったようだが、今年は人数を絞るなどして何とか催行している学校が多いようだ。
 
今年東京の大学は軒並み出願者数が減少したという。
地方から東京の大学に入ってもオンライン授業が多くせっかくのキャンパスライフを満足ゆくように送れないならば、都会より地元大学に入ったほうがいいのでないかと考えた受験生や親が多かったらしい。
確かに高い家賃や生活費の仕送りをしても、大学に通えない、アルバイトもできないならば都会暮らしの意味はないと判断されてもしかたがない。
 
昨年ある経済誌の大学特集で東京の有名大学の学長が「授業料は学士の資格を取るための費用であり、オンライン授業であっても減額することはない」と論じていた。
ずいぶん強気で、学生や親の気持ちに寄りそう気はないらしい、と感じた。
大学は卒業資格を取るためでなく、サークル活動や友人たちとの出会いがその後の人生に大きな糧になるはずだ。そもそも学費だけでなく施設利用費まで取っておきながら一年ほとんどオンラインとは、納得いかないのが普通の感情だろう。
その後学生たちからもオンライン授業に対する不満が出たようでこの春からほとんどの大学で対面授業の比率を増やす方向になっている。
このままでは学生と親の不満が募り、志願者数の減少に歯止めがかからないという危機感がようやく表れたものと理解できる。
もちろんだからと言ってキャンパスでクラスターが発生していいわけがない。安全なキャンパスライフには大学側だけでなく学生側にも努力と注意が必要だ。
 
大切な青春の1ページがコロナで翻弄されるばかりとならないことを祈りたい。

 

★富良野が寂しさに泣いている

2021年4月 7日

時代は高度成長からオイルショックを経てバブル時代へと突き進んだ頃。
北の大地も離農あり、バブル景気で大規模牧畜業が推奨されたり、そしてまた夢破れたりと激しく揺さぶられた時期。
東京から父の故郷で暮らすことになった親子三人にあてがわれた家は、電気もガスも水道さえもなかった。
友達がテレビで紅白歌合戦を見ているとき、この親子は寒さをしのぐのがやっとの暮らししかなかった。
それでも父、黒板五郎は優しく二人の子供、純と蛍に接した。
キタキツネやリスを友達にたくましく成長してゆく兄と妹に日本中が感動した。
そして何より富良野の自然の素晴らしさが日本全国はもとよりアジア近隣諸国にまで知れ渡り、北海道インバウンド観光のメッカと言われるまでになった。
切れる男ではない。
ダメおやじだけど愛嬌があり、心優しい父親を演じた田中邦衛さんが亡くなった。
私は富良野のロケ地を何回も訪れている。
東京の繁栄の対極にある北海道の原野で生きる厳しさ、そこにこだわる倉本聰さんの考えに深く傾倒した。
繁栄には貧困で、権力には草の根で、大には小で、けっして声高でないけれど底辺で生きる人のたくましさを描こうとする倉本哲学の体現者として田中邦衛さんは欠かせないキャラクターだった。
とかく自己主張が強い役者の世界で、控えめながらも自分の立ち位置を理解し、自然流で演じられる名優がまた一人消えた。

 

続 マーケティングとは買う気のない人に買わせる知恵

2021年4月 6日

 福袋の人気が急落し今年正月は売れ残りが続出したという。コロナの影響だけではなさそうだ。メルカリで転売など本来以外の目的購入が広がりすぎ、目新しさもなくなったのだろうか。
「開業当初からずっと残っている」「強気な発注姿勢が見事裏目に」―。これらは、東京スカイツリーのふもと「すみだ水族館」の土産物売り場が、不人気の商品に付けたキャッチフレーズだ。これがSNSで話題となり完売を果たした。販売をしたのは「売れ残りガチャ」。ぬいぐるみ、マグカップ、文房具などの売れ残り商品を箱に入れて並べた。箱の表には、想像力をかきたてるキャッチコピーだけが書かれ、商品の具体的な説明はない。箱を開けるまで何が入っているか分からないスリルや期待感を、ガチャっとダイヤルを回すと商品が出てくるカプセル玩具になぞらえた。言ってみれば福袋である。大きさや形が違う箱は、どれも1個500円。「あなたが想像するペンギンポーチではない」「クオリティは高い。クオリティは高い。大事なことなので2度」。売れ残りでも、魅力ある商品であることを強い調子で訴えかける。「売り方が正直」「中身を隠されると途端に知りたくなる」と話題になった。予想以上の売れ行きに、商品よりも先に肝心の箱がなくなるほど無事予定数を完売した。
 もう一度やっても同じ結果は出ないだろう。「マーケティングとは買う気のない人に買わせる知恵」である。いかに次の「物珍しさ」を演出するか。コロナの時代に「縁日そぞろ歩き風 仲見世冷やかし風消費者」を店頭ではなくネット上で取り込めるかがポイントである。

 

★マーケティングとは買う気のない人に買わせる知恵

2021年4月 5日

嵯峨野トロッコ列車に乗ってきた。
旧山陰本線の線路を利用して、京都の嵐山、保津川を見ながら景観を楽しむ7キロ余り、およそ25分の旅だ。
沿線は桜が満開、開業30年を迎えるが人気は相変わらずの様だった。
国鉄民営化で生まれた第三セクター鉄道はどこも苦戦が続いているが、その中にあって嵯峨野観光鉄道は健闘している。
乗客は春には満開の桜、秋には紅葉を楽しんでいるが、実は閑散期に社員たちが修景事業として植林しているものも多いことを乗客は知らない。車掌の観光ガイドアナウンス、運転手のシャッターチャンスポイントでの停車、記念撮影のための乗務員のサービスなど社員たちの努力もあっての人気なのだ。
何しろ観光列車は必要に迫られて乗る人などいない。JR駅の改札外まで出向き「今なら座れますよ」と助役自ら「客引き」までしている経営努力には頭が下がる。
駅構内の売店・土産物店はもちろんジオラマやコンサートホールまで設置し、魅力のアップでリピーターを呼ぶ仕掛けにも余念がない。
マーケティングとは買う気のない人に買わせる知恵のことを言う。

★大きな連鎖

2021年4月 3日

一羽の鳥のはばたきをきっかけに鳥たちが一斉に飛び立つ。
いま、株の世界を描くとそんな風景がイメージできる。
投資家の多くは、現在の株高が経済の実力以上のものであることを知っている。
大幅な金融緩和と、コロナ後への期待などで昨年来「不況下の株高」が現出された。
次に来るのは、金融が引き締めに転じるタイミングと、期待が実は実体のない「気体」であったと認知される時である。
つまりこれ以上は上がる可能性がないと誰もが思った時に,売り一色となる手じまいが来ると心のどこかで思っている。
誰がババを引くか、まさに株式相場は賭博場と化しているのだ。
 
例えば、原材料価格が国際的に高騰している。
気候変動や、コロナ禍による人手確保困難など理由は様々だ。
突発的な工場火災とか、国際運河での座礁事故がさらに事態を深刻化させると、だれかが判断すると、それに皆が追随することから大きな連鎖を引き起こす可能性がある。
そんなことはないと、あなたは言い切れるだろうか?
そう、もうすでにそんな危険が迫っているではないか。

★新体制スタート

2021年4月 2日

新年度を迎え多くの人から異動の挨拶をいただく。
今年は大きな異変があった。
大企業に勤めている人たちからテレワークと副業解禁により大きな変化があったという知らせだ。
コロナ禍1年、それに対応する企業組織の変更が新年度から現れているようだ。
大手トイレタリーメーカーの人は、会社勤めをしながら大学で教鞭をとることになったという。
大手商社の人はテレワークにより次の出社は来年3月ですという。
大手印刷会社の人も、今年度出勤の予定はもうありませんという。
大手アパレルメーカーからは副業でコンサルタントになりますという連絡もあった。
 
毎朝9時に出勤し朝礼で一日の仕事が始まり、大部屋で部長から平社員まで席の序列が決まり、夜は飲み会、慰安旅行に社内運動会、歓迎会や送別会と言った企業一家の日本的経営がいよいよ消える時代の到来である。

 

★呼びかけの効能薄れは自業自得

2021年4月 1日

 春休み、満開の桜に誘われて多くの人が繰り出している。
(小池都知事の口調で)
花見は控えてください。
卒業旅行もやめてください。
謝恩会や入社式、入学式もどうかやめてください。
いまが大切な時なんです。
(ニュースでは)
聖火リレーが始まりましたが、沿道では密になっています。
どうか聖火リレーを見に集まらないでほしいと、五輪組織委員会では呼び掛けています。
 
みんなには協力せい、飲食店など協力しなきゃ罰金だぜ、と言っておきながら
でもオリンピックはやるんですってどういうことよ。
聖火リレーが危険でも、聖火リレーはもちろんオリンピックをやめるという判断はないようだ。
ノー天気な宰相は
「人類がコロナに打ち勝った証としてオリンピックを開催する」
と何とかの一つ覚えの文章を毎度読み上げるだけ。
コロナに打ち勝ったなんてどの口が言うのよ?
国民の安全を犠牲にして自分たちのメンツでオリンピックを強行しようという暴走老人たち。
感染抑制の見通しが付いたので緊急事態解除と言ったそばから再び感染拡大。
2週間の宣言延長という中途半端な選択は、何が何でも聖火リレーはやりたいということだったからという下心がミエミエで、本気で国民のことなんか考えた決断でなかったと国民は思ってしまったのよ。
再び第4波が来たら政権は野垂れ死に、世界の笑いものになるだろう。
為政者のいい加減さが、国民の緊張感を途切れさせてしまい、自粛の呼びかけの効き目がなくなったことと無縁ではないと私は思うが、いかがだろうか。

★観光地の惨状

2021年4月 1日

高野山から京都を巡った。
高野山は桜のつぼみも膨らみ水もぬるんで下界よりやや遅れて春の訪れを感じられるようになっていた。
奥の院に続く参道も小鳥たちのさえずりの中、気持ちよく散策することができた。
しかしながら、観光客の姿は少ない。
世界遺産を訪れる外国人は皆無に等しかった。
京都も満開の桜を愛でて日中こそ名所は人出で「密」が心配、とニュースで取り上げられてはいるが、日が暮れると繁華街を歩く人も実はまばらなのだ。
夜の祇園も暗く人が歩いていない。
本来ならば冬の厳しい寒さで鈍っていた観光の人出を取り込むかき入れ時到来なのに、である。
気になるのは商店街の衰退だ。
観光都市が干上がること一年、さらにこの町に多い学生もオンライン授業で出歩かなくなっている。
長期休業、そして廃業の貼り紙をしてクローズしている店のなんと多いことか。
開業間近まで準備したまま、オープンを見合わせているホテルなどもあちこちにあった。
 ある新聞に、衰退してゆく産業を補助金などでなまじ救済すると、淘汰が進まずゾンビ企業をいつまでも生き残らせることになり結果的に良くないと書いてあった。
ゾンビで悪かったなと、憤慨した。
そんなことを書く記者に、観光や小売りサービスで働く人々の苦境など理解できないだろうと切歯扼腕している。
製造業を中心に考える発想ではこういう意見になるのだろうが、今や日本の就業者の7割以上が小売りサービス業である。中でも観光産業は地方経済の生命線だ。東京大手町からだけの目線で経済を語ることなかれということだ。

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