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今週のズバリ

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★一度見直したサービスは復活しない

2020年10月19日

空港のラウンジから新聞や雑誌が消えた。
美容室の待合室などからも雑誌が消え、配達していた街の小さな本屋さんは大きな打撃だという。
また飛行機内で配られていた毛布もなくなった。
いずれもコロナ感染予防のためという。
もっともファーストクラスだけはサービスは続いているから、ファーストクラスのお客は感染してもいいという判断があるのだろうか。
公共トイレのジェットタオルもすべて使用禁止、今後消えゆく運命にある。
 
コロナを言い訳にすればどんどんサービスを削ることができる。
なくて済むならコストをかけてまでそんなサービス復活させる必要もない。
コロナ後の社会は、人を介するサービスはそぎ落とされ大幅なリストラが進むはずだ。
ロボットが接客や介護なんてとんでもないと思っていた人も沈黙せざるを得ないだろう。
 日本はおもてなしの国、べたべたサービスで付加価値をつけてきた。
それが無言の接客、セルフやロボット対応こそ良いサービスと言われれば立つ瀬がない。
百貨店などはその最たる例だろう。
この流れに、どう抗して付加価値をつけてゆくか?
より一層の知恵が求められる。
 

★いよいよ始まる急降下

2020年10月12日


予想通り地価が下がり始めた。
このほど発表された全国基準地価で商業地は5年ぶりのマイナスとなった。
外国人観光客の減少などコロナショックによる影響は東京や大阪だけでなく地方都市にも及んでいる。
外国人観光客はほぼゼロ、日本人は行動自粛という状況が続いていたのだから、ある意味これは必然だろう。
さらに今後はテレワークの本格的運用でオフィス需要が大幅に減ることも予想される。
地価が下がれば借入金の担保価値減少などを引き起こす。
建設需要の減退も加わり、コロナショックはいよいよ全国全業種に深刻な打撃を与える局面に入ってきた。
バブル崩壊の時さえ「失われた20年」、100年に一度のコロナショックならそれをさらに上回る暗黒のトンネルが待っている。
私たちが生きている間は出口に至らないと、私は考えている。

 

★百年に一度の意味

2020年10月 5日

コロナショックによる経済危機は「100年に一度」という認識を各国政府・中央銀行はもっている。
「100年に一度」という意味は1929年の世界恐慌以来最大の経済危機ということを意味していることは言うまでもない。
私たちはこの「100年に一度」の意味を改めて考えてみる必要があるのではないか。
はっきり言えば「何でもあり」と言うことである。
あるいは「過去の経験則は通用しない」ということである。
例えば戦時国債のようなものを発行する。
デノミを実施する。
政府支出の増大にはこんな非常手段も考えうるということだ。
日露戦争開戦前に日本はヨーロッパで外債を発行し軍備を整えた。
太平洋戦争当時日本の国債依存率は70%に達していたのである。
澁澤栄一翁の肖像紙幣を1万円札でなく100万円札にすることだって可能性としてないわけでない。銭・厘といった通貨単位だってなくなったのだ。
大幅な通貨の切り下げを行う、ということも選択肢にある。
この100年の中にはニクソンショックやプラザ合意といったこともあった。
明治時代1ドル1円でスタートした為替レートは1ドル360円まで下落したのである。
100年という時間軸で考えれば、戦争や大災害、そして大疫病で国家が揺らぐという時代の変化を想定することになる。
これは単なる不況ではない。
国が消えるかもしれないというほどの大変化、国難という意識を持っておいたほうが間違いないと私は考える。
いつも楽観論の私としても異例なことである。
 

★経済混迷は始まったばかり

2020年9月28日

三和、東海、日本興業、第一勧銀、住友、三井、さくら、東京、日本長期信用・・・。
いまはなくなった銀行の名前だ。
バブルが崩壊して金融恐慌により大手都市銀行は合従連衡で3メガバンクに集約された。
また百貨店も三越伊勢丹。大丸松坂屋、西武そごう、阪急阪神と言うように合併が相次いだ。
JALと日本エアシステムの統合もあったし、生保、損保、石油業界などでも激しい波が押し寄せ統合が推進された。
 
コロナ不況は、あのバブル崩壊をさらに上回る大激震である。
すでに経済が変調してから半年以上が経っている。
低迷はまだ出口が全く見えない状況だ。
たとえコロナワクチンが開発され、ある程度の感染終息が見られたとしても外国人観光客が元に戻るまでには10年近い歳月がかかるだろうし、一度始まったテレワーク、オンラインミーティングなどの動きはもう止まらない。
ホテルやオフィス、交通機関などの需要は根本から変わってしまった。
これは一過性のことではない。
製造業も世界各国の経済が復調するまでは輸出は厳しい状況が続く。
そうなると、バブル崩壊の後「失われた20年」などと言われた長期間の経済低迷と産業界の再編成が繰り返される可能性を覚悟すべきだ。
もともとこの国では自動車や家電産業のメーカー数が他国と比べてかなり多かった。今回もさらなる製造業の再編が予想される。
また鉄道、バスそして航空業界、旅行会社、ホテルでも赤字部門廃止や大同合併が動き出すだろう。
流通でも百貨店はさらなる集約、場合によってはコンビニやスーパー業界でも統合が行われる可能性がある。
 
コロナが一段落しても経済の混迷はまだ始まったばかりなのである。

★変わるライフスタイル

2020年9月23日

首都圏で住宅事情に異変が起きている。
毎日通勤で通うには少し遠いと思われる超郊外の比較的土地の安い地域で戸建住宅の需要が爆発的に増えている。
不動産会社の支店によっては前年同月比2倍とか3倍の商談成立というから会社全体を見ていたのではわからない局所的傾向と言っていい。
コロナの影響でテレワーク、時差出勤が日常化、たとえ遠くでも毎日の出勤でなければあまり苦にはならない。
何より朝九時に社員みなが集まらなければならないという発想はなくなった。
マンションよりは広いスペースの一戸建て住宅で仕事場を確保したい。
自由な時間では、周囲の自然環境にふれるような暮らしがしたい。趣味や家族との時間を大切にしたい、といった思いも強いようだ。
戸建住宅を確保するときには、親との二世帯住宅も視野に入る。夫婦で働くために子育てを親に頼むということも必要になるし、将来の親の介護も考えて一緒に暮らすことのメリットも考慮に入れる。
何より若夫婦だけでは資金的に厳しいので、親との共同事業としての住宅購入というのが現実的だ。
これまではタワーマンションなどで都心で暮らすこともかっこいいと考えていたが、
去年の武蔵小杉のマンションにおける水害や、都心でのコロナ感染拡大を考えても郊外で暮らしたほうが何かと安心という心境の変化もある。
 
コロナは、ライフスタイルや生活に対する価値観を急速に変えようとしている。
 

★今年洋服買いました?

2020年9月14日

コロナの影響でゴールデンウィークも夏休みも行楽客は激減した。
旅行にも行かず、帰省も控えめ、冠婚葬祭も大々的にできず、コンサートやパーティもない、となればわざわざ一着新しい服を買いたいとは思いにくい。
通勤さえテレワークで毎日出かけないとなると、洋服どころか靴もバッグも装身具も化粧品も購買機会が減って当然だろう。
節約、とは違い買う必要性を見出せなくなったということがかつてない大きな変化である。
需要構造そのものが変わったのだ。
 
ライフスタイルが急速に変わりつつある。
外食はしない、レジャーは巣ごもり。
旅館よりはキャンプ、車より自転車。
これは一時的なことではなく、コロナをきっかけに世界的に広がる大きな変化ととらえるべきだろう。
最終電車を繰り上げるという電鉄会社の決断も、そんなライフスタイルの変化への対応だ。
 
既存の多くのビジネスは顧客を失う。今までの善が悪、忌み嫌われることへと転換する。
高度成長の後の公害批判、オイルショックの後の省資源産業への転換などを例に挙げるまでもなくコロナ後の変化にいち早く気が付いた人しか生き残れない経済が待ち受けている。

★小売業冬の時代

2020年9月 7日

小売業に関係する人ならば「商業界」という名前を聞いたことがあると思われる。
戦後日本の小売業経営者の指針となる雑誌「商業界」等を発行してきた会社だ。
その「株式会社商業界」が今年春破産した。
この会社は単なる雑誌の発行にとどまらず、「商業界ゼミナール」と称する大会を全国、そして地方ブロックごとに開催し続けてきた。
私も雑誌に寄稿し、商業界ゼミナールで何度か講演したことがあるが、熱心な小売業者たちが耳を傾けていたものだった。
しかし日本の小売業界がスーパー、コンビニ、ドラッグストア、ファミリーレストラン、ファストフードチェーンなど大手による寡占化が進み、個人経営の小売業者が減りはじめ、全国に張り巡らされていた「商業界」のネットワークも綻んでいた。
周囲を見回せば、酒屋、八百屋、魚屋、肉屋、畳屋、蒲団屋、荒物屋、蕎麦屋、喫茶店などかつては地元の個人の主人が経営していた商売が軒並み消えている。
まさに「商業界地図」は塗り替わってしまったのだ。
そしてさらにいま大手小売りチェーンでさえネット通販の浸透の前に、リアル店舗を維持する難しさに直面している。
雑誌という紙媒体の衰退、三密を避けるなかで「商業界ゼミナール」のような密集講演も難しいとなれば「商業界」の破産は残念ながら時代の流れなのかもしれない。
そしてこれは一企業の消滅だけにとどまらない今後の小売業の未来も暗示していると言わざるを得ない。
コロナ後の風景が見えないのである。

★べたべたサービスの日本旅館にサービス料はない

2020年8月31日

濃厚サービスはコロナ禍ではマイナスだ。
コンビニでモノを買っても「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」さえ言わなくても用が足りるようになった。
キャッシュレス決済、レジ袋有料化でスキャナー一つで精算は完了する。
なまじ声がけするとかえって嫌がられるご時世に、百貨店などはどうすればいいのだろうか。
ホテルのフロントなどでもロボットなど機械による案内やチェックイン業務が取り入れられるようになった。
介護の現場でも作業を敬遠して離職が相次ぎ、ロボット介護もやむなしとなりつつある。
宅配便なども玄関先に荷物を置くだけで接触を避けるなど、いかに人と人の接触を減らすことがいいことという風潮になりつつある。
今後コロナ以後の経済でサービスとは何かが問われてくるはずだ。
 
そういう目で見ていてあることに気が付いた。
ホテルやレストランにサービス料という勘定項目があるのに対して、日本旅館では、べたべたサービスを売り物にしているところでも料金体系にサービス料が別建てになっていない例が多いような気がする。
 
宿泊代金は一泊2食で35000円(税別)と言った設定で、仲居さんがどんなに気が付くサービスをしてもしなくても、そのサービスは別料金にならないところが多いのではないだろうか。
私が知っているある名旅館では、上得意顧客はデータ管理がなされクレームがつかない限りいつも同じ仲居さんが部屋係を担当する。
浴衣に着替えると服を預かり翌朝までにアイロンをかけ、脱いだ靴は磨いておく。
料理の好みは把握し、会話もそつなく、余計なことは聞かない。
朝部屋には好みの新聞を数紙持ってきたうえ、帰りの送迎バスに見送る時に「新幹線の中でお読みください」と別のスポーツ紙を渡す・・・。
この仲居さんに個人的にチップを渡すことはあっても、旅館としてサービス料は請求しないのだ。
コロナ禍で濃厚接触を避ける時にこのサービスは変わらずなのか、変えざるをえなかったのか、是非確かめてきたい。
 
日本は今後世界に観光大国としてアピールしようと考えてきた。
東京五輪の年に年間4000万人の外国人観光客を誘致することを目標にしていた。
日本の宿泊施設をはじめとする「おもてなし」が素晴らしいという評価が世界に高まれば、新しい日本の輸出商品として「日本式サービスのホテルやレストラン」がクローズアップされ世界中に日本式サービスが広まることも夢ではないと思っていた。
コロナが去れば多少遅れてもやがてそういう日が来ると信じたい。
それだけに、コロナごときで日本的おもてなしを変えてほしくないのである。
現在は緊急避難でやむを得ないにしても、日本人の心温まる笑顔と言葉を添えたサービスを変えないでほしい。
それは日本の文化であり、無言で接客するのはやはりおかしいという感覚を私たちは変えずに持ち続けなければいけないと考える。

★戦後75年、そして次の25年

2020年8月24日

戦後75年を25年ごとにひとくくりにまとめてみた。
そして次の25年こそ日本の正念場であることは言うまでもない。

①    1946年~1970年
戦後焼け野原からスタートし、朝鮮特需で足掛かりを作った日本経済が高度経済成長路線を走り、所得倍増、オリンピック景気から大阪万博の成功まで走り抜けた黄金の日々。

②    1971年~1995年
  高度成長のひずみで公害問題や住宅不足などが深刻化、ニクソンショック後の円高、さらには石油ショックと次々に課題に直面した。そうした中にあって重厚長大から軽薄短小型経済への産業構造の転換を進め、省資源型経済にシフトして安定成長路線を進む。アメリカ経済の落ち込みもありプラザ合意で円高が定着、しかしそれを跳ね返す輸出競争力の強さを発揮しバブル経済を現出させた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と評されたのもつかの間、土地と株の値上がり神話が崩れ、バブル崩壊、金融破綻が表面化した。

③    1996年~2020年
デフレスパイラルから抜け出せないまま、日本は長期の沈滞を余儀なくされた。リーマンショック、また東日本大震災をはじめ相次ぐ自然災害も続く。少子高齢化も深刻化する中にあって政権を奪還した安倍内閣による大規模な金融緩和,アベノミクスが一定の成果を上げ、ようやく経済が上向きになり始めた。折しも外国人による訪日観光が急増し観光立国という目標も定まりその大きな節目として東京オリンピックが位置付けられた。そこに新型コロナウィルスの感染拡大が起こり外国人観光客は消滅、国内の消費も急ブレーキ、オリンピックも延期となった。コロナ禍により今後経済の仕組みから企業の在り方、国民生活まで大きく転換せざるを得なくなり、日本は明治維新、太平洋戦争後に続く第三の転換点に差し掛かっている。

④   2021年~
次の25年日本がどんな針路をとるかまだ明確ではない。しかし三密を避けて社会を変えざるを得ない。淘汰される多くのビジネス,人工知能やロボットなどに任せざるを得ない仕事、ハンコレス、テレワーク、オンラインミーティングにならざるを得ないという現実。「ざるを得ない」が社会変革を促してゆく。

 

★プラットホームビジネスで生き残れ

2020年8月17日

前に書いたようにコロナ禍によりどの業界も売り上げ半減は今や当たり前のこと、
しかも高齢化の進行と外国人観光客が当面期待できないことで、
「50%経済」はしばらく続くという前提で対策を考えなければならない。
いかに顧客が半分になっても経営を成り立たせる仕組みを作るか、
生き残りのカギとなる。
言い換えればその仕組みさえ作れば、50%が70%、90%の経済に戻ってきたとき大きな利益も期待できるかもしれない。
 
さてどうやったら半分に減った顧客を相手に利益を出せるだろうか。
方法は二つしかない。
「同じお客さんに違うものを売るか」、「既存の商品を違うチャンネルで売るか」、である。
前者は、すでによく知っているお得意さんにこれまでとは違う商品を販売することである。
仮に顧客の支払金額が二倍になれば理屈では売り上げ減は取り返せることになる。
例えば取引先が企業の総務部だとする。
総務部は会社内で使ういろいろな商品を調達する。
文房具を収めていた会社が掃除用具を提案する、社員福利厚生用品を提案する、という例は実際多いはずだ。
相手も顔を見知った人からの提案ならば聞く耳を持つだろう。
社員の喫煙所排煙システムを売っていた会社が同じ総務部相手にエレベーター内の防災キットを販売した例はこれにあたる。
後者の例として、店頭で売っていたものを通販でも売るということは今多くの企業が取り組んでいることだろう。店内飲食をテイクアウトで売るとかドライブスルーで売るというのもこれに当てはまる。
駅弁を地元の駅ではなく都会の百貨店で売るということもかつて流行した。
地方都市のどこにでもありそうなパン屋が、カスタードなど生クリームに絞った「クリームパン屋」に変身、東京の駅のコンコースで売ったら地元の5倍もの価格で売れるようになった話も記憶に新しい。中学生がクラブ活動の帰りによる店から、サラリーマンの家庭土産や出張の手土産の需要をつかむ店になったのだ。
全く違った店のように見えて、パン屋という商売自体は変えていないところがミソだろう。
全く商売替えをしてもノウハウがなく結局武家の商法に終わってしまう失敗はよくあることだ。
温浴施設が健康を売る店へ、ネイルサロンが美と健康提案の店へ転換してゆくのも方向性としてありうるだろう。
 
駅の同じプラットホームから行き先の違う電車が出ていったり、特急だけでなく普通電車も出てゆくことがあるように、一つのプラットホームを巧みに使い分けるアイデアが「50%経済」ではより一層求められる。
 


 

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