「西村晃のマーケティングの達人 大繁盛の法則」企業経営・売上アップのヒントを提供

今週のズバリ

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送料はだれが負担する

2020年2月21日

ネットを中心とした通信販売の送料負担が今後大きな問題となりそうだ。
ネット通販の楽天が3月から3980円以上購入すると送料を出店者負担で無料にするという方針を示したことで、一部出店者が独占禁止法の「優越的地位の乱用にあたる」として公正取引委員会に調査を求めるなど強く反発している。
「送料無料を打ち出しているアマゾンに対抗するためには、ここでみんなが力を合わせなければならない」と社長は反論している。
遠隔地に商品を送る場合に送料というコストは必ず発生する。
問題は誰がそれを負担するかだ。
商品を購入した顧客自身、商品を販売するメーカー、あるいは通信販売などの主催企業などが考えられる。
顧客が負担するのが一般的ではあるが、これだと店頭購入時より割高になるので、通販の魅力が薄れてしまいかねない。これをサービスすることで業者は顧客獲得競争に勝とうとする。
ネット通販大手がまず考えたのが、宅配会社に大量に仕事を発注することで、宅配費用を格安に設定してもらうことだった。宅配会社は配達費用を割り引いたうえに物流倉庫内でのピッキング作業なども請け負うなどして、独占的に仕事を請け負おうとネット通販会社に食い込みを図ってきた。
実際に宅配会社の物流センターに見学に行ってみると、流れている商品のかなりの割合が大手ネット通販会社の商品であり、これを受注するかしないかで業界シェアを左右することになりかねない。
ただ、大手ネット通販の受注は宅配会社にとって赤字覚悟の大盤振る舞いで利益率の減少を招く。その分をほかの顧客への値上げで補おうとすれば反発も必至だ。
またもう一つ問題がある。
大手ネット通販の配達の多くは実は時間指定便で、それも夕方から夜にかけての時間帯に集中しているという。昼間働いている比較的若い顧客が多いからだ。
宅配便ドライバーは朝早くから勤務しているから夜のほうが忙しいとなれば超過勤務が問題になる。働きすぎ改革のなかで宅配便ドライバーの勤務管理は大きな問題だ。
このように宅配業者のコスト増と人手不足がもはや限界に達しているというのが現在の問題だ。
そうなると、あとは出品するメーカーなどへの負担要請しかない。
今回の楽天の出品業者への送料無料要請もこうした流れの一環だといえる。
しかしどんな形であれ、本来コストのかかっている送料の費用をだれかに負担させるということには無理が生じると思う。
便利、便利と言っていたコンビニも、年中無休24時間営業や、フードロス問題、賞味期限の近づいた食品の値引き問題など、これまでの経営スタイルが曲がり角に来ている。
同様に便利な通販も送料問題を皮切りに今後問題が表面化してくる可能性を感じる。
便利さを求めてきたライフスタイルが問われている。
 

ネットが変える街の風景

2020年2月17日

平成の最初のころ、まだケータイは普及していなかった。
ウィンドウズ95が出ていなかったからパソコンさえ一般的なものではなく、メールもインターネットも存在しなかった。
それから30年、急速なネットの普及で世の中の風景は様変わりした。
ネット通販の拡大で、多くのビジネスが淘汰された。
今年は5Gが実用化されるという。高速大容量の新世代通信が広まるとさらに時代は大きく変わると言われている。

平成の最初のころ、私は多くの経営者とともにアメリカのショッピングセンターなどの視察にたびたび出かけた。
ホテルや遊園地まで併設した大型のショッピングセンターは一つの都市ともいえる威容を示していた。
そこには様々なカテゴリーキラーと言われる専門ディスカウンターが軒を連ねていた。
しかしいまやアメリカではショッピングセンターは空き店舗を埋められず閉鎖も相次いでいる。
言うまでもなくネット通販がリアルの店舗を席巻している。
家賃や人件費をかけてショッピングセンターに出店するよりもネット通販のほうがコストがはるかに安い。
同様に証券会社や保険会社、また旅行代理店などのサービス業もネット販売に比重が移ってしまった。

平成の30年間に起ったことが令和時代には10年で起こる。その第一歩が5Gだろう。
まず最初に起ることは銀行店舗やATMの激減である。
ネットバンクとコンビニATMの普及、キャッシュレス決済の普及などで銀行が自らATMを設置する必要がなくなってきた。
平成の最初のころ有人店舗が無人店舗になると騒がれたが今度は無人店舗さえ消えるのだ。
次に全国の駅前にある塾の淘汰が始まる。小中学生が持つスマホに有名塾講師の授業が一律動画配信されるようになる。
塾も家庭教師も不要になるのだ。
すでにスマホゲームにより若い層はパチンコ店離れが進んでいる。
現在全国の駅前には金融機関、パチンコ店、学習塾は必ずと言っていいほどあるが、これらが近い将来消え始める可能性が大きい。
そうなれば街の風景はどうなるのだろうか?

平成の時代商店街の衰退が大きな問題となった。
中心商店街が郊外にできたショッピングセンターに駆逐されると皆が騒いだ。
しかし今やショッピングセンター自体も冬の時代に入ろうとしている。
そして駅前にかろうじて残っていた業種もネットの影響を免れなくなりそうだ。
街から賑わいが消えてゆく。
それを果たして進歩と呼べるのか。
私たちに突き付けられた課題は大きい。

世界史の転換点としての令和

2020年2月10日

世界史の三大発明といえば火薬に羅針盤、そして活版印刷である。
これらの出現で人類の歴史は大きく塗り替えられた。火薬を握った国が軍事力で領土拡張に乗り出し、羅針盤により遠洋航海が可能になったことは新大陸の発見や遠隔地貿易、そして植民地獲得という帝国の出現を後押しした。
また活版印刷の普及で情報流通革命が促進され、市民社会が実現した。
ここまで述べてふと思い当たるのは、いままさにこの三大発明にも匹敵する次のイノベーションの波に世界はほんろうされているのではないかということである。

現代において火薬にあたるものは核兵器だ。
皮肉な言い方をすれば途上国が大国に征服されない最大の抑止力は核を持つことだ。核保有を宣言した国で侵略された国はない。北朝鮮がもし核を持っていなければ、アメリカと対等に話し合うことなどできず、ならず者国家などとののしられ軍事的に葬り去られていたはずだ。イランがアメリカの攻撃を受けて核保有に傾くのも同じ理屈だろう。
羅針盤にあたるのが、AIではなかろうか。自動あるいは無人で車が走行する、ロボットが人間に代わって作業を行うというときその頭脳としての人工知能の役割が期待される。そして活版印刷による情報革命に匹敵するのがインターネットだろう。まさに紙の印刷を電子データに置き換え大量の情報を高速で送ることにより社会を変えつつある。
火薬、羅針盤、活版印刷は多少の時間差があって世界に普及したが、今日核とAIとインターネットはほぼ同時並行で国と社会に変化を迫っている。
期待とともに、人間が発明したものに人間が押しつぶされるかもしれないという脅威の中に今私たちは存在している。
平成の30年で起きたことは令和では10年で起こる。
世界史の転換点としての令和という立ち位置を私たちは認識しなければならない。

ボーダーレス社会との付き合い方

2020年2月 3日

新型肺炎の急速な拡大が世界を震撼させている。
中国政府は団体ツアーの出国を禁止した。
これは日本経済にも大きな影響をもたらすはずだ。
たくさんの外国人観光客が日本を訪れるようになったことは喜ばしいが、海外からの来訪者は戦乱や政情不安はもちろん、
こうした疫病にも左右されるリスクを抱えることは宿命とも言える。
オリンピックの年に外国人観光客4000万人を目標に掲げているまさにそのときに、韓国からの観光客激減に続き、最も観光客が多い中国からの観光ストップのダブルパンチとなった。
 
ホテルの宿泊キャンセルはじめ、旧正月の大旅行ブームを当て込んでいた小売業などへの影響は計り知れない。
 
いつこの肺炎騒ぎが終息するのかめどが立たない。半年と迫ったオリンピックへの影響も心配される。
一つ対応を間違えると、中国も日本も国の統治能力が問われかねない事態だ。
ボーダーレス社会はなにもかもあっという間に国境を乗り越えて世界を一つの土俵にひきずりこんでしまう。
SARSが流行したのは2003年。この年の日本への外国人観光客は500万人前後、今の6分の1の規模だった。
今回の新型肺炎が日本に広がる規模とスピードは当時とは比較にならない。
政府はもちろんだが、たとえ自分が海外に行かなくても国際社会の中に自らも組み込まれていることを真剣に考えるきっかけとしたい。

消費の主役はシニアと外国人

2020年1月27日

シニアになるとお金を出す対象はモノではなくなってくる。
若いころなら車や家、家電製品やパソコン、服など欲しいものがたくさんある。
しかし、次第に物欲がなくなってくるものだ。
高齢社会とは、需要減退社会のことである。
2019年の消費税引き上げ前の駆け込み需要が、かつての引き上げ時ほどはなかったこと、とくにこれまで最も駆け込みが多かった住宅とクルマにその兆候がほとんど見られなかったことはそれだけこの数年間に高齢社会が進展したことと無縁ではないとみる。
では、高齢者はどんなことにお金を使うのだろうか。
一口にお年寄りと言っても様々だ。年金暮らしで生活に精一杯という人も少なくない。
政府が社会福祉を考える時、こうした人々の生活をどう守るか考えるのは大切なことだが、一般企業が自らの経営を考えるときに、「年金ぎりぎりの生活をしている人に提供する商品を作りたい」と思うことはまずありえない。
お年寄りでもある程度の生活に余裕がある人、できれば富裕層に商品を提案したいと思うはずだ。
その商品のキーワードは「文化と伝統」だと考える。
美術館や博物館に足を運べば、どこも大盛況。その中心はシニアだ。
特に最近気が付くのは休日と平日の動員力に差がなくなっていることだ。
平日の主役はもちろんリタイア世代。その絶対数が増えていることが追い風になっている。日々の生活に事欠く人が美術館に通うとは思いにくい。
これまで前期高齢者だった団塊の世代は元気いっぱい国内・海外の旅行に出かけて老後の自由を満喫していたが、この年齢層が今後後期高齢者になると体調を気遣い今までのようには旅行にいかなくなってくる。せいぜい日帰りで近くで楽しもうというとき、美術館や博物館めぐりは格好のおでかけテーマになる。
これはますます増える外国人観光客をターゲットにした時にも同じだろう。
初めて日本に来たという人なら化粧品やブランド品、菓子に医薬品などの爆買いに必死になるだろうが、何度も訪れるリピーター客には新たな興味を提供しなければならない。
それは日本そのもの、つまり日本の伝統や文化だ。
東京両国の江戸東京博物館。
近年とみに増えたのが外国人の来館者だ。
国別の統計は取っていないようだが、ボランティアガイドの人も英語や中国語での説明を求める人は年々増えているという。
彼らはとくに江戸時代の町のつくりや江戸の暮らし向きに関心をよせる人が確実に増えている。四季があるこの国で花見や正月を体験したい、祭りや定期市などに行ってみたい。東京など大都市ばかりではなく地方の古民家を訪ね、職人の伝統的なものつくりを見てその商品を手に入れたい。
独自の歴史を持ち文化を育んできたこの国は、何もカジノなどに頼らずとも、リピーター客の好奇心をくすぐる魅力が尽きないと思う。
日本の食はもちろん着物など衣料品や民芸的生活雑貨に親しんでもらう。神社仏閣や古民家、町家などに関心を持ってもらう。陶磁器造りや和紙手すきなど職人の技を体験してもらうといったことは、シニアへの提案であり外国人への提案でもあるはずだ。
自動車や家電といった産業なら巨大資本が必要で大都市の大企業が主役になるが、こうした日本的なものの担い手は地方の零細企業や職人である。これまで経済的には劣勢とみられていた人たちが産業の主役を担う時代が来たと考えるがいかがだろうか。

寅さんが歩いた日本の原風景

2020年1月20日

「男はつらいよ50 お帰り寅さん」を見てきた。
これまでの49作品をDVDですべて見た後に今回の50作目を劇場で見ることになったので感慨もひとしおだった。
劇場はほぼ満席、その大部分は中高年だった。
寅さんは全国を放浪するテキ屋稼業、その仕事場は神社などの縁日だ。
正月公開の映画が多かったから初詣シーンがよく登場した。
地方の神社でも当時は実に賑やかで、しかも多くの参拝客は和服姿が映し出されていた。
寅さんは飛行機も新幹線もほとんど使わない。
そもそもあの格好では似合わないだろう。
ケータイもスマホとも無縁で赤電話の前に10円玉を積んで慌てて近況を伝える。
宿泊も「ビジネスホテルなんて味も素っ気もなくて嫌いだぜ。温泉に入りおかみが熱燗つけてくれる。それで朝飯もついて500円くらいで泊まれるところがいい」。
 
そんな寅さんが旅をしたところは島根県津和野、兵庫県三木、備中高梁、京都伊根の舟屋、佐賀県小城、福岡県秋月など地方のひなびた町だ。
古民家が似合い職人の手仕事が今も残るような土地を寅さんは旅した。

時代は高度成長時代。新幹線がどんどん伸びて、飛行機の旅も気楽にできるようになりつつあった時代にあえて山田洋次監督は古き良き日本の風景を記録してきた。
シリーズ開始から半世紀。ローカル線を走る蒸気機関車の風景などもはや取り戻すことはできない貴重な映像が「男はつらいよ」には残されている。
単なる昔を回顧するだけでない。
近代的な超高層ビル立ち並ぶ都市開発なら北京でもシンガポールでもドバイでも日本以上のものが見られる時代に、多くの外国人が日本観光に期待するものはなにかを考えるうえでも「男はつらいよ」は大きなヒントを内包しているのではないだろうか。
 

片づけるということ

2020年1月11日

散らかっている部屋や机を「片付ける」と言いますね。
一方で仕事を終わらせることも同じ「片づける」と言います。
これはけっして偶然ではありません。
乱雑になっているものや不要なものを捨て同じジャンルのものはひとつにまとめ、順序だてて並び替える。この作業と仕事を進めて仕上げて行く作業は極めて類似性が高いと思いませんか。
朝、オフィスの自席に座ると前日からの書類や郵便物などが山積みされています。それらに目を通し、一つ一つ決済や担当者に指示を出して行く。
それこそが日々の仕事のはずです。
朝、乱雑だった机の上が次第に片付きなにもなくなった時が一日の仕事の終わり。
そう決めれば作業処理の目安がたち、やり忘れも防げるのではないでしょうか。
パソコン内の仕事も同様です。返信などが必要なメールは一時保存や下書きなどのホルダーに移しファイルに名前を付けて保存したり  整理項目別にメールを保存する。受信トレイを文字通り片付けてゆくことがパソコンの仕事です。
そして受信トレイのメールをすべて片付けたあと、下書きなどに一時保存したメールに返信するなど処理し、すべて終えて本日のパソコンの仕事は一段落というわけです。
身のまわりがいつも散らかって片付けられない人は、頭の中も整理できず、ダンドリも苦手で結局仕事も片付けられないのではないでしょうか。
整理は仕事に通じる。年や月の終わり、週や一日の終わりにどう仕事に区切りをつけるか、これは永遠のテーマかもしれません。

人生100年時代

2020年1月 6日

まず問題です。
第一問   前回東京五輪のあった1964年の敬老の日に発表になった100歳人口は何人だったでしょうか?
第二問   令和元年に発表された厚労省統計による100歳人口は何人だったでしょうか?
答です。第一問の1964年当時は153人。
そして第二問の答は71243人です。わずか50年余りでこの違い!
そして30年後の2050年には戦後のベビーブーム世代が生きていれば100歳になるため100万人の大台に乗る可能性があります。
人生100年時代と言われるようになりました。かつて王様や大金持ちは長寿のためにはどんなに財産をつぎ込んでも惜しくはないと思ったと言います。
それを思えば今の時代は普通の人が100年生きることが不思議ではないわけですから、なんと幸せな時代なのでしょう!
「高齢者問題」などと言いますが、本来は少しも「問題」ではなく「慶事」のはずなのです。
ところが現実には生活苦や介護を苦にして自殺する人さえいる。高齢問題にどう立ち向かう、と官民挙げて叫んでいるのです。
一番問題なのは100歳が珍しかった時代の仕組みを100歳100万人時代に通用すると思うことです。例えば「お年寄りがまだ若かった時代(変な言い方ですが・・・)」に「ご隠居さん」という言い方がありましたが、いまそんな言葉使いませんよね。定年で会社を辞めて、あとは楽隠居なんて発想ではとても国が持ちません。健康な人は年齢など関係なく働ける社会をつくるしかありません。
団塊の世代の人は55歳定年時代でしたから、年金を収めたのはせいぜい30数年、それなのに100歳まで50年くらい年金をもらえば年金財政が破綻することは子供でも分かる話。それでも年金制度は大丈夫と政府は言い続けないと若い人が年金を払ってくれなくなります。「王様は裸です」と言ってはいけないのです。
多くの人は定年万歳ではなく、定年の日に寂しい顔をするようです。もっと働きたい、社会と関わっていたいという人が多いのに、あらかじめ決めた年齢で引退させてきたのです。人手不足と言いながらなんともったいないことでしょう。
一定の年齢以上はプロ野球の選手のように毎年契約更改をして、たとえ70歳を過ぎても能力があれば2000万円でも3000万円でも年収をもらえるようにする。その代りその人は公的年金制度から一時金だけもらって退会してもらう。こんな仕組みを作り高齢者全員に公的年金を支給するしくみをあらためるべきではないでしょうか。
「お年寄りはかわいそう」という発想もやめる必要があります。
ある年齢に達すれば、一律交通機関や映画館、美術館などの入場料を安くする考え方も見直すべきです。
この国の個人資産およそ1800兆円の8割は50代以上が持っているのです。
年寄りだから一律負担を軽くするという発想をやめない限り、お年寄りのほうが多い時代では動きが取れなくなります。
社会の仕組みを変える必要はほかにもあります。
例えば「お客様ご案内中」というアナウンスのもとに、車いすの方の電車の乗り降りを係員が介助しています。
電車一編成に一人くらいの対象者なら今の方法でいいかもしれませんが、
100歳100万人時代は、一本の電車に乗る車いすの人が何十人もいると予想されます。新宿のような乗降客の多い駅で山手線に同時に30人の車椅子利用者が押し寄せたらどうなるでしょう。間違いなく定時運行は難しくなります。そもそも満員電車に車いすの人が何人も乗るというのも難しいでしょう。女性専用車両と同じく車いす専用車両も必要になるかもしれません。優先席で収容できるようなお年寄りの数ではなくなり、座席すべてが優先席という発想も求められるでしょう。
「シニアのための」ではなく「すべてがシニア向け」へと考えを改めなければなりません。
お年寄りを特別扱いする発想からの脱却。
これが最も大切なことではないでしょうか。

2020年を読む 「かきくけこ問題」と「5G」

2019年12月23日

国際情勢混沌のなかでいよいよ東京五輪の年を迎える。
間違いなく内外情勢が大きく動く年になる。
2020年、日本は「か」「き」「く」「け」「こ」の問題に直面する。
「か」とは「解散」、「き」とは「近隣」、「く」とは「9条」、「け」とは「景気」、
そして「こ」とは「後期高齢者急増」である。
 
「か」は「解散」。
2019年ダブル選挙を見送った安倍総理は、過密日程の中で衆議院の解散を考える。
オリンピック後景気の減速が本格化する前に選挙を打ち、自民党総裁4選に弾みをつけたいからだ。
2020年は年明け早々、あるいは予算成立直後に解散のタイミングがあるとみる。
それを逃すとオリンピック・パラリンピックの後の秋以降になってしまう。
改憲勢力3分の2を維持するためにも早期解散が考えられる。
 
「き」は「近隣」。
近隣問題も依然として大きな課題だ。
韓国との対立を収束させるには相当な時間がかかりそうだ。
元徴用工賠償問題は韓国現政権のもとでは解決しない可能性が強い。
韓国の国内政治状況を見ながらの我慢の外交が続く。
北朝鮮が核放棄をするとは思えないから、米朝交渉は決裂の可能性が大きい。
さらに米中摩擦と香港情勢からも目が離せない。
米大統領選挙の年だけにトランプ大統領が強硬策に走りすぎると緊迫した局面も予想される。
そのとき日本は大きな影響を受ける。
 
「く」は九条。
憲政史上最長政権となった安倍総理の目標は憲法改正しかない。
参議院は3分の2に少し足りないが、野党に手を突っ込めば何とかなると考えているはずだ。
国会発議、そして国民投票と進みたいが、問題は日本初の国民投票で過半数が憲法9条改正にイエスというか?
多くの有権者が棄権に回り、投票所に行くのは憲法改正に反対の人たち・・・。
イギリスのEU離脱のようなことにならないか。
万が一否決された段階で安倍政権は信認を失うことになる。
 
「け」とは景気である。
前回消費税による景気の落ち込みが元に戻るのに3年かかっている。
消費税が導入されて30年、当時40代だった戦後のベビーブーム世代がこれから続々後期高齢者になってゆく。
増税でも年金は上がらないし、そもそももはや購買意欲がない。
高齢社会でこの動きは見逃せない。
また戦後夏季五輪大会開催国は前回の東京大会も含めすべて翌年の景気が落ち込んでいる。
オリンピック需要が落ち込むことと何よりホッとした虚脱感が大きい。
増税反動とオリンピック反動で2020年後半は、「宴の後不況」が深刻になっていることが予想される。
その時政府はどう動くか?
思い切った景気対策が来年度補正予算では議論されるに違いない。
アベノミクスのメッキが剥げると、内閣支持率も不安定になる。
総選挙はなるべくその前にやっておきたいという思惑も絡まり、来年は国内政治経済は不安定要因が多そうだ。
 
「こ」は後期高齢者急増である。
2025年までの5年余りで戦後のベビーブーム層は全員後期高齢者入りする。
平均寿命まで10年程度、一気に老いが駆け寄ってくる。まだ生きてはいるけれど消費経済からはリタイアすることになる。
消費の縮小という意味で、これまでのような消費景気はもう期待できない構造になる。
いかに外国人の観光客で国内消費を補うかがポイントだが、食品スーパーでの外国人観光客の購買金額はたかが知れているし、住宅や車を買うわけでもない。住宅が余り、若者が車離れという中でどう内需を作るか、難しい問題だ。
 

一方で時代は「5G」の時代を迎えている。
5Gとは第五世代移動通信システムで大容量、高速の新しいシステムのスタートに当たり国家間の覇権争いも激しさを増しているが、ここでは「我々が取り組む5つの『じ』」を「ふぁいぶ、じ」と呼びたい。
それは「人工知能」「自動運転」「爺(じじい)」「時間活用」「地場産業」である。
 
「人工知能」は特別なものではなくなり、身の回りの多くの商品の中に搭載されるようになってきた。
 機械が学習することにより性能が磨かれてゆくということはあらゆるものがロボット化することでもある。
お年寄りの見守りをロボットが担い「気遣い・気配り」をしてくれれば人手不足を補うことにつながる。
最適物流や自動発注などやがて人知を上回るシステム化も夢ではない。
 
「自動運転」も実用化に近づいた。オリンピックを機会に公道実験が予定され、道路交通法も自動運転を前提に一部改正が行われる。衝突事故などの危険緩和が進む一方で、誤作動などによる事故も否定できない。
まだ完成とはいいがたいが、今年実用化に向けて大きく前進するはずだ。
 
「じじい」は大きな資源である。
定年退職後の特に男性シニアを観察してほしい。まだ元気なのにすることがない。
なまじ企業経験などがあるからクレイマーになったりする人もいるとか。
65歳以上の人たちに生きがいの職場を提供することで人材活用と技術の伝承を目指せば国の大きな財産になる。
定年廃止も一つの方法だが、65歳以上限定で雇用する企業の育成など社会全体として取り組むテーマではないか。
社長が定年者に「定年おめでとう」というと複雑な表情になる人が多いという社会をどう変えてゆくかが問われている。
 
「時間という資源の活用」
これまでの定年までの終身雇用という前提が崩れ、副業を奨励する企業が現れるなどサラリーマンをめぐる環境は大きく変化している。
年間休日日数も増加している時代、現役サラリーマンであっても時間活用によりスキルアップやベンチャービジネスへの挑戦など複線型人生の道が開けてくる。
企業が一人一人の時間を囲い込む時代ではなくなったということだ。
制服型から私服型への構造変化と言ってもいいだろう。
中には制服のほうがよかったという人もいるかもしれない。
しかしこれからは労働力の減少を補うためにも多芸に秀でた人材養成が国の基本戦略になる。
 
最後は「地場産業」だ。
これまで高度成長時代には廃れてゆくとみられていた地場産業だが、日本の伝統と文化が世界に注目される時代、逆に一周遅れのランナーが、気が付いたら先頭を走っていたという時代が来るかもしれない。
伝統的食材、和服、和紙、和風建築、陶磁器などがモダンなデザインと融合して日本のオリジナル商品として世界の市場に打って出る可能性がある。
銀座や心斎橋だけでなく、くまなく地方を訪ねる外国人が増えた今日、地方からまず東京という図式ではなく、地方から一気に世界へという道が開けるきっかけができてきた。ネット販売がさらに強力な援護となるだろう。
 
「5G」は、新しい日本の未来を担うヒントを提供している。
 

仮説と検証の毎日

2019年12月16日

認知症の予防のため、私が取り組んでいることがある。
といえば大げさだ。今に始まったことではない「習慣」ではある。
それは町を歩いたりテレビや新聞、雑誌に接っするとき常に問題意識を持つことである。
といえばやや大げさだ。
(へえ、こんなものが流行っているのか?なぜだろう)
この「なぜ」と常に考えることである。
これが、認知症予防につながるのではと勝手に思っている。
突然行列の店が出現する。
最近ではタピオカの店がいい例だ。
以前からなかったわけではないタピオカ入り飲料を求めて、どうして急に行列ができるのか。
私自身も列に並び耳をそばだてると、会話が聞こえてくる。
性別も年齢も違う人たちの会話を聞く貴重な場だ。
目と耳、そして何より実際に自分も購入し飲んでみて行列の理由を考える。
そこで見出した自分なりの繁盛の理由、それはあくまでも仮説だ。
それが正しいか、その後の観察によって検証を繰り返す。
答は一つではない。だからこそ仮説と検証を繰り返すことで真実に近づくようにする。
開業初日に何万人も集める大型商業施設。
マスコミは当日の賑わいだけを報じるが、だいたい初日に来るのは関係者や同業者が多いものだ。その人たちが翌日以降買物に来るわけではない。
ならば1か月後、3か月後、さらには半年後、1年後と定点観測をするほうが意味があるのではないか。
1年もたつと開業時の混雑は夢物語、閑散としているというケースも少なくない。
1年目で早くも退店しているテナントもある。
店内の案内看板や、紙製の店内案内図を見る。
退去や入れ替えがあると店名にシールが貼られていたりする。それをめくって前のテナントがどんな店だったか確認する。
開業時には「この混雑はいつまで続くのか」
「果たして商業施設として成功するか」
「どんなテナントが生き残り、淘汰されるのはどんなテナントか」
といったテーマで仮説を立て、何度か訪問しながら自分の仮説が正しかったか検証する。
また「この商業施設を改善するにはどんな手があるか」というテーマを自分に課しながらまた仮説と検証を繰り返す。
当事者になったつもりで仮説と検証をする。
これこそ頭の体操だ。
ただ漫然と街を歩くだけではなく、こうして頭を働かせながら動くことは、頭と体の健康維持に役に立つと思うのだが、いかがだろうか?

 


 

 

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