2010年9月 6日
千葉県の総武線本八幡駅周辺は、激安戦争の地としてスーパーが凌ぎをけずっている。
駅近くの「オーケー」は、エブリディロープライスを訴え、仕入れ値を細かく開示、またなぜ安売りができるのかを「オネストカード」で説明する姿勢を貫いてきた。
駅の反対口に位置する西友は世界一のディスカウンター「ウォルマート」の販売手法を積極的に取り入れ「驚きの価格」を強調する。そこに長崎屋を傘下に収めた「ドン・キホーテ」が食料品も扱う「メガ・ドンキ」をオープン、「西友よりいくら安い」「オーケーの価格を調査、比べてください」などと店内至るところにライバル店との対決を煽るチラシを掲げて挑発している。
こうした競争のあおりを受けたのか、やはり安売りをアピールしていたイギリス系スーパーの「テスコ」が7月末に閉店に追い込まれた。
日曜日の午後これらの店を見て回ったが、価格競争熾烈の割にはどの店もそれほど混んではいなかった。
やや拍子抜けで、駅から歩いて15分はかかる「ニッケコルトンプラザ」に行ってみたら、こちらは人でごった返していた。
日本毛織中山工場の跡地に80年代にできた5万平米のショッピングセンターだが、核テナントはダイエーでそれほど強力ではないが、ショッピングセンターの専門店とシネコン、さらには夏のさまざまなイベントで若い人達を引き付けていた。
価格の安さを大騒ぎしている駅周辺の店には賑わいがなく、むしろ楽しさを強調するショッピングセンターには駐車場に入りきれないクルマの行列が続いていたのである。
本八幡の商業店舗の現状はいまの消費者の行動をよく現していると感じた。

2010年8月30日
ため息まじりの日々だ。
まだまだ続く残暑、うらめしく空を見上げる。
高い空。
高いと言えば円も高い。
経済弱体化のニッポンの通貨が高いわけないだろう、という一般人の感覚とは裏腹に円高は進む。
思えばちょうど一年前、月曜日の新聞には政権交代の大見だしが踊っていた。
半世紀ぶりの政権交代を新しい時代の夜明けと錯覚した人も多かった。
あれから一年。
それまで以上の混迷の中にいま私たちはいる。
政治の貧困が、経済やくらしを明らかに悪くしていることに、この国の為政者たちは何も罪の意識も感じていないのか。
デモもストライキも暴動も、ましてやクーデターの危険性も感じず、民主党というコップの中の権力闘争に明け暮れていられる政治屋ども、死ぬまでやってろ、としか言いようがない。
2010年8月23日
未婚の人が増えている。
国立社会保障・人口問題研究所によれば、最新の2005年のデータで、男性の生涯未婚率は16%弱、女性は7%強である。この傾向は調査の度に顕著になっており、男性の6人に1人は生涯を通して独身となっている。厚生労働省の調べでは、非正規雇用は正規雇用よりも男女とも結婚しない(できない)比率は高い。
所得に不安がある独身の人たちの多くは、親と同居して結婚相手と巡り合う日を待っている。親と同居している未婚男性は20年前には6割くらいだったが、今は8割近くに上り、これは未婚女性とほぼ同じ割合だ。
たとえ結婚できたとしても、今の若者は非正規雇用同士、あるいはどちらか片方は非正規雇用となる可能性は高い。
未婚のまま年をとってゆくか、あるいはたとえ結婚できても日々の暮らしに追われて、マイホームなど夢のまた夢という人たちがどんどん増えた時、どうなるか。
私はしばらくの間は、親たちが公的社会保障の代わりに息子・娘たちを助け続けるということになると思う。
具体的にどうするか。
まず同じ屋根の下に住むことだ。
独身時代親元で暮らすことを「パラサイトシングル」というならば、結婚してもそのまま若夫婦と子供も一緒に、どちらかの実家に同居してしまう「パラサイトファミリー」がこれから珍しくなくなるだろう。
私はそれを「一億総マスオさん現象」と呼んでいる。
あの漫画「サザエさん」のご主人の「マスオさん」である。
マスオさんは、サザエさんの実家の世話になっている。子供もいるがそれでも独立してマイホームを買おうとは言い出さない。マスオさんは正規雇用のようだから所得が極端に低いとも思えないし、奥さんのサザエさんも働きに出なければならないという感じもしない。
波平さんやフネさんの介護が必要と言うわけでもないのに、奥さんの実家の世話になるとはどういう料簡だろうか。
最初「マスオさん現象」と言う言葉が出た時には、どこか「マスオさん」の生き方に対して批判的なニュアンスが込められていたと思う。
しかし、これからの時代は「マスオさん」はもはや当たり前のことになり、三世代の大家族が増えると私は見る。
もともと日本は農家を中心に大家族であった。仕事と言えば農業か家内制手工業、あるいは商業で、家族とは家業を支える大事な労働力だった。必然同じ屋根の下に兄弟とそのそれぞれの家族が同居し、互いに労役を分担していた。それが、戦後企業社会が進展し、サラリーマンという職業が増えた。また農業や家内制手工業、大規模商家も少なくなり、都会に出て働く人が増えると、核家族化が始まった。
しかし、これからは実家の経済力の傘の下で暮らさざるを得ない若者が増えてくる。親の束縛から逃れたいから自分でワンルームマンションを借りて独立できた時代はもはや過去のことになってゆく。生活のために好むと好まざるとにかかわらず、親と同居せざるを得ないという人が増えるはずだ。
ただしここにはひとつ問題がある。
それは親の実家の広さだ。
サザエさんの家は、一軒家でそれなりのスペースもあるようだ。
カツオとワカメが同じ部屋で勉強するくらいの我慢をすれば、マスオさん夫婦とタラちゃん一家が同居することも可能だった。
だが、もし波平さんの家がマンションだったら、やはり娘夫婦との同居は無理だろう。
また東京など大都市を除けば、実家は戸建て住宅であり、地方ほど間取りに余裕があるから、三世代同居も物理的には不可能ではないだろう。
現在30歳から35歳、あるいはさらにそれ以後の世代がどんな暮らしをするかは、彼らの結婚事情、就職状況とともに、親の世代がどのくらい資産をもつか、住んでいる住宅が同居可能か、また彼らの兄弟が何人いて、そのうち親の世話にならなければならない人が何人いるか、といった環境により大きく左右されるだろう。
一人のサラリーマンが自分の人生の中でマイホーム取得を実現することはかなり難しくなってきている。
親子三世代が力をあわせて暮らしてゆく時代の到来なのである。
若い世代が自分たちだけで所帯を維持できない以上、親の傘がなければ結婚もままならず、したがって少子化も加速してしまう。
今日の日本の少子化問題の本質は、結婚する人が減ったことにある。実は結婚している夫婦が産む子供の数はそれほど減っているわけではないのだ。
幸い現在60代くらいの団塊の世代の親は、それ以後の世代と比べれば余力があり息子・娘たちの救済ができないわけではない。
これは日本経済好調時の遺産でもあり、親の世代もそれを子供たちに分け与えることにそれほど躊躇はないと思われる。
しかし、やがて親も余裕のない世代へと代替わりしてゆく。
誰も助けることができなくなった時、どうなるのか。
これは日本経済の危機の先送りでしかないのかもしれない。
2010年8月16日
大分県日田市大山町。
九州山地の懐に深く抱かれた山間の地で、耕地などほとんど見あたらないところだ。
しかしこの地域は農業の最先端の地として全国から注目を集めている。
人口わずか3600人。JAの組合員870人ほどというこの町で、農業収入が1000万円を超える農家がおよそ200軒、なかには3000万円という農家もあるという。
JA主催で毎年400人を海外研修に出し、町民の70%がパスポートをもっている。全国からこのJAを見学にくる人だけで年間3000人......。
昭和37年。貧困に喘いでいたこの町の農協組合長、八幡浩美さんは「ウメ・クリ植えてハワイに行こう」をキャッチフレーズに農民の啓蒙運動に乗り出す。一般の日本人にはまだ外国旅行など夢のまた夢、パック旅行もなかった時代だ。
「農業もやり方次第でリッチになれる」と訴え、換金作物中心の近代農業の旗を振った。
こういう多品目をつくっていくことでしか耕地面積の少ない大山の農業はなりたたない、と。そしてムカデの足の中でも「主力となる足」こそ、ウメとクリと位置づけた。
ウメ・クリに続き、シメジ・エノキといったキノコ栽培、さらにハーブ、モロヘイヤ、イエロートマトにスモモ、クレソンと「ムカデの足」は次第に数を増やし、その後たくましく育っていった。
大山町でもまず地元に「農業者のバザール」と銘打った「木の花ガルテン」をオープン。続いて福岡市にも出店。これが産地直送の店として人気を集め、一日100万円近い売上を記録。現在は7店舗になっている。
休日の午前中、地元の「木の花ガルテン」は、クルマで買い物にきた人たちでごった返していた。
野菜や果物をそのまま売るコーナー、漬物やジャムなど加工品にしたものを売るコーナー、さらには焼きたてのパンやクッキー、あるいは贈答用のパッケージにお洒落に詰めて、百貨店の売場のように美しく陳列したコーナー、と順に付加価値を高めた売り場が並ぶ。
そしてもっとも農産物を高付加価値で売る館、すなわち調理をして食べさせるレストランには、午前11時のオープン前に外に長い行列ができている。
オーガニック野菜を使い、農家の家庭料理およそ80種類をバイキング形式で食べさせるレストランだ。
黒と白を基調にしたセンスのよい建物、見晴らしのよいガラス張りのレストランはおよそ100席あまり、煮物、揚げ物、いなりずしにサラダやハーブティーまで。けっして特別な横文字のつくような料理ではないけれど、上品に大皿に盛られた地元農家の主婦たちによる手料理に食をそそられる。
1365円で食べ放題。
外食習慣などなさそうな山あいの町の人々が長蛇の列をつくっていることだ。私はオープン後一巡目で座ることができず、前の人が食べ終わるまで一時間近く待たされてしまった。
素材の野菜をそのまま出荷するのではなく、加工品として、あるいは贈答品として、そして調理した料理として付加価値を高めて出してゆく。
「ウメ・クリを植えてハワイへ行こう」の精神はいまも生きていることを感じた。
お盆休みで、故郷や地方都市をめぐり、その疲弊ぶりを感じた人たちも多いはず。
地方再生をどうしたらよいか。
その解決のヒントは、農業にマーケティングセンスを取り入れることにあると思う。
2010年8月 9日
大学をこの春卒業したものの、就職も進学もしていない「進路未定者」が5人に1人に相当するおよそ10万6000人にのぼることが、文部科学省が公表した学校基本調査の速報でわかった。
一方で大学進学率は過去最高となるなど、高校から大学、大学から大学院など上位校への進学率は軒並み上昇している。
就職を先送りにして進学に切り替える学生が増えているが、最終的に働き場がみつからない現状が浮き彫りになっている。
もはや一人の学生の能力の問題ではなく、社会問題として就職環境を整備していかなければならないことは間違いないが、一方で学生の側にも発想の転換が必要なのではないか。
国内で会社訪問を繰り返して実らないならば、海外に出て就職しよう、とか経済発展の著しい国に行って起業しようなどと考えてもいいはずなのに、若者の内向き志向は強く、旅行さえ海外には行きたくないという人が多いのが現状だ。
就職がないと嘆く学生は多いが、食べるに困るという若者は少なく、ハングリー精神を前面に出してがむしゃらに頑張ろうという気概も感じられない。
日本の真の危機は、少子化以上に若者の向上心の欠如にあると思う。
2010年8月 2日
若者の街といえば聞こえはいいが、「シブガキ隊」の街では可処分所得が低く、優良顧客が近づかなくなってしまう。
いかに大人が集う街にするか「シブヤオトナ化計画」は緊急の課題だ。
いま東急東横店2階に駅がある東横線が、まもなく地下駅に入り地下鉄副都心線と繋がる。
すると現在の東横線の渋谷駅ホームあたりは再開発が進み、新しいオフィスビルと商業施設が連なる計画だ。
するとあたかも地味な「渋い谷」のように、写真で見える渋谷川エリアも一大オフィスゾーンに変貌する可能性がある。
この渋谷と恵比寿を結ぶ明治通り沿いの開発が「シブヤオトナ化計画」のキモと睨んでいる。
「東京スカイツリー」周辺の次に世の中の注目が集まるのは「シブヤ」だと予想する。

2010年7月26日
今年のニュースのピークは7月11日だったのかもしれない。
参議院選挙、ワールドカップサッカー決勝、疑惑の大相撲初日。
あの日以来、政治も経済もひと足早く夏休みに入ってしまったようで、猛暑と北朝鮮拉致事件以外にめぼしいニュースもなく、マスコミは困っているようだ。
しかしそれでこの国がうまくやっていかれるならいいが、切った張ったの大事件こそないものの確実に、国を死に至らしめる病は進行している。
まず来年度の予算をどう組むか、これは関係者にとってとても夏休みをとる心境にはなれないはずだ。
埋蔵金は底をつき、仕分け作業が打出の小槌になりえないことが露呈し、しかも子ども手当などのばらまき政策を完全に断念しない以上財政破綻は目に見えている。
国家漂流の時に政治は展望を欠き、 ねじれ国会乗り切りの手練手管で支持率ゼロに近い少数政党の意見に振り回され、危険が迫っている。
私は次の予算は国家再建の成否を賭けた予算と位置づけ、民主党自民党が大連立を組んで作り上げる必要があると考える。
民主党のみが衆議院の多数に頼り、強行突破で成立させればよいという問題ではない。
いまを生きる日本国民が将来の国民にどんな国を託すか、という視点に立つならば、民主党も自民党も党利党略に固執してはならない。
そんな決断のための静かな夏であることを期待したい。
2010年7月16日
最近は新聞や雑誌広告を見てアマゾンに注文するという本の買い方をしている私が、先日たまたま東京の大手書店に入りました。
書棚に並ぶ欲しい本の大半は荷物が重くなるので買わず、ケータイに書名を打ち込みました。自分自身にメールしてあとでアマゾンで買うためです。
気の毒に、はるかに高い経費をかけて販売している書店はいまやショールームにすぎないのです。
作業を終えて帰ろうとすると、POPが目にはいりました。
「この本をお買い上げのお客様の中から先着100名様、当店セミナールームで行う著者講演会の招待券をさしあげます」
結局この日私がこの書店で購入したのはこの一冊だけで、招待券を手にしました。
川崎の「ラゾーナ川崎」の中央広場はよくアーティストが演奏会や握手会をしていて、私の息子も出かけます。
三井不動産の方に伺うと、以前は出演者にギャラを出すのが常識でしたが、いまはアーティストのプロダクション側からの売り込みが順番待ちだそうです。
ダウンロード時代になりCD店が減少し、以前のようにレコード店回りで知名度をあげるという手法が通用しなくなっています。そこでプロダクション側から多くの人の前で一曲披露したいという売り込みが増えたというわけです。
本と音楽。
ともにネットの出現で、リアル店舗は存亡の危機に直面しています。
そうした中で、著者を招いての講演やアーティストの演奏に握手会という、店舗しかできないソフトを提案する必要があります。
工夫の大切さを学ぶ事例だと思います。
2010年7月 9日
中元ギフト市場は明らかにかわった。
まず法人によるギフトの取り扱いが大幅に減った。
それに伴い百貨店からスーパー、さらにはネット通販へとチャンネルも多様化した。
また個人のギフトも単価の下落に加え、送り先の件数も減りつつある。
早い話、市場規模は著しく縮小、もはや中元を贈る習慣さえ消える可能性が出てきたと思う。
虚礼廃止、そんなもの時代に合わないという意見もあるし、ギフト市場が崩壊すれば存亡の危機という企業もあるだろう。
私は消えるのは時の流れと思いつつも、もし残したいと考えるなら贈る必然を訴える努力が不可欠だと考える。
最後に残るためには企業の提案力しかない。
2010年7月 6日
いよいよ参議院選挙は最後の追い込みになった。
候補者以外は関心が高まったとは言えないのは、やはり昨年の政権交代に対する失望と立ち直れない自民党への絶望感、さらに与野党ともにタレント候補乱立で有権者を舐めていることへの反発があると思う。
国民を馬鹿にするなという怒りを国会に届けなければならない。
私が師と仰ぐ島田晴雄先生が「日本が壊れる音がする」という本をこの度出版したが、先生の憂国の心情が伝わってくる。
先生は国民が絶望することが小沢一郎の最大の戦略、小党乱立もチャンス、当選ラインが下がったとき利権がんじがらめの組織票で大量当選すれば、日本を意のままに操れる、これはかつて民主主義からヒットラーが生まれた図式と同じと論じている。
私もそれは同感だ。
パンとサーカスに国民が熱狂している間に、政治家の術策がひそかに進行してゆく。
子供手当とサッカーに興奮している間にいやな選挙は終盤に入った。