「西村晃のマーケティングの達人 大繁盛の法則」企業経営・売上アップのヒントを提供

今週のズバリ

バックナンバー

百貨店はなぜ衰退するのか

2020年3月16日

2019年に閉店した伊勢丹相模原店。1990年に開店した当時はおしゃれな郊外型百貨店としてセレブな主婦が押し寄せた。駅からも近く、市営駐車場も隣にあり1000台以上収容可能、駅から百貨店の中を通り抜けて裏にある大きなマンション群に道が通じており、人通りも多くしかも隣に文化ホールまであるという。文化発信の百貨店ビジネスにとっては申し分のない立地だった。百貨店を扱うトレンディドラマの舞台になって知名度も抜群だった。
そんな百貨店が30年ももたずに閉店した。
伊勢丹相模原店だけではない。近年伊勢丹松戸店、府中店、そごう柏店あるいは秋田西武、徳島そごう、甲府の山交百貨店、山形大沼百貨店などが相次いで閉店あるいは閉店を発表した。大都市郊外に立地している店や地方の県庁所在地で長年商業の中心として城のように君臨してきた老舗店が次々に「落城」している。
今比較的安泰なのは銀座や新宿、日本橋に心斎橋、博多に栄といった大都市中心部の百貨店である。ここは外国人観光客の買い物が期待できる。日本に来る年間3000万人ほどの外国人は札束を握りしめ何か買いたいと思ってくる人たちだ。その消費の受け皿となりうるのは繁華街の百貨店であり、地方や郊外の住宅街に立地する百貨店や食品中心のスーパーなどではその恩恵を得るのは難しい。
かつては小売りの王様と呼ばれた百貨店の凋落が激しい。
バブルのころ9兆円あった日本の百貨店売り上げは、ついに昨年6兆円を割りこんだ。都心店を除けば特に上層階ほど人影もまばらという店が多い。
大きく分けて百貨店凋落の理由を三つ挙げて考えたい。
一つは他の販売チャンネルとの競合、二つ目は消費者の変化、そして百貨店業界の構造的要因である。
百貨店が最盛期から30年余り。この間郊外型のショッピングセンターが全盛となった。百貨店は地方都市でも中心市街地にあるのが基本的な立地だ。しかし郊外に新しくできたショッピングセンターは駐車場が大きくクルマでのアクセスが便利で、若い家族やカップルなどはこちらに魅力を感じるという人が増えていた。大型量販店の出店も土地を確保しやすい郊外が中心で、旧来の百貨店は陳腐化が進んだ。
そしてここにきてネット通販など新たな販売チャンネルとの競合も無視できなくなっている。
百貨店も対抗上ネットショッピングを立ち上げているが概してうまくいっていないようだ。
なぜか?
ネット通販とは極論すれば世界のどこからでも購入できる仕組みだ。ところが例えば九州に住む人がいきなり北海道の百貨店のネット通販から買い物をするかといえばそういう例はほとんどないという。電鉄系の百貨店なら沿線住民というように日ごろからなじみのある店のネットを利用することはあってもよほどの特産物を探すことでもない限り、知らない街の百貨店のネット散策はしない。つまりネット戦略は百貨店にとって市場を広げることにはつながらないのだ。
また、消費者の変化についていかれなくなっていることも百貨店の問題点だ。
百貨店というとテレビなどはすぐに「デパ地下」を取り上げたがるが、いくらそこにお客が集まっても百貨店の経営全体の構造的問題の解決にはならない。
百貨店の売り上げと利益の大半は婦人服を中心とした服飾雑貨だからだ。
高級な洋服、重衣料と言われるコートやスーツが売れて初めて百貨店は利益が出る。しかし消費者のカジュアル志向が高まり、高額衣料品への需要が減ってきている。また百貨店の売り場はメーカーが仕切り、派遣社員が自社の商品を売り込むのが常識だ。よく百貨店で店員がしつこく付きまとい落ち着かなかったという苦情が出るが、それはほとんどの場合百貨店社員ではなく、メーカーからの派遣社員で、かれらは自社商品を買わそうとしているためにこうしたトラブルとなる。
また近年のショッピングセンターや人気のカジュアル店では、ユニセックスな売り場や、洋服に合う靴やバッグ、装身具などを関連販売するトータルコーディネート販売が常識なのに、百貨店は相変わらず「1階は装身具、2階から4階は婦人服、5回は紳士服」といった売り場構成を変えられないでいる。これも結局は専門メーカーに売り場を任せているからで、結果的に売り場構成が顧客ニーズとかけ離れる結果となっている。
そもそも上層階に数千台収容の大型駐車場があり、横に長いモールをベビーバギーで歩いて移動することの郊外型ショッピングセンターの便利さに慣れた若い家族が、地下から10階くらいまで縦に移動しなければならず、駐車場があったとしても売り場から離れた別棟だったりする古い構造の百貨店に返ってくるとは思えない。
こう考えてくると、百貨店は新しい販売チャンネルとの競争にも勝てず、消費者ニーズの変化にも対応できない構造的な要因を抱えていることに行き当たる。
今後百貨店が生き残るには、消費者ニーズに合った店舗建設やメーカー任せにしない売り場つくりと商品仕入れなどが求められる。
しかし百貨店各社のトップはもちろん役員部長クラスも中高年男性ばかりで、女性ニーズに敏感にならなければならない商売にもかかわらず女性の登用すらままならない体質から改革の処方箋が出てくるとは考えにくい。
残念ながら百貨店の未来は暗いと言わざるを得ない。

戦後最大不況を覚悟しよう

2020年3月 9日

今回の新型コロナウィルスによる経済の停滞は、日本はもとより世界経済に戦後類を見ないような深刻な影響を与えると予想する。
特に日本では土地バブルの崩壊が起きる。
ここ数年日本では東京や大阪、福岡など大都市と、ニセコ、石垣島などリゾート地を中心に土地価格の上昇が起きていた。
その大きな要因は「外国人」であった。
オリンピックや万博をはじめ外国人観光客を当て込んだホテル開発、渋谷や高輪、麻布台に大手町などで顕著な外資系企業のオフィス需要に期待する高層ビル建設ラッシュ、そして乱立タワーマンションでは上層部の高額物件を中心に中国人などによる
投資目的の購入がブームをけん引していた。
こうした「外国人需要」が一気に引いたのである。
設備投資低迷のなか、金融機関はこうした不動産投資への後押しに熱心だっただけに、
今回のコロナ騒ぎで一気に融資が焦げ付くことが予想される。

五輪の開催も難しい。
いくらIOCや日本が五輪を強行開催しようとしても、世界各地でのウィルス感染が収まらなければ選手受け入れが難しいし、また各国が日本への選手派遣を行わない可能性も大きい。まさか五輪を無観客開催というわけにもいくまい。
五輪の経済効果はもはや期待できそうもない。
そうでなくても日本は消費税引き上げ後の消費の落ち込みに直面していた。
消費税が導入されて30年。日本の消費を支えてきた団塊の世代は30年前は40代前半だった。
子供は学齢期、住宅や車の購入に旺盛な年代で、消費税導入や税率引き上げの前に駆け込み需要もしてきたはずだ。
しかしその世代もいまや後期高齢者年齢に近づき、消費意欲に乏しくなり税率引き上げ前に駆け込み需要すら発生しない。
年金暮らしだから増税があればひたすら消費を切り詰める。
高齢家庭ではもともと食料品以外はあまりほしいものもない、主たる収入年金という家庭の割合が今後減ることはないから、消費税率変更の影響はそのまま需要抑制につながってしまう。

こうした構造的ともいえる要因を抱えて不況に突入していたところにコロナ不況が突然押し寄せてきたわけだ。
景気の気は気分の気である。
出かけることもままならないときに車や洋服、靴を買おうとも思わないだろう。
旅行や外食関連産業は絶望的だ。スポーツジムも閉鎖していれば新しいウエアも買うまい。
企業活動も低迷、しかも明確にコロナ禍が去ったという宣言を出すタイミングは極めて難しい。
外国人の観光需要もなく、最低でも今年夏までは経済が事実上止まったような状態が続く。気がつけばもう秋風が吹いているかもしれない。
 

災いはいつも急ぎ足でやってくる

2020年3月 2日

2011年をまた思い出すような3月になった。
未曽有の津波災害に原発事故が加わり、私たちはこの国の行く末に大きな危機感を覚え、桜の花見どころではなかった。
そしていままた、旅行はおろか会社や学校に通うという当たり前のことさえ不安にさいなまれる時を過ごしている。
1か月ほど前まで、この国は外国人に占拠されたようだと話していたのに、銀座や浅草、京都や心斎橋からぱったりと外国人が姿を消してしまった。
中国からの逆輸入が当たり前の経済になって久しいのに、その中国からモノが入りにくくなった。
誰が仕組んだんだ!そんなバカなことがあるか!
というようなことがまさか本当に起こるとはだれが予知していただろうか。
災いはいつのまにか急ぎ足でやってくる。
地震はあるかもしれない。
台風だって覚悟しておいたほうがいい。
災害大国ニッポンだけにそんな覚悟はどこかでもっていた。
でもまさか疫病禍が直撃するとは、予想の範囲を超えていた。
もしこれでオリンピックが中止、あるいは延期になったとすれば
声も出ない。
しかしそれでもあえて言う。
あらゆるリスクに備えるのが経営である。
いつ何時よその国からミサイルが飛んできても想定のうちと言わなければならない。
いち早く実態をつかみ冷静に分析し、次の一手をうつ心構えを再確認するしかない。
リーダーの心得とは総理大臣はもちろんだが、たとえワンマンカンパニーの社長でも基本はおなじはずだ。

送料はだれが負担する

2020年2月21日

ネットを中心とした通信販売の送料負担が今後大きな問題となりそうだ。
ネット通販の楽天が3月から3980円以上購入すると送料を出店者負担で無料にするという方針を示したことで、一部出店者が独占禁止法の「優越的地位の乱用にあたる」として公正取引委員会に調査を求めるなど強く反発している。
「送料無料を打ち出しているアマゾンに対抗するためには、ここでみんなが力を合わせなければならない」と社長は反論している。
遠隔地に商品を送る場合に送料というコストは必ず発生する。
問題は誰がそれを負担するかだ。
商品を購入した顧客自身、商品を販売するメーカー、あるいは通信販売などの主催企業などが考えられる。
顧客が負担するのが一般的ではあるが、これだと店頭購入時より割高になるので、通販の魅力が薄れてしまいかねない。これをサービスすることで業者は顧客獲得競争に勝とうとする。
ネット通販大手がまず考えたのが、宅配会社に大量に仕事を発注することで、宅配費用を格安に設定してもらうことだった。宅配会社は配達費用を割り引いたうえに物流倉庫内でのピッキング作業なども請け負うなどして、独占的に仕事を請け負おうとネット通販会社に食い込みを図ってきた。
実際に宅配会社の物流センターに見学に行ってみると、流れている商品のかなりの割合が大手ネット通販会社の商品であり、これを受注するかしないかで業界シェアを左右することになりかねない。
ただ、大手ネット通販の受注は宅配会社にとって赤字覚悟の大盤振る舞いで利益率の減少を招く。その分をほかの顧客への値上げで補おうとすれば反発も必至だ。
またもう一つ問題がある。
大手ネット通販の配達の多くは実は時間指定便で、それも夕方から夜にかけての時間帯に集中しているという。昼間働いている比較的若い顧客が多いからだ。
宅配便ドライバーは朝早くから勤務しているから夜のほうが忙しいとなれば超過勤務が問題になる。働きすぎ改革のなかで宅配便ドライバーの勤務管理は大きな問題だ。
このように宅配業者のコスト増と人手不足がもはや限界に達しているというのが現在の問題だ。
そうなると、あとは出品するメーカーなどへの負担要請しかない。
今回の楽天の出品業者への送料無料要請もこうした流れの一環だといえる。
しかしどんな形であれ、本来コストのかかっている送料の費用をだれかに負担させるということには無理が生じると思う。
便利、便利と言っていたコンビニも、年中無休24時間営業や、フードロス問題、賞味期限の近づいた食品の値引き問題など、これまでの経営スタイルが曲がり角に来ている。
同様に便利な通販も送料問題を皮切りに今後問題が表面化してくる可能性を感じる。
便利さを求めてきたライフスタイルが問われている。
 

ネットが変える街の風景

2020年2月17日

平成の最初のころ、まだケータイは普及していなかった。
ウィンドウズ95が出ていなかったからパソコンさえ一般的なものではなく、メールもインターネットも存在しなかった。
それから30年、急速なネットの普及で世の中の風景は様変わりした。
ネット通販の拡大で、多くのビジネスが淘汰された。
今年は5Gが実用化されるという。高速大容量の新世代通信が広まるとさらに時代は大きく変わると言われている。

平成の最初のころ、私は多くの経営者とともにアメリカのショッピングセンターなどの視察にたびたび出かけた。
ホテルや遊園地まで併設した大型のショッピングセンターは一つの都市ともいえる威容を示していた。
そこには様々なカテゴリーキラーと言われる専門ディスカウンターが軒を連ねていた。
しかしいまやアメリカではショッピングセンターは空き店舗を埋められず閉鎖も相次いでいる。
言うまでもなくネット通販がリアルの店舗を席巻している。
家賃や人件費をかけてショッピングセンターに出店するよりもネット通販のほうがコストがはるかに安い。
同様に証券会社や保険会社、また旅行代理店などのサービス業もネット販売に比重が移ってしまった。

平成の30年間に起ったことが令和時代には10年で起こる。その第一歩が5Gだろう。
まず最初に起ることは銀行店舗やATMの激減である。
ネットバンクとコンビニATMの普及、キャッシュレス決済の普及などで銀行が自らATMを設置する必要がなくなってきた。
平成の最初のころ有人店舗が無人店舗になると騒がれたが今度は無人店舗さえ消えるのだ。
次に全国の駅前にある塾の淘汰が始まる。小中学生が持つスマホに有名塾講師の授業が一律動画配信されるようになる。
塾も家庭教師も不要になるのだ。
すでにスマホゲームにより若い層はパチンコ店離れが進んでいる。
現在全国の駅前には金融機関、パチンコ店、学習塾は必ずと言っていいほどあるが、これらが近い将来消え始める可能性が大きい。
そうなれば街の風景はどうなるのだろうか?

平成の時代商店街の衰退が大きな問題となった。
中心商店街が郊外にできたショッピングセンターに駆逐されると皆が騒いだ。
しかし今やショッピングセンター自体も冬の時代に入ろうとしている。
そして駅前にかろうじて残っていた業種もネットの影響を免れなくなりそうだ。
街から賑わいが消えてゆく。
それを果たして進歩と呼べるのか。
私たちに突き付けられた課題は大きい。

世界史の転換点としての令和

2020年2月10日

世界史の三大発明といえば火薬に羅針盤、そして活版印刷である。
これらの出現で人類の歴史は大きく塗り替えられた。火薬を握った国が軍事力で領土拡張に乗り出し、羅針盤により遠洋航海が可能になったことは新大陸の発見や遠隔地貿易、そして植民地獲得という帝国の出現を後押しした。
また活版印刷の普及で情報流通革命が促進され、市民社会が実現した。
ここまで述べてふと思い当たるのは、いままさにこの三大発明にも匹敵する次のイノベーションの波に世界はほんろうされているのではないかということである。

現代において火薬にあたるものは核兵器だ。
皮肉な言い方をすれば途上国が大国に征服されない最大の抑止力は核を持つことだ。核保有を宣言した国で侵略された国はない。北朝鮮がもし核を持っていなければ、アメリカと対等に話し合うことなどできず、ならず者国家などとののしられ軍事的に葬り去られていたはずだ。イランがアメリカの攻撃を受けて核保有に傾くのも同じ理屈だろう。
羅針盤にあたるのが、AIではなかろうか。自動あるいは無人で車が走行する、ロボットが人間に代わって作業を行うというときその頭脳としての人工知能の役割が期待される。そして活版印刷による情報革命に匹敵するのがインターネットだろう。まさに紙の印刷を電子データに置き換え大量の情報を高速で送ることにより社会を変えつつある。
火薬、羅針盤、活版印刷は多少の時間差があって世界に普及したが、今日核とAIとインターネットはほぼ同時並行で国と社会に変化を迫っている。
期待とともに、人間が発明したものに人間が押しつぶされるかもしれないという脅威の中に今私たちは存在している。
平成の30年で起きたことは令和では10年で起こる。
世界史の転換点としての令和という立ち位置を私たちは認識しなければならない。

ボーダーレス社会との付き合い方

2020年2月 3日

新型肺炎の急速な拡大が世界を震撼させている。
中国政府は団体ツアーの出国を禁止した。
これは日本経済にも大きな影響をもたらすはずだ。
たくさんの外国人観光客が日本を訪れるようになったことは喜ばしいが、海外からの来訪者は戦乱や政情不安はもちろん、
こうした疫病にも左右されるリスクを抱えることは宿命とも言える。
オリンピックの年に外国人観光客4000万人を目標に掲げているまさにそのときに、韓国からの観光客激減に続き、最も観光客が多い中国からの観光ストップのダブルパンチとなった。
 
ホテルの宿泊キャンセルはじめ、旧正月の大旅行ブームを当て込んでいた小売業などへの影響は計り知れない。
 
いつこの肺炎騒ぎが終息するのかめどが立たない。半年と迫ったオリンピックへの影響も心配される。
一つ対応を間違えると、中国も日本も国の統治能力が問われかねない事態だ。
ボーダーレス社会はなにもかもあっという間に国境を乗り越えて世界を一つの土俵にひきずりこんでしまう。
SARSが流行したのは2003年。この年の日本への外国人観光客は500万人前後、今の6分の1の規模だった。
今回の新型肺炎が日本に広がる規模とスピードは当時とは比較にならない。
政府はもちろんだが、たとえ自分が海外に行かなくても国際社会の中に自らも組み込まれていることを真剣に考えるきっかけとしたい。

消費の主役はシニアと外国人

2020年1月27日

シニアになるとお金を出す対象はモノではなくなってくる。
若いころなら車や家、家電製品やパソコン、服など欲しいものがたくさんある。
しかし、次第に物欲がなくなってくるものだ。
高齢社会とは、需要減退社会のことである。
2019年の消費税引き上げ前の駆け込み需要が、かつての引き上げ時ほどはなかったこと、とくにこれまで最も駆け込みが多かった住宅とクルマにその兆候がほとんど見られなかったことはそれだけこの数年間に高齢社会が進展したことと無縁ではないとみる。
では、高齢者はどんなことにお金を使うのだろうか。
一口にお年寄りと言っても様々だ。年金暮らしで生活に精一杯という人も少なくない。
政府が社会福祉を考える時、こうした人々の生活をどう守るか考えるのは大切なことだが、一般企業が自らの経営を考えるときに、「年金ぎりぎりの生活をしている人に提供する商品を作りたい」と思うことはまずありえない。
お年寄りでもある程度の生活に余裕がある人、できれば富裕層に商品を提案したいと思うはずだ。
その商品のキーワードは「文化と伝統」だと考える。
美術館や博物館に足を運べば、どこも大盛況。その中心はシニアだ。
特に最近気が付くのは休日と平日の動員力に差がなくなっていることだ。
平日の主役はもちろんリタイア世代。その絶対数が増えていることが追い風になっている。日々の生活に事欠く人が美術館に通うとは思いにくい。
これまで前期高齢者だった団塊の世代は元気いっぱい国内・海外の旅行に出かけて老後の自由を満喫していたが、この年齢層が今後後期高齢者になると体調を気遣い今までのようには旅行にいかなくなってくる。せいぜい日帰りで近くで楽しもうというとき、美術館や博物館めぐりは格好のおでかけテーマになる。
これはますます増える外国人観光客をターゲットにした時にも同じだろう。
初めて日本に来たという人なら化粧品やブランド品、菓子に医薬品などの爆買いに必死になるだろうが、何度も訪れるリピーター客には新たな興味を提供しなければならない。
それは日本そのもの、つまり日本の伝統や文化だ。
東京両国の江戸東京博物館。
近年とみに増えたのが外国人の来館者だ。
国別の統計は取っていないようだが、ボランティアガイドの人も英語や中国語での説明を求める人は年々増えているという。
彼らはとくに江戸時代の町のつくりや江戸の暮らし向きに関心をよせる人が確実に増えている。四季があるこの国で花見や正月を体験したい、祭りや定期市などに行ってみたい。東京など大都市ばかりではなく地方の古民家を訪ね、職人の伝統的なものつくりを見てその商品を手に入れたい。
独自の歴史を持ち文化を育んできたこの国は、何もカジノなどに頼らずとも、リピーター客の好奇心をくすぐる魅力が尽きないと思う。
日本の食はもちろん着物など衣料品や民芸的生活雑貨に親しんでもらう。神社仏閣や古民家、町家などに関心を持ってもらう。陶磁器造りや和紙手すきなど職人の技を体験してもらうといったことは、シニアへの提案であり外国人への提案でもあるはずだ。
自動車や家電といった産業なら巨大資本が必要で大都市の大企業が主役になるが、こうした日本的なものの担い手は地方の零細企業や職人である。これまで経済的には劣勢とみられていた人たちが産業の主役を担う時代が来たと考えるがいかがだろうか。

寅さんが歩いた日本の原風景

2020年1月20日

「男はつらいよ50 お帰り寅さん」を見てきた。
これまでの49作品をDVDですべて見た後に今回の50作目を劇場で見ることになったので感慨もひとしおだった。
劇場はほぼ満席、その大部分は中高年だった。
寅さんは全国を放浪するテキ屋稼業、その仕事場は神社などの縁日だ。
正月公開の映画が多かったから初詣シーンがよく登場した。
地方の神社でも当時は実に賑やかで、しかも多くの参拝客は和服姿が映し出されていた。
寅さんは飛行機も新幹線もほとんど使わない。
そもそもあの格好では似合わないだろう。
ケータイもスマホとも無縁で赤電話の前に10円玉を積んで慌てて近況を伝える。
宿泊も「ビジネスホテルなんて味も素っ気もなくて嫌いだぜ。温泉に入りおかみが熱燗つけてくれる。それで朝飯もついて500円くらいで泊まれるところがいい」。
 
そんな寅さんが旅をしたところは島根県津和野、兵庫県三木、備中高梁、京都伊根の舟屋、佐賀県小城、福岡県秋月など地方のひなびた町だ。
古民家が似合い職人の手仕事が今も残るような土地を寅さんは旅した。

時代は高度成長時代。新幹線がどんどん伸びて、飛行機の旅も気楽にできるようになりつつあった時代にあえて山田洋次監督は古き良き日本の風景を記録してきた。
シリーズ開始から半世紀。ローカル線を走る蒸気機関車の風景などもはや取り戻すことはできない貴重な映像が「男はつらいよ」には残されている。
単なる昔を回顧するだけでない。
近代的な超高層ビル立ち並ぶ都市開発なら北京でもシンガポールでもドバイでも日本以上のものが見られる時代に、多くの外国人が日本観光に期待するものはなにかを考えるうえでも「男はつらいよ」は大きなヒントを内包しているのではないだろうか。
 

片づけるということ

2020年1月11日

散らかっている部屋や机を「片付ける」と言いますね。
一方で仕事を終わらせることも同じ「片づける」と言います。
これはけっして偶然ではありません。
乱雑になっているものや不要なものを捨て同じジャンルのものはひとつにまとめ、順序だてて並び替える。この作業と仕事を進めて仕上げて行く作業は極めて類似性が高いと思いませんか。
朝、オフィスの自席に座ると前日からの書類や郵便物などが山積みされています。それらに目を通し、一つ一つ決済や担当者に指示を出して行く。
それこそが日々の仕事のはずです。
朝、乱雑だった机の上が次第に片付きなにもなくなった時が一日の仕事の終わり。
そう決めれば作業処理の目安がたち、やり忘れも防げるのではないでしょうか。
パソコン内の仕事も同様です。返信などが必要なメールは一時保存や下書きなどのホルダーに移しファイルに名前を付けて保存したり  整理項目別にメールを保存する。受信トレイを文字通り片付けてゆくことがパソコンの仕事です。
そして受信トレイのメールをすべて片付けたあと、下書きなどに一時保存したメールに返信するなど処理し、すべて終えて本日のパソコンの仕事は一段落というわけです。
身のまわりがいつも散らかって片付けられない人は、頭の中も整理できず、ダンドリも苦手で結局仕事も片付けられないのではないでしょうか。
整理は仕事に通じる。年や月の終わり、週や一日の終わりにどう仕事に区切りをつけるか、これは永遠のテーマかもしれません。

前の10件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11