「西村晃のマーケティングの達人 大繁盛の法則」企業経営・売上アップのヒントを提供

今週のズバリ

バックナンバー

★今年洋服買いました?

2020年9月14日

コロナの影響でゴールデンウィークも夏休みも行楽客は激減した。
旅行にも行かず、帰省も控えめ、冠婚葬祭も大々的にできず、コンサートやパーティもない、となればわざわざ一着新しい服を買いたいとは思いにくい。
通勤さえテレワークで毎日出かけないとなると、洋服どころか靴もバッグも装身具も化粧品も購買機会が減って当然だろう。
節約、とは違い買う必要性を見出せなくなったということがかつてない大きな変化である。
需要構造そのものが変わったのだ。
 
ライフスタイルが急速に変わりつつある。
外食はしない、レジャーは巣ごもり。
旅館よりはキャンプ、車より自転車。
これは一時的なことではなく、コロナをきっかけに世界的に広がる大きな変化ととらえるべきだろう。
最終電車を繰り上げるという電鉄会社の決断も、そんなライフスタイルの変化への対応だ。
 
既存の多くのビジネスは顧客を失う。今までの善が悪、忌み嫌われることへと転換する。
高度成長の後の公害批判、オイルショックの後の省資源産業への転換などを例に挙げるまでもなくコロナ後の変化にいち早く気が付いた人しか生き残れない経済が待ち受けている。

★小売業冬の時代

2020年9月 7日

小売業に関係する人ならば「商業界」という名前を聞いたことがあると思われる。
戦後日本の小売業経営者の指針となる雑誌「商業界」等を発行してきた会社だ。
その「株式会社商業界」が今年春破産した。
この会社は単なる雑誌の発行にとどまらず、「商業界ゼミナール」と称する大会を全国、そして地方ブロックごとに開催し続けてきた。
私も雑誌に寄稿し、商業界ゼミナールで何度か講演したことがあるが、熱心な小売業者たちが耳を傾けていたものだった。
しかし日本の小売業界がスーパー、コンビニ、ドラッグストア、ファミリーレストラン、ファストフードチェーンなど大手による寡占化が進み、個人経営の小売業者が減りはじめ、全国に張り巡らされていた「商業界」のネットワークも綻んでいた。
周囲を見回せば、酒屋、八百屋、魚屋、肉屋、畳屋、蒲団屋、荒物屋、蕎麦屋、喫茶店などかつては地元の個人の主人が経営していた商売が軒並み消えている。
まさに「商業界地図」は塗り替わってしまったのだ。
そしてさらにいま大手小売りチェーンでさえネット通販の浸透の前に、リアル店舗を維持する難しさに直面している。
雑誌という紙媒体の衰退、三密を避けるなかで「商業界ゼミナール」のような密集講演も難しいとなれば「商業界」の破産は残念ながら時代の流れなのかもしれない。
そしてこれは一企業の消滅だけにとどまらない今後の小売業の未来も暗示していると言わざるを得ない。
コロナ後の風景が見えないのである。

★べたべたサービスの日本旅館にサービス料はない

2020年8月31日

濃厚サービスはコロナ禍ではマイナスだ。
コンビニでモノを買っても「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」さえ言わなくても用が足りるようになった。
キャッシュレス決済、レジ袋有料化でスキャナー一つで精算は完了する。
なまじ声がけするとかえって嫌がられるご時世に、百貨店などはどうすればいいのだろうか。
ホテルのフロントなどでもロボットなど機械による案内やチェックイン業務が取り入れられるようになった。
介護の現場でも作業を敬遠して離職が相次ぎ、ロボット介護もやむなしとなりつつある。
宅配便なども玄関先に荷物を置くだけで接触を避けるなど、いかに人と人の接触を減らすことがいいことという風潮になりつつある。
今後コロナ以後の経済でサービスとは何かが問われてくるはずだ。
 
そういう目で見ていてあることに気が付いた。
ホテルやレストランにサービス料という勘定項目があるのに対して、日本旅館では、べたべたサービスを売り物にしているところでも料金体系にサービス料が別建てになっていない例が多いような気がする。
 
宿泊代金は一泊2食で35000円(税別)と言った設定で、仲居さんがどんなに気が付くサービスをしてもしなくても、そのサービスは別料金にならないところが多いのではないだろうか。
私が知っているある名旅館では、上得意顧客はデータ管理がなされクレームがつかない限りいつも同じ仲居さんが部屋係を担当する。
浴衣に着替えると服を預かり翌朝までにアイロンをかけ、脱いだ靴は磨いておく。
料理の好みは把握し、会話もそつなく、余計なことは聞かない。
朝部屋には好みの新聞を数紙持ってきたうえ、帰りの送迎バスに見送る時に「新幹線の中でお読みください」と別のスポーツ紙を渡す・・・。
この仲居さんに個人的にチップを渡すことはあっても、旅館としてサービス料は請求しないのだ。
コロナ禍で濃厚接触を避ける時にこのサービスは変わらずなのか、変えざるをえなかったのか、是非確かめてきたい。
 
日本は今後世界に観光大国としてアピールしようと考えてきた。
東京五輪の年に年間4000万人の外国人観光客を誘致することを目標にしていた。
日本の宿泊施設をはじめとする「おもてなし」が素晴らしいという評価が世界に高まれば、新しい日本の輸出商品として「日本式サービスのホテルやレストラン」がクローズアップされ世界中に日本式サービスが広まることも夢ではないと思っていた。
コロナが去れば多少遅れてもやがてそういう日が来ると信じたい。
それだけに、コロナごときで日本的おもてなしを変えてほしくないのである。
現在は緊急避難でやむを得ないにしても、日本人の心温まる笑顔と言葉を添えたサービスを変えないでほしい。
それは日本の文化であり、無言で接客するのはやはりおかしいという感覚を私たちは変えずに持ち続けなければいけないと考える。

★戦後75年、そして次の25年

2020年8月24日

戦後75年を25年ごとにひとくくりにまとめてみた。
そして次の25年こそ日本の正念場であることは言うまでもない。

①    1946年~1970年
戦後焼け野原からスタートし、朝鮮特需で足掛かりを作った日本経済が高度経済成長路線を走り、所得倍増、オリンピック景気から大阪万博の成功まで走り抜けた黄金の日々。

②    1971年~1995年
  高度成長のひずみで公害問題や住宅不足などが深刻化、ニクソンショック後の円高、さらには石油ショックと次々に課題に直面した。そうした中にあって重厚長大から軽薄短小型経済への産業構造の転換を進め、省資源型経済にシフトして安定成長路線を進む。アメリカ経済の落ち込みもありプラザ合意で円高が定着、しかしそれを跳ね返す輸出競争力の強さを発揮しバブル経済を現出させた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と評されたのもつかの間、土地と株の値上がり神話が崩れ、バブル崩壊、金融破綻が表面化した。

③    1996年~2020年
デフレスパイラルから抜け出せないまま、日本は長期の沈滞を余儀なくされた。リーマンショック、また東日本大震災をはじめ相次ぐ自然災害も続く。少子高齢化も深刻化する中にあって政権を奪還した安倍内閣による大規模な金融緩和,アベノミクスが一定の成果を上げ、ようやく経済が上向きになり始めた。折しも外国人による訪日観光が急増し観光立国という目標も定まりその大きな節目として東京オリンピックが位置付けられた。そこに新型コロナウィルスの感染拡大が起こり外国人観光客は消滅、国内の消費も急ブレーキ、オリンピックも延期となった。コロナ禍により今後経済の仕組みから企業の在り方、国民生活まで大きく転換せざるを得なくなり、日本は明治維新、太平洋戦争後に続く第三の転換点に差し掛かっている。

④   2021年~
次の25年日本がどんな針路をとるかまだ明確ではない。しかし三密を避けて社会を変えざるを得ない。淘汰される多くのビジネス,人工知能やロボットなどに任せざるを得ない仕事、ハンコレス、テレワーク、オンラインミーティングにならざるを得ないという現実。「ざるを得ない」が社会変革を促してゆく。

 

★プラットホームビジネスで生き残れ

2020年8月17日

前に書いたようにコロナ禍によりどの業界も売り上げ半減は今や当たり前のこと、
しかも高齢化の進行と外国人観光客が当面期待できないことで、
「50%経済」はしばらく続くという前提で対策を考えなければならない。
いかに顧客が半分になっても経営を成り立たせる仕組みを作るか、
生き残りのカギとなる。
言い換えればその仕組みさえ作れば、50%が70%、90%の経済に戻ってきたとき大きな利益も期待できるかもしれない。
 
さてどうやったら半分に減った顧客を相手に利益を出せるだろうか。
方法は二つしかない。
「同じお客さんに違うものを売るか」、「既存の商品を違うチャンネルで売るか」、である。
前者は、すでによく知っているお得意さんにこれまでとは違う商品を販売することである。
仮に顧客の支払金額が二倍になれば理屈では売り上げ減は取り返せることになる。
例えば取引先が企業の総務部だとする。
総務部は会社内で使ういろいろな商品を調達する。
文房具を収めていた会社が掃除用具を提案する、社員福利厚生用品を提案する、という例は実際多いはずだ。
相手も顔を見知った人からの提案ならば聞く耳を持つだろう。
社員の喫煙所排煙システムを売っていた会社が同じ総務部相手にエレベーター内の防災キットを販売した例はこれにあたる。
後者の例として、店頭で売っていたものを通販でも売るということは今多くの企業が取り組んでいることだろう。店内飲食をテイクアウトで売るとかドライブスルーで売るというのもこれに当てはまる。
駅弁を地元の駅ではなく都会の百貨店で売るということもかつて流行した。
地方都市のどこにでもありそうなパン屋が、カスタードなど生クリームに絞った「クリームパン屋」に変身、東京の駅のコンコースで売ったら地元の5倍もの価格で売れるようになった話も記憶に新しい。中学生がクラブ活動の帰りによる店から、サラリーマンの家庭土産や出張の手土産の需要をつかむ店になったのだ。
全く違った店のように見えて、パン屋という商売自体は変えていないところがミソだろう。
全く商売替えをしてもノウハウがなく結局武家の商法に終わってしまう失敗はよくあることだ。
温浴施設が健康を売る店へ、ネイルサロンが美と健康提案の店へ転換してゆくのも方向性としてありうるだろう。
 
駅の同じプラットホームから行き先の違う電車が出ていったり、特急だけでなく普通電車も出てゆくことがあるように、一つのプラットホームを巧みに使い分けるアイデアが「50%経済」ではより一層求められる。
 


 

★「50%経済」へどう対応するか

2020年8月 3日

ようやく営業を再開したレストラン、4人テーブルに座れるのは対面を避けて二人だけ。
なるほど、でも満席でも今までの半分しか収容できない。
映画館も一人おきに座らせるので、定員の半分くらい埋まれば満席。
野球など5万人収容のスタジアムに無観客が5000人までは入れるようになってホッとしているが、所詮1割だ。やがて半分は埋めるようになるとは言うが・・・。
百貨店販売、自動車販売、マンション販売なども4月の緊急事態宣言下では前年比マイナス90%の惨状だったのが5月以降回復してきたとはいえ、ピークからみればマイナス50%くらいに戻った程度である。
 
近年日本の人口は減少トレンドに入っているがそれでも大きく消費が落ち込んだという感じでなかったのは、外国人観光客が急増し旺盛な需要があったことと無縁ではない。その外国人観光客はもし今年オリンピックが行われていたら目標の年4000万人に近づいていたかもしれない。それが事実上ゼロになっている。いま日本の人口約1億2000万人のうち、消費者としてカウントできるのは収入がない未成年と、日々の食料品以外大きな消費をしなくなる後期高齢者を除けばざっと8000万人くらいだろうか。その8000万人の消費人口の半分程度にあたる4000万人の「外国人消費者」が消えたのであり、当分回復は見込めない。
半分、50%が今後の経済を考えるポイントではないか?
マイナス90%よりは回復してもしばらくはマイナス50%、つまり半分の経済に耐えねばならぬ。
いかに50%経済で成り立たす仕組みを考えるか、ここが生き残りのカギだ。
 
思えば毎年10%程度の高度経済成長を続けていた日本が1970年代前半の第一次石油ショックにより大打撃を受けた。その後それまでの半分の5%程度の安定成長へと移行してゆく。
問題は経済成長半減で日本は不幸になったかである。公害問題を克服し、省資源型の産業構造に転換した。いわゆる重厚長大型から軽薄短小型経済への移行であった。つまり10%成長が半分になっても決して日本はダメにはならなかったのだ。
その後バブルを謳歌する時代もあったし、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代も来たのだ。
50%でも生き残れる経済を作ろうではないか。
道は必ず開けるはずである。

★追い詰められた観光都市

2020年7月27日

四季を通じて魅力を発信する観光都市京都は,街全体がマーケティングセンスにあふれている。春は花、秋は紅葉と何度訪れても飽きない魅力を京都は提案し続けてきた。
その京都の夏の魅力は祇園祭や大文字焼きといったイベントだろう。
しかし今年は祇園祭のハイライト山鉾巡行が中止となり、また8月の大文字焼も、山に「大」の字状に火をつけることは中止され、大の字の隅の5か所と三つの線が交わる中心点の、合わせて6か所だけ火をつけることになったという。
観光イベントとしてはやめても盆送りという本来の意味の行事は続けるわけだ。この規模縮小を受けて関係者が地元テレビのインタビューで「お客さんがこんな大文字焼ならつまらないと思われるようなイベントにします」という迷コメントで複雑な心境を語っていた。
2019年の京都観光総合調査によると京都市を訪れた観光客数は5352万人。
このうち外国人が886万人、日本人は4466万人だった。
また宿泊客数は1317万人で外国人はこのうち3割の380万人に達していた。
いま外国人客の大半と日本人客の多くが失われ、観光都市京都は宿泊施設や飲食業の休業や廃業が相次いで頭を抱えている。
 
6月末に京都を歩いたが、この時期例年は多い修学旅行生を全くと言っていいほど見なかった。南禅寺、哲学の道、銀閣寺、仁和寺などを回ったが、どこもガラガラ。雨が降った日の二条城に至っては観光客は私一人で貸し切り状態だった。
 
今は行政が資金援助で支えるしか方法がない。
そしてコロナが収束する以外に京都を救う道はない。
一企業や個人では、どうあがいても生き残りは難しい。
人知を超えたレベルの苦境で、この状態が長引けば京都をはじめ観光都市は間違いなく死滅する。
 
今この国は明治維新以来の大きな危機に直面している。
 

★不況下の株高

2020年7月17日

次々に発表される経済指標は最悪なのに、なぜか株価は底堅い。
バブルが崩壊したときのあの半値以下に沈んだ株価を知っている身から見れば不思議な現象だ。
出現している事態に後から理屈を並べることを「後講釈」という。
 
曰く、「これ以上悪くならないと思うから、今後は景気は良くなるという期待値でも株価は上がる」
「中央銀行がかつてないほど潤沢な資金供給を行っており、当面その資金が設備投資には向かわず、株式市場に流入している」
「アフターコロナを睨んで新たな社会構築への投資期待で株価は上がる」などなど・・・。
 
先日あるテレビの経済番組で、証券アナリストという人が「オフィスビルの需要が大きく増すので株価に期待」として個別銘柄を紹介していた。
でも、テレワークで在宅勤務が増える、あるいは新規採用を絞ったりリストラが進む中で、オフィスビル需要が高まるとは如何にも不自然、と見ていた私は思ったものだ。
するとそのアナリスト氏、
「ソーシャルディスタンスで、オフィスの一人当たりの必要スペースが増えるから、オフィスビルの需要が増す」と説明していた。
 
はて?
皆さんはどう思うだろうか?
ちなみにこのコーナーの最後にアナウンサー氏は
「あくまでも投資は個人の判断でお願いします」とわざわざ断りを入れていた。
「無責任な言いっぱなし」と言われない用心なのだろうかと笑ってしまった。
 
株価が下がれば、「絶好の買い時」、
上がれば、「買わないリスク」、と言ってのける証券会社は
どんな時でも太鼓をたたくのが仕事なのかもしれない。


 

★99.9%減の衝撃

2020年7月10日

99.9%減。
誤差のレベルを除けばほとんどゼロになったということだ。
観光庁が発表した5月の訪日外国人旅行者数(推計値)は、前年同月比99・9%減の1700人だった。4月の2900人を下回り、1964年以降で過去最少となった。本来ならばオリンピック・パラリンピックの本年の外国人観光客招致目標は、4000万人だったはず、この惨状に声もでない。
4000万人か実質ゼロかでは天と地ほどの差がある。
すでに日本は人口減少期に入っているし、おまけに高齢化も進んでいる。特に後期高齢者ともなれば消費は自然と減るものだ。その国内消費の衰退を補っていたのが、外国人観光客の旺盛な消費だった。
それが消えた。
しかも現状を考えれば、しばらくは回復の見込みは立たない。
この一点だけとってみても日本経済は危機的状況が続くことは間違いない。
外国人4000万人を想定していた産業としては、ホテル、交通機関、都心型の百貨店やコンビニ、レストラン、ドラッグストアのほか観光名所の土産物店など小売り・サービス業がまず考えられるが、彼らの購買を前提にしていた化粧品やブランド品のメーカーなどにも影響は広がる。
銀座や新宿、心斎橋や天神など全国の主要繁華街の顧客に占める外国人の割合がいかに多かったか。まして高額商品の購入者に占める外国人の割合を考えてみれば事態は相当に深刻だ。
コロナ危機は今後の観光立国ニッポンの屋台骨を揺るがす大問題である。
脱工業化社会の国つくりの根幹が揺らいでいる。

★幸せの形が見えない

2020年7月 3日

今回のコロナ危機は、私たちに感染の恐怖や経済的な苦難とともにこれまでの人生観に変更を迫るものとなった。
戦後最大の災害となった2011年の東日本大震災の時、この国では「絆」という言葉が盛んに使われた。ボランティアで被災地に向かう人、義援金や東北の産物を購入するなどやり方は人それぞれだが、日本人は繋がっているという連帯意識が大きくクローズアップされた。
人々が支えあう「絆」と、いま世間でいう「ソーシャルディスタンス」はある意味対極にある言葉だ。「人との距離をとる」「近づいてはならない」「濃厚接触は慎め」・・・。日本への入国禁止、「他県からは観光に来ないでください」となると、とても「絆」という言葉は持ち出せない。
満員電車の苦痛に耐えても会社に行くことで、大部屋で議論し、一致団結目標に進む。朝礼やラジオ体操を日課にする職場もこの国では多かった。社員旅行に運動会、忘年会に歓送迎会と、ひところよりは希薄になったとはいえ日本の会社は家族主義的な経営を伝統にしてきた。上司への「忖度」という発想は役人の世界だけでなく多かれ少なかれ日本の企業風土にも根付いている。
そこにいきなり在宅勤務、テレワークというコロナ時代に対応せざるを得ない状況が生じた。
オンライン会議でも可能なんだから全国から支店長集める会議など経費の無駄だよ、
何も満員電車で全員が出勤しなくても会社は回るじゃないか・・・。
新幹線や通勤電車、オフィスビル、ビジネスホテルなどの需要は今後大幅な見直しを迫られるだろう。
オンラインで入社式や研修を行い、以後も在宅勤務で社歴を重ねてゆく人に会社に対する帰属意識が芽生えるだろうか。通勤時間も減り、勤務時間も自由、会社も奨励しているくらいだから副業もやりやすい。スキルには愛着が出ても、それは会社への愛着とはならない気がする。
係長から、課長、支店長で地方勤務して、本社に部長として栄転・・・。
良くも悪くも会社で積んだ経歴は、個人の勲章であり幸せのバロメーターだった。
そうした幸福観がこれからの若者に継承されるとは思いにくい。
  戦後の混乱期を経て日本は経済成長路線をひた走るが、最初の大きな曲がり角は1970年代だった。1ドル360円が終焉して円高に悩みだし、石油ショックによりエネルギー価格の高騰と需給ひっ迫に襲われた。当時大きな価値観の転換を「モーレツからビューティフルへ」というキャッチコピーが象徴的に表していた。
次の大きな転換期はバブルの崩壊である。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされ「24時間タタカエマスカ」というコマーシャルに象徴されるイケイケ主義が無残に破綻した1990年代、以後日本は「失われた20年」とも呼ばれる出口なきトンネルを彷徨った。
そこに東日本大震災が襲い、原発も破綻した。
日本は、政治はダメだけど企業社会は世界に冠たるものがある、とどこかで信じていた日本人だが、気が付いてみれば、世界を席巻する米中などの巨大IT企業を前に、日の丸企業はいつの間にか劣勢に転じ、凋落ぶりを思い知らされた。
コロナ後、私たちはどんな幸せを求めればいいのだろうか。
オンライン授業、マスクとフェイスガードでクラブ活動のスポーツや音楽も今まで通りにはいかない。ソーシャルディスタンスで青春時代にどんなデートができるのか。
学生時代の過ごし方、会社生活、そして恋愛・結婚と、すべてが様変わりの環境下で新しい幸福をどう育んでいけばいいのか。
おそらく新しい価値観になじめない人が続出するだろう。その時、その人にどう救いの手を差し伸べられるのか。ソーシャルディスタンスが見えない壁にもなりかねない、と危惧するのは私だけだろうか。

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11