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2018年9月18日

想定外を想定せよ

2018年9月10日

老大国の先進国

2018年9月 3日

嵐の予感

2018年8月27日

桶狭間

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想定外を想定せよ

2018年9月18日

原発事故の時、「想定外の津波」と政府も東電も繰り返した。

ここにきてまた想定外の大合唱だ。

「想定外の高潮で関空島が水に浸かった」

「想定外のブラックアウトで北海道全域が停電した」

4つのエンジンを積んでいたジャンボジェットは3つのエンジンが止まっても1つのエンジンで安全に着陸できる構造だったという。

これをフェイルセーフの発想と呼んだ。

私は過去2回、バードストライクで飛行機のエンジンの片方が止まった経験をしている。

出力が落ち急降下した。

もし両側のエンジンが同時に停まったら「想定外だった」ということになるのだろうか。

今我々はリスクの中に入る。

年初の頃の最大のリスクは「北朝鮮」だった。

仮に北からのミサイルをパトリオットが迎撃成功しても 二の矢、三の矢に備えて国内ではJアラートが鳴り続けるはずで、そうすれば電車や高速道路は止まり日本は物流や工場の稼働が止まったはずで経済は破たんしただろう。

つまり頭に上にミサイルが飛んでこなくても日本は危機に瀕するのだ。

その後北陸の大雪、大阪地震、西日本大水害、台風21号に北海道地震・・・・

さらにウナギにサンマにイカにと漁獲量が激減する海の異変も常態化している。

獲れなくなったと嘆くのではなく、それを想定した多角化など日頃からリスクヘッジが求められる。

我々を取りまく自然は明らかにリスクを多く抱えている。

もはや想定外という発想は許されない。

想定外と言った瞬間に思考は停止してしまう。

リスクはあるものなのだ。

常にリスクを想定して動く。

経営者はもちろん現代を生き抜く誰もが最悪を想定しておく心構えが求められている。


 

老大国の先進国

2018年9月10日

大航海時代に覇権を争ったポルトガルとスペインは老大国と言ってもよい国でしょう。

その国がその後どのようにして生きているか。それは日本の将来を考えるうえで大きな参考になると思いポルトガル・スペインツアーを行いました。

スペインは人口4000万人に対して4800万人の年間外国人観光客を受け入れています。

日本の2020年外国人観光客目標は4000万人ですが、戦争でもおこらない限りこの数は今後も増えつづけるでしょう。

その理由は日本を訪れる外国人の多くはアジアからであり、LCCブームの恩恵を受け、
四季のない国が多く日本の気候自然にとりわけ愛着を持っているからです。

爆買いブームというのは初来日の人が中心で、これからは日本中を巡り文化や伝統を楽しむ外国人が増えるはずです。
そんな人に何を売るかを考えていかなければなりません。

今回スペイン・バスク地方にある人口18万人の小さな街、サン・セバスチャンを訪れました。

いま、ここは世界中から美味しいものを求めて人が集まる「美食世界一の街」として知られています。

とくに観光資源もなかった街がなぜ、たった10年ほどで大変貌したのか。

その背景には、美食を売りに出す徹底した地域戦略があります。

サン・セバスチャンでは、あたかもシリコンバレーがIT産業に特化したように、料理を知的産業として売り出そうとしています。

製造業だけでは限界にきている日本の活路は観光産業にあります。日本が観光立国となるために、サン・セバスチャンに学ぶことが多くあるはずです。

もともと魚介類をはじめ素材豊富な地ですが、シェフたちが次々にレシピを公開、地域の料理のレベルを引き上げました。

また高級料理だけでなく、気楽にバールで食べ歩きをしてもらおうと、ピンチョスと呼ばれる小皿料理をふんだんに並べる戦略に地域ぐるみで取り組みました。

一軒でお腹いっぱい食べてしまえば回遊は期待できません。

だからこその小皿料理なのです。

人口18万の町にミシュランの星が17も輝くという世界一のグルメ都市となりました。

また、現在では国際映画祭や国際音楽祭も開催されるようになっています。

日本の地方都市でも食材を活かし、そこに付加価値を付けるサン・セバスチャンの戦略を参考にできるところはたくさんあると思います。


 

嵐の予感

2018年9月 3日

今年はトランプ大統領の周囲では北朝鮮との核交渉、経済紛争など大きな問題が続いていますが、国内に目を転じると国政選挙もなく、経済的にも大きな波もなく来ています。

話題になるのは水害や猛暑といった自然災害と大相撲、アメフト、レスリングにボクシングといったスポーツ関連の不祥事が中心で、スーパーボランティアに金足農業も含めて、一億総ワイドショー国家でした。

これで安倍さんが自民党総裁に三選となれば大きな変化もなく平成最後の年は、気が付いたら過ぎていたということになります。

しかし、表面的には静かに見えても、実は大きな変化の渦中に我々はいるのではないかと思います。

まず一人の大統領の粗暴なふるまいの裏には、もはや世界のリーダーとしては通用しないアメリカの国力の低下の焦りが感じられます。

アジアの平和と安定を支えてきたアメリカが、もう面倒は見られないと撤退した後の空白に中国やロシアが進出してきたとき、日本は戦後70年余りとは全く異なる対応を迫られます。

駐留米軍が事故や不祥事を起こすと「アメリカは出て行け!」と言う声が高くなりましたが、本当に出て行って大丈夫なのか、それでいいのか、と真剣に考える時が来ています。

また日本は輸出大国で電機と自動車は世界のトップレベルという、長らく信じて疑わなかった日本人の自信が崩れ始めていることです。

すでに電機の凋落は著しく、また電気自動車、AI搭載とクルマを巡る環境も激変し、ガソリンエンジンで優位だった日本の自動車産業は激しい開発競争にさらされています。さらにアメリカの輸入規制なども考えると前途は多難です。

もとより未曽有の少子高齢社会の到来で、人手不足や財政難など課題山積。

それなのに今年一年そういう変化への対応をこの国はしてきたのかという点で振り返ってみると、大きな進展がないということはそれだけ衰退に向かっていると考えるほうが正確ではないかと思います。

ことし年頭挨拶で最も厳しい内容の話をしたのはトヨタ自動車の社長だったともっぱら話題になりました。

さすがにトップ企業のリーダーは、現状の業績は悪くはなくても未来に対する危機感を大いに感じているのだと思います。

ニッポン危うし。

嵐が近づいている。

そんな危機意識の中で猛暑の夏が終わり、今はもう秋です。

 

 

 

桶狭間

2018年8月27日

朝晩めっきり秋らしくなり、平成30年の幕切れまでつるべ落としである。

安倍圧勝と言われる自民党総裁選挙だが、最初から結果がわかっていると言われれば言われるほど番狂わせの可能性を探りたくなる。

相手が戦力圧倒的と言われれば、日本人特有の判官贔屓が金足農業に回るようなものだ。

ツーランスクイズに匹敵する奇策は、小泉親子が石破支持を表明することだろう。

来年の統一地方選と参議院選挙を睨めば、小泉氏が石破側に回ると自民党員の間に動揺が走る。

成功確率は低くてもそこに賭けて、かつての小沢一郎なら博打をうったに違いない。

今回岸田派はあえて戦わず、安倍陣営について将来の禅譲に賭けた。

安倍さんはどのみち今回で引退、そうすれば次回に後継者指名を期待できるという判断かもしれない。

しかし、権力で禅譲はあり得ない。

世襲でもない限り側近が禅譲で後継に就くことは過去の歴史にはない。

たとえ相手が圧倒的に強く、負け戦だと思っても戦いを挑んで活路を開くしかない。

まさに桶狭間である。

私は石破氏が勝つ可能性はなくはないと思っている。

平成最後の夏が暮れる

2018年8月20日

今年の夏に時代の節目を感じた人も多いに違いない。

平成最後の終戦の日であった。

昭和天皇の跡を継ぎ、戦争の犠牲者の追悼の気持ちを一貫して表し続けた天皇の最後の記念式典参列だった。

来年からは原爆慰霊も終戦の日の行事も新時代に入る。

私たちが生きてきた平成の30年は後から振り返るとどんな時代になるのか。

戦後高度成長を走り抜け、ジャパンアズナンバーワンと浮かれた[坂の上の雲]が崩壊し、混沌のなかで進路を見つけられず彷徨った時代。

それは日清日露の戦争に勝利し、五大国という言葉に酔った上に、奈落に叩き落とされた過去とあまりによく似ていた。

平成の次はどんな時代になるのか。

正直、楽観論には組みせない。

世界にもまれな少子高齢の国が、これまでのように工業社会で比較優位を維持できるかは疑問だ。

外交防衛でも太平洋を巡るパワーバランスの中で、存在感を示すことができるだろうか。

特に危惧するのは、物理的な工業力や防衛力の力量以上に、国民一人一人が突き詰めて自分たちの国をどうするか考えた経験が極めて乏しいことではないか。

国なんて関係ねえ、俺たちが楽しく暮らしていければいいさ。

なまじ戦後70年余、それでやって来られてきただけに、危機感の欠如を不思議にも思わない事こそこの国の最大の問題点だと思う。

何か起これば自衛隊が守ってくれると思う人はいても、自分で守ろうという気持ちを持つ人は極めてまれだろう。

徴兵制のある国なら国防意識は自然と身につくだろう。

革命を経て自由を手にした国なら選挙権行使にしてもあるいは憲法改正にしても国民の権利意識が濃厚に備わっているはずだ。

高校生の履修で歴史を選択する人が少ないという現実。

この国、あるいは世界の中の日本を学ぶ人が減る中で、英語教育を充実させれば国際化教育、という発想で果たしてうまくゆくだろうか。

かつて日本が帝国主義の名のもと侵略戦争を企てたこと、そしてアメリカと戦争して負けたことさえ知らない若者が増えてきている現実は、単なる知識の欠如にとどまらず日本人としての存在の意味も問われていることだと思う。

 


 

災害級の暑さのなかで

2018年8月10日

連日の猛暑

「命にかかわる猛暑」「ためらわず冷房を」

テレビや新聞はこう繰り返し呼びかけていますね。

もちろん朝日新聞もNHKも・・・・・。

高校野球が始まりました。

今年は100回大会で主催新聞社と中心になって実況する放送局は記念特集にも力を入れています。

ただ、期間中選手はもちろん何十万人もの観衆を炎天下にさらしておくことに、なにも関心を払っていないように見えるのは理解に苦しみます。

私は若い頃甲子園の中継スタッフとしてこの時期現地にいました。

アルプススタンドは強い日差しを避けることもできません。

気温40度とすれば、あそこでの体感温度は想像に絶するものがあります。

それを人一倍知っているのは朝日新聞とNHKです。

私が携わっていた頃はせいぜい最高気温30度前後の頃でした。

今の温度とは比較にはなりません。

まさに命にかかわる温度のはずです。

朝日新聞にとってあるいはNHKにとって高校野球は営業政策上欠かせないソフトです。

NHKの営業部には「夏だ!高校野球だ!受信契約強化月間」という貼り紙も目にします。

実際NHKのローカル制作番組で一年で最も視聴率が取れるのは高校野球県大会決勝戦で、「NHKを見ていない」とは言わせない、切り札なのです。

一方で命にかかわると言いながら猛暑の中の大会に疑問を投げかける論調はタブー。

これはやはり大きな矛盾と言わざるを得ません。

災害級の猛暑と言いながら、あえて強行する。

それでもし犠牲者が出たらどう責任を取るのか、

想定外とは言わせない。十分想定されることなのです。

朝日新聞とNHKは社会に対して答える義務があるはずです。

熱波のニュースの陰で

2018年7月30日

大水害に続く連日の猛暑でニュースは埋め尽くされている。

「命に関わる暑さ」だとして、「ためらわずエアコンをつけてください」とテレビは連呼する。

しかしその一方で、在宅で熱中症で死亡した人たちの多くはエアコンを使っていなかった、という調査結果も報道された。

かつてはエアコンを備えていると生活保護から外されるという時代もあり、年配者ほどエアコンは贅沢品だと思っている人が多いと思われる。

また「夜もエアコンをつけて寝てください」などと気安くテレビは言うが、その電気代が年金暮らしでは重荷なんだ、という声も多いだろう。

猛暑で生き残る沙汰も金次第、となれば政府はどうするか考えねばならない。

「災害レベルの暑さ」というならば、避難所を作ることも考えるべきだ。

それにしてもこの炎暑の中でオリンピックをやる神経は理解できない。

なぜ8月にオリンピックか、

それはアメリカのテレビ局の意向と言われるが、それならばIOCの総会で人命の心配がある8月開催に反対を表明する国はなぜないのか。

ひとついい方法がある。

冬に立候補せず、是非札幌を中心とした北海道に夏のオリンピックに立候補してもらいたい。

世界に夏の北海道をアピールする観光立国論としても絶対に効果あり、だと思うがいかがだろうか。

あの日 あの年を忘れない

2018年7月23日

1995年は一生忘れられない年だ。
新年早々の阪神大震災。
そして3月。
地下鉄サリン事件が起きた。
当時テレビ東京のニュース番組に関わっていた私は取材に駆け巡った。
テレビ東京は日比谷線神谷町にあった。
その日は不良債権問題で破たんした二信組の後処理金融機関が神谷町の駅の上に開業する日で、多くのテレビカメラが早朝から駅周辺に集まっていた。
突然駅から大声が上がり、地下鉄車両で人が倒れている事が分かった。
カメラが一斉に地下鉄構内に向かった。
「さがってください」という駅員の怒鳴り声が神谷町駅で収録された理由はテレビカメラが待機していたところだったからだ。

あの大事件から四半世紀近く。
間違いなく戦後日本を揺るがした大事件だった。
オウムは日比谷線だけでなく丸の内線、千代田線にも攻撃を仕掛けていた。
三線に共通するのは日本の中枢霞が関を経由する地下鉄であること。
つまり、彼らは日本を乗っ取る事を目指していた。
自分たちの組織に行政機構のような名前を付けていたのも、自分たちが国の統治を取って代わることを目指していた証拠と言われている。

麻原彰晃はじめ6人の幹部の死刑が執行された。
平成の大事件は平成のうちに決着をつけたいという政府の意思が働いたと言われる。
また死刑制度への国の内外からの賛否もある。

ただ一般の殺人事件とオウム事件は本質的に違うのではないだろうかと私は考える。
これは国家とは何かに起因することではないか。

現在の政府を選ぶか、オウムの政府を選ぶか、そういう選択が仮に行われたとき、選ばれなかった側は選ばれた側から死の報いを受けることを合法とするかということだ。

そもそも合法というが法律自体最大の目的は治安維持だろう。

オウムは国家転覆を狙った犯罪者であるという議論はあまりなされていなかった気がする。
226事件などに匹敵する内乱だったと考えれば、時の権力側が相手に死を迫ることはこれまでどの国の歴史にもあったことではないだろうか。

平成が終わる。
新しい時代に第二のオウムが現れないことを切に祈りたい。

 


 

豪雨に立ち尽くす

2018年7月13日

人工知能だあるいは核兵器だと科学文明の進歩にどんなに胸を張っても、我々はいまだに降水量を調節する術を手にいれていない。

降らなくて雨乞いをし、降りすぎて洪水の犠牲の大きさに立ち尽くすことしかできない。

ただ近年は治水対策はかなり進み、地域が水没するような事例は以前よりは減少したようにも思っていた。

しかし今回のような過去に記録したこともないような豪雨の前には人間のできる力の限界を嘆かざるを得ない。

家や店舗を失った人たちの生活復旧はこれからいばらの道を歩まねばならない。

部品や商品の流通が断たれた工場やスーパーの再開も急がなければならないが、もっと深刻なのは西日本に広域に広がった水没した田畑の影響だろう。

農産物の被害がいかに大きく深刻なものか、今後の調査で明らかになるはずだ。

西日本は梅雨が明けたが、北海道では依然雨が続いている。

リスクを想定する経営の必要さを前回説いたが、なお一層そのことを感じた数日間であった。


 

再び、リスクを計算した経営

2018年7月 9日

列島がワールドカップサッカーの興奮に包まれていた頃 、 例年通り北海道をクルマで走っていました。

9日間北海道にいて太陽の顔を見たのは数時間だけ、あとはただただ雨雨雨でした。
寒さも厳しく10度前後、東京との気温差、実に30度近いという日もありました。

北海道では6月頭からこんな状況は続いているそうで6月一ヶ月で晴れた日は数えるほどだと言います。
北海道は日本の食糧庫とも言うべき土地だけに日照不足や冷害が心配されます。

小樽から稚内まで日本海側を旅すると、かつてニシン漁で栄えた番小屋や網元の御殿がたくさん残され往時が偲ばれます。

江戸時代から昭和まで海を埋め尽くすように押し寄せていたニシンは昭和30年代パタリと来なくなり、ニシンで栄えた町村は一気に衰退しました。
隆盛時はまさかニシンが来なくなる日が来るとは誰も見通せなかったのです。

理由はよくわかってはいないようです。
まさに自然の神様のいたずらなのかもしれません。
しかし同じようなことが繰り返されています。
昨年のイカ、サンマ、そして今年のウナギ・・・・。
海の異変ばかりではありません。

極端な風水害に大雪の害、地震に火山噴火と私たちの暮らしを取り巻く自然の脅威を年に何回も目にしています。
これは想定外ではありません。
想定しなければいけないリスクなのです。

リスクにはいろいろあります。
北朝鮮のミサイルリスクだって一見回避されたように見えて、私は本当か疑わしいと思います。
だいたい世界の首脳がこぞって会いたがり、握手したがるような、国民目線の指導者かどうか考えてみるべきです。
国内クーデターの可能性だって十分考えられるし、これはまた世界のリスクです。
対するトランプ大統領の気まぐれな決断のリスクも世界を混乱に陥れています。

自然由来のリスク、地政学リスクと種類は異なるものの、我々の生活を脅かすことに何ら変わりはありません。

私たちは自分で暮らしを守るしかありません。

如何にリスクをヘッジするか。

今真剣に考える時だと思います。

 

 

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