「西村晃のマーケティングの達人 大繁盛の法則」企業経営・売上アップのヒントを提供

今週のズバリ

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★幸せの形が見えない

2020年7月 3日

今回のコロナ危機は、私たちに感染の恐怖や経済的な苦難とともにこれまでの人生観に変更を迫るものとなった。
戦後最大の災害となった2011年の東日本大震災の時、この国では「絆」という言葉が盛んに使われた。ボランティアで被災地に向かう人、義援金や東北の産物を購入するなどやり方は人それぞれだが、日本人は繋がっているという連帯意識が大きくクローズアップされた。
人々が支えあう「絆」と、いま世間でいう「ソーシャルディスタンス」はある意味対極にある言葉だ。「人との距離をとる」「近づいてはならない」「濃厚接触は慎め」・・・。日本への入国禁止、「他県からは観光に来ないでください」となると、とても「絆」という言葉は持ち出せない。
満員電車の苦痛に耐えても会社に行くことで、大部屋で議論し、一致団結目標に進む。朝礼やラジオ体操を日課にする職場もこの国では多かった。社員旅行に運動会、忘年会に歓送迎会と、ひところよりは希薄になったとはいえ日本の会社は家族主義的な経営を伝統にしてきた。上司への「忖度」という発想は役人の世界だけでなく多かれ少なかれ日本の企業風土にも根付いている。
そこにいきなり在宅勤務、テレワークというコロナ時代に対応せざるを得ない状況が生じた。
オンライン会議でも可能なんだから全国から支店長集める会議など経費の無駄だよ、
何も満員電車で全員が出勤しなくても会社は回るじゃないか・・・。
新幹線や通勤電車、オフィスビル、ビジネスホテルなどの需要は今後大幅な見直しを迫られるだろう。
オンラインで入社式や研修を行い、以後も在宅勤務で社歴を重ねてゆく人に会社に対する帰属意識が芽生えるだろうか。通勤時間も減り、勤務時間も自由、会社も奨励しているくらいだから副業もやりやすい。スキルには愛着が出ても、それは会社への愛着とはならない気がする。
係長から、課長、支店長で地方勤務して、本社に部長として栄転・・・。
良くも悪くも会社で積んだ経歴は、個人の勲章であり幸せのバロメーターだった。
そうした幸福観がこれからの若者に継承されるとは思いにくい。
  戦後の混乱期を経て日本は経済成長路線をひた走るが、最初の大きな曲がり角は1970年代だった。1ドル360円が終焉して円高に悩みだし、石油ショックによりエネルギー価格の高騰と需給ひっ迫に襲われた。当時大きな価値観の転換を「モーレツからビューティフルへ」というキャッチコピーが象徴的に表していた。
次の大きな転換期はバブルの崩壊である。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされ「24時間タタカエマスカ」というコマーシャルに象徴されるイケイケ主義が無残に破綻した1990年代、以後日本は「失われた20年」とも呼ばれる出口なきトンネルを彷徨った。
そこに東日本大震災が襲い、原発も破綻した。
日本は、政治はダメだけど企業社会は世界に冠たるものがある、とどこかで信じていた日本人だが、気が付いてみれば、世界を席巻する米中などの巨大IT企業を前に、日の丸企業はいつの間にか劣勢に転じ、凋落ぶりを思い知らされた。
コロナ後、私たちはどんな幸せを求めればいいのだろうか。
オンライン授業、マスクとフェイスガードでクラブ活動のスポーツや音楽も今まで通りにはいかない。ソーシャルディスタンスで青春時代にどんなデートができるのか。
学生時代の過ごし方、会社生活、そして恋愛・結婚と、すべてが様変わりの環境下で新しい幸福をどう育んでいけばいいのか。
おそらく新しい価値観になじめない人が続出するだろう。その時、その人にどう救いの手を差し伸べられるのか。ソーシャルディスタンスが見えない壁にもなりかねない、と危惧するのは私だけだろうか。

★オンライン入社の若者

2020年6月26日

コロナ禍でやむを得ずオンラインで入社式を行い、その後自宅でテレワーク研修、そして実務に入ったという新入社員も少なからずいるという。
いやはや大変な社会の門出だ。
おそらく、今後も毎日すし詰めの満員電車で通勤、深夜まで残業、夜は居酒屋で会社の上司の悪口を言って憂さを晴らす、といったこととは無縁で会社人生を送るのかもしれない。
まあそれはそれでわずらわしさもないというメリットもあるだろう。
ただふと気になるのは、中高年になって初めてテレワークに直面するのと違い、社会人の最初からテレワークを中心に会社人生をスタートした人がこれまでの日本人と同じように会社への忠誠意識や愛社精神を持つだろうかということである。
仲間ともせいぜいオンライン飲み会では同期としての連帯感を育めるだろうか、成功や失敗に直面した時先輩からの一言も直接ではなくネットを通してでは心への響き方も違うような気がする。
これまでのサラリーマンなら大部屋で次第に係長、課長と出世して目の前に部下がいることがモチベーションにもつながったはずだ。
テレワークは時間も自由だし、副業なども可能だろう。会社もそれを認めだしている。そういうこれまで日本人が経験したことがない職場環境で入社以来過ごしていけば、会社への帰属意識など生れるはずがないと思うのは私だけだろうか。
それでもいいではないかという意見もあるはずだ。
大切なのは自分であり、会社ではない。結果として多くの会社を渡りあるいてゆくことでスキルアップすることもできる。実力より上司のへのゴマすりで出世するような人を会社だって雇い続けたくはないのだ、というのも正論だ。
好むと好まざるとにかかわらずコロナ禍で始まろうとしている社会の変化は、日本人と企業との関係を劇的に変える可能性を秘めている。

★コンビニもレジ袋有料化

2020年6月18日

7月1日からコンビニでもレジ袋有料化になるという。
職場でランチタイムにコンビニ弁当を買いに行くときに袋持参で行く人がどのくらいいるのだろうか、と以前から考えてきた。おそらく手ぶらで買い物に行く人にとっては袋代を上乗せした実質3円昼食代が値上りすることになりそうだ。
もっとも3円という微妙な価格が気にかかる。
3円くらいなら負担しても大したことがないと考える人が多いと思われるからだ。
しかし、やがてコストが上がり5円、あるいは8円、10円などとなったらどうだろうか。
私だったら袋代を毎回負担することに強い抵抗を感じると思う。
かといってエコバック持参でコンビニに行くという自分もやはり想像できない。
おそらくコンビニで買物すること自体を止めるか、極力減らすことになるのではないか。
もし多くの消費者が私と同じ考えにたてばコンビニとしては袋代が足かせとなり客足が遠のくことへの対応を迫られるだろう。
多分本体価格の中にレジ袋代を含んだ価格にするのではないだろうか。
ここまで書いてきて、この話どこか消費税と似ているという気がしてきた。
最初は3%くらいと思っていたが、5%、8%と上がるにつれて外税から内税にしてみたりと、「消費者への見え方」を売り手は気にしだす。
「消費税分還元セール」というのもあった。
しかし10%ともなると重税感はやはり隠しきれず、結局消費全体が落ち込んでしまった・・・。
レジ袋の有料化は、時代の流れとはわかりつつも、消費者のとらえ方が今後どう変わってゆくか注目したい。

 

★ビフォア、アフター コロナの変化

2020年6月11日

古い映画やドラマを見る時、「今日では問題となるセリフがありますが制作者の意図を尊重してそのまま放送します」というテロップを見かける。
おそらく「けしからん」というクレームが来ることを予想してのことだろう。
SNSの普及もあって、どうでもいいようなささいなことを大騒ぎする風潮に皆がおびえている。
昔の映画では、たばこを吸うシーンは頻繁に出てくる。だが「公共の場でタバコを吸うのは社会に悪影響を与える」とのクレームで特に地上波放送で古い映画は流せなくなっているそうだ。また暴力シーンが多い警察モノ、シートベルトが装着義務がなかったころのクルマを使った映画も出せない。テレビ局だけでなくCMスポンサー企業にまで文句を言うクレイマーさまが多いというから恐れ入る。
さてそうなると、街を行き交う人がマスクをしていて当たり前の今日に、一年前の番組を出すと「三密ではないか」「旅館のフロントでマスクもしていないのは何事か」となる。
すでに「この取材は3月に行われました」などというテロップを多く見るのもどうでもいい視聴者様のご批判を予想してのことだろう。
いまに織田信長や明智光秀がマスクをして登場しないのはおかしいという意見が出てくるに違いない。

★100年に一度だから、やらねばならぬこと

2020年6月 2日

今回のコロナ禍は日本と世界の経済にこれまでにない悪影響をもたらしている。
すでに閣僚の間からも100年に一度の危機という言葉が聞かれるようになったが、その認識は間違っていない。
100年に一度という意味は1929年の世界恐慌以来ということを意味しているはずだ。
アメリカではテネシー川のダム建設やエンパイアステートビルの建築など失業者救済の事業がルーズベルト大統領のもとで行われた。
いわゆるニューディール政策で、政府は失業者を救い社会保障を充実させるという福祉国家の役目を担うこととなる。
今回のコロナ不況はその世界恐慌を上回る事態だ。
ならば政府はいま何をすべきか。
1929年の恐慌と、戦後最大と言われたリーマンショックの共通点は株価暴落や金融破綻から始まった。
しかし今回の不況は観光や小売業が仕事を失ったことから始まった「需要の喪失」に大きな特徴がある。
 
日本では年間3000万人あまり来ていた外国人観光客が突然ゼロになった。すでに人口減少、高齢化も進んで縮小トレンドだった国内需要、それを補っていた外国人消費まですっかり消えたのだから、コロナ禍緊急事態が解除されても需要回復はとても期待できない。
昨年の消費税率引き上げや2020年のオリンピックを目指していた建設需要の一巡などもあってコロナ以前から景気後退は始まっていた。
それではどうしたら打開できるか。
これまでの経験則にはとらわれない政策、「ニューニューディール」が必要だ。
 
まず消費需要を大きく底上げしなければならない。今回は災害時のような復興需要というリバウンドは期待できない。先行き不安から住宅や車など大型消費を拡大させる動きもない。また海外に活路を見出そうにも経済の落ち込みは世界共通だから輸出も伸びない。
私は消費税を一度ゼロにし、数年後に3%、5%、8%と変更し10年後に10%に戻すことを予告することが一番即効性がある対策だと考える。一律給付金も大切だが国民皆に行き渡るのに時間がかかりすぎる。それと並行して「消費税ゼロ」というインパクトがあり、すぐにできる政策を併用すべきなのだ。ゼロから次第に利率を上げていくごとに駆け込み需要も喚起できる。
 
消費税は既に使用目的があり、今ここでそれをなくすと財政にゆがみが生じるという財務省の発想は「平時のもの」だ。
世界恐慌のころ経済学者ケインズは「ヘリコプターで空から紙幣を撒け」と言ったとされる。
今国がやるべきことは、消費税をゼロにしてでも経済を蘇生させることで、これこそ「ヘリコプター紙幣バラマキ」に匹敵する。
財源は国債だ。今は戦争だ、というなら「戦時国債」を発行し、日銀が買いうけに回る。悪性インフレの心配はもちろんある。しかし仮にそうなればデノミや通貨呼称の変更,新券発行といった非常手段も取ると腹をくくる時だ。
100年に一度という言葉の裏にはそこまでやる決意がなければならない。
これまでの政策では通用しない、新しい政策を発明するときなのだ。
 
「私たちがすることは これがどんなに ささいなことであっても
すべてはある意味で 発明なのです」
                エリーズ・ボールディング

★夜の暗さを知っているから 朝日が嬉しい

2020年5月29日

周囲を見回してほしい。
どこかに展望があるだろうか?
映画のシーンのように人影が消えた繁華街。
日本が世界に誇った新幹線もガラガラ、TDLは休園久しく、国技も本場所がなければ巨漢もムダメシ喰いと化す。
延期されたオリンピックも次の発表は中止の予感だ。
企業業績は惨憺たる数字、倒産・失業も他人事ではない。
うんざりするほど来ていた外国人観光客もパッタリ。
その外国人が食べたいと言っていた日本料理を出す料亭も寿司屋もラーメン屋までもいまや存亡の危機。
アベノミクスはアベノマスクになり、アベノマズサが目立ち、口を覆うより目を覆いたくなる。
 
見回しても打開のすべが見当たらない。
輸出産業も製品よりも工場を輸出したばっかりに世界各地の感染の影響を受けている。
大体世界中が病んでいるのだから元気にモノを買ってくれそうなところがない。
そうでなくとも国内市場は高齢化が進んで需要そのものが減退していた。
 
お先真っ暗である。
ただ、朝の来ない夜がないのも事実である。
悲観論からは何も生まれない。
歴史を見ても戦乱や飢饉、疫病で何万人が死んだ災難は繰り返し起こったが、そこで歴史絵巻が途切れたわけではない。数年か数十年先かわからないが、災難の後新しい時代は必ずやってきた。
例えば、平安時代から鎌倉時代にかけては疫病の流行をはじめ、大地震、火山噴火、大火事、飢饉、戦火などの災害が多発した。当時は対策として元号を変えることぐらいしかできなかった。これを「災異改元」という。
歴史上102回あった「災異改元」のうち実に71回までが平安鎌倉時代に集中している。
この改元の内訳は、天然痘の流行が12回、ハシカが7回もあり、この二つの感染症がいかに当時は恐怖の対象であったかがうかがわれる。
初日の出を拝むのに、太陽が出てから出かけてゆく人はいない。
暗い世界に光が差し込むのを見て、みな神々しさに打たれ思わず手をたたいたり拝んだりする気になる。
繰り返す。
悲観論からは何も生まれない。
明治維新以来の最大の国難の先にどんな未来があるのか見てやろうというくらいの気概を持って、あたらしい日の出を拝むような前向きな気持ちを持たなければならない。
暗いうちに仕込むのだ。
歴史を塗り替えるには革命が必要だ。
今の時代暴力による革命は流行らない。
イノベーションを取り込み、意識変革を迫る革命があれば時代は動く。
明治維新以来の危機には「令和維新」が求められている。


 

★ソーシャルディスタンス

2020年5月22日

今年にわかに聞くようになった言葉「ソーシャルディスタンス」、最初聞き間違えて「ソーシャルダンス」のことかと思った。
しかし社交ダンスとは対極で、人と人との濃厚接触を避け一定の距離を保つことを指すそうだ。
接客、会議、打ち合わせといった公的な場はもちろんのこと日常のおしゃべりも離れてマスクをしてしましょうというのだから、相手の話を聞き取るのも容易ではない。
カウンターで一人黙々食べるイメージのラーメン店や牛丼店ならいざ知らず、結婚記念日を祝ったり、プロポーズをする場でもあるフランス料理店で会話をするなと言われても・・・。
ロッカールームに脱衣場などが必要なスポーツジムや浴場でも限界があるだろう。
困ったことにこれは短期間の辛抱とは思えないことだ。
ソーシャルディスタンスを前提にした日常が当たり前になる時代が来るのではないか。
こういう社会で育った子供が社会適応力の欠如を招くことが心配される。
コロナ前とコロナ後の生息環境は、将来社会形成にも大きく影響しそうだ。
人間とは人の間と書く。
人は一人ではなく 人と人との間にあることで人間性が生じるものなのだ。
一人では「間ぬけ」になってしまう。
一人では生きていかれないはずなのに、ソーシャルディスタンスという金科玉条の前にそのことが忘れられるのが怖い気がする。
アルベール・カミュは「ペスト」の中で「人生は果てしなき敗北である」として不条理の中で苦しむ人間を描いた。
コロナ禍で我々が失おうとしているものの中に「人間性」というものがあるかもしれないということをまだ気がついている人は多くはないようだ。

★地獄の一丁目

2020年5月18日

数か月にわたり百貨店や駅ビルなど大型商業施設の多くが店を閉じたままなどということはかつてない事態だ。
震災や台風でも被害を受けていない場所はあったし、戦争だって復興需要がついてくるものだ。
そういう意味で明治維新以来最悪の経済環境に今私たちはいる。
 
基本的に平常営業をしてきた食料品販売は別として、衣料品の落ち込みは特に厳しい。
例えば百貨店の売り上げの7割前後は衣料品と周辺雑貨が占めると言われている。
ここが全く売れていないのだから、企業は存続の危機となる。
 
販売チャンネルの閉鎖もさることながら、自粛で花見から旅行、会食、結婚式など新しい洋服を購入する動機が絶たれたのだから消費マインドが極端に落ち込んだ。
 
老舗大手アパレルメーカー、東証一部上場のレナウンが倒産した。
これはまだ危機の表面化の一丁目の風景にすぎない。
 
外食産業、ホテル、観光業など今後破綻が表面化することは間違いない。
先行き不安で大型消費の意欲が減退し、住宅もクルマも売れていない。
 
また在宅勤務の普及でオフィスビル需要にも急ブレーキがかかっている。
 
非常事態である。
コロナウイルス感染も怖いが、倒産失業の次の猛威にどう対処するか。
 
まだ危機は始まったばかりだ。

★トンネルを抜けたらまたトンネルが待っている

2020年5月15日

緊急事態宣言が5月末まで延長され焦燥感が募っています。
ただ、最も感染者が多い東京をはじめ、大都市の感染はどうやら峠を越えたようだとも皆が感じ始めています。
世界的に見ても日本よりはるかに多くの死者が出て厳しいロックダウンが行われていたところでも外出制限が解除され、経済再開の動きが始まりました。
第二波が来る可能性も強いし、もっと長期的に次の冬にかけてさらに大きな波が来るかもしれないという危険性と隣り合わせていますが、経済を動かさなければ干乾しになってしまうという現実を睨みながら、まさに「おっかなびっくり」の出口模索が始まりました。
しばらくは、行きつ戻りつを繰り返し、本当に経済活動が以前の水準に戻るまでには1年以上の時間がかかると見たほうが間違いなさそうです。
そしてたとえ経済活動が再開されてももはや前と同じ景色ではないと思うべきです。
食事と会話を楽しむレストランは今までと同じ需要が戻るだろうか?
五輪を想定して建設ラッシュだったホテルの需要は期待通りだろうか?
テレワークが一般的になれば、高層オフィスの大量供給は必要だろうか?
通勤電車の需要はどうなるだろうか?
出張しなくても済んだのに、リニア新幹線の需要はあるだろうか?
豪華クルーズの需要は回復するだろうか?
長期間自粛経済に対応した経験は、一気にこれまでの既成概念を壊すはずです。
私はウィルスの克服までの苦難よりも、こうした経済大変動の余波のほうが大きな影響を社会に与えるとみています。
本格的な需要縮小社会という現実が待ち受けています。
すでに日本は人口が減り始めていました。その悪影響を感じないで済んでいたのはこのところ急増していた外国人の旺盛な消費需要が補っていたからです。しかし外国人観光客がもとの勢いを取り戻すのには5年以上はかかるでしょう。
ウィルスが去ったあとも日本の病根は相当に根深いのです。
 
政府の責任も大きいですが、我々は自分の仕事をどう新しい時代に対応させるか真剣に考えなければなりません。
行政の支援は必要ですが、それだけで生き残れるわけではありません。
ビジネスをやめる、商売替えをする、中途半端にこれまでのビジネスを続けるだけで生き残れれば幸せですが、多くの人がもっと大胆な決断を求められていると思います。

★新しい生活様式は社会を変える?

2020年5月 8日

緊急事態の延長以上に気が重くなったことがある。
それは専門家会議が、今後国民に生活様式の変更を提言する内容だ。
緊急事態解除後も感染拡大リスクを回避するため国民に生活様式を変えることを具体的な例を挙げて提示している。
それによると
★帰省や旅行は控えめに
★だれと会ったかをメモする
★手洗いや換気をこまめに
★買物は通販も利用
★食事は横並びに座る
★冠婚葬祭での多人数での会食を避ける
★仕事で行う会議や名刺交換はオンラインで
などが挙げられている。繰り返すがこれは緊急事態解除後国民に実践すべき「新しい生活様式」として提言するものだ。
つまり期間限定ではなく、これからずっとこういう生活をしてほしいということなのである。
これはこうも読めないか。
レストランや居酒屋、結婚式場などは商売替えしろ。大部屋で働くような巨大オフィスビルは不要だ。旅行業などもってのほか・・・・。
この提言通りの生活を皆がするかはわからないが、いずれにしてもこの長い暗いトンネルを抜けた後、私たちはライフスタイルの変更を迫られ、必然的に街の風景も変わらざるを得なくなる可能性が強い。
過去と同じではない、 変化対応しないと生き残れない。
ダーウィンの進化論を実践するしかないということである。

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