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なぜベストを尽くさないのか

2017年11月21日

アメリカの元大統領 ジミーカーターの著作名です。
私の座右の銘。
いつも心の中で叫びます。
なぜ ベストを尽くさないのか。

時々怠けます。
そんな時自分を叱るもう一人が言います。
なぜ ベストを尽くさないのか。

周りを見ても、どう考えても真剣に取り組んでいるようには見えないのにできない言い訳だけは特異な輩がいます。
なぜ ベストを尽くさないのか。

この言葉と毎日戯れています。

 

和菓子屋に学べ

2017年11月17日

以前イオンの岡田卓也名誉会長に、全国あちこち行くと近くにイオンができちゃってねという嘆きの声が商店街から聞こえますと、意地悪な質問をしたことがありました。

その時の岡田さんの答えを忘れられません。

「西村さんね、地方の商店街で生き残っている店があるんですよ。我々では勝てない店、それは和菓子屋さんです」

なるほどと思いました。

大手メーカーの仕入れ商品なら大手スーパーが安く売ることができる。
しかし和菓子屋の多くは 自家製造で 季節に合わせた旬のオリジナリティあふれる商品を作ることができます。

もちろんそれだけで生き残れるほど甘くはないけれど、大手にはできない独自性あふれる商品で勝負するという発想は大切ですね。

 

こんな時代だから この家康の言葉を共有しましょう

2017年11月16日

「人の一生は重荷を負いて遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず。
不自由を常とおもへば不足なし、
こころに望みおこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもへ。
勝事ばかり知りて、まくる事をしらざれば、害其身にいたる。
おのれを責て人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり」

                                (家康公遺訓)

 

1分で原稿用紙1枚

2017年11月15日

「テレビで紹介してください」といった売り込みを昔ニュース番組の責任者をしていた頃毎日のように受けました。

郵便では見られません。電話は取りません。そこで会いに来ます。

時間がないと思いながらも受付に降りてゆくといるいる。

せいぜい30分だなと思ってようやく会ったのに

「当社は創業明治★年で、もともとこんな商売をしていました」

沿革から話さないと気が済まないのです。

最初の1分でこちらの聞く気は失せます。

コマーシャルは高い金払ってわずか30秒ですよ。

いかに聞き耳を立てさせるかが勝負なんです。

この国は「国語」という授業で上手な話し方を教えない珍しい国です。

だいたい過去を振り返って国語の先生だから話がうまかったという記憶在りますか?

いかに最初の1分で相手を引き込むか。

訓練すればおもしろいように商談はまとまります。

1分で話す分量は原稿用紙1枚程度、つまり400字。

さあ訓練しましょう。

1と1を足さないと1さえ残らない

2017年11月14日

何もしないで生きられると思わないこと

立ち止まれば後退を意味します。

前にもがく努力をしなければ後ろに下がるだけ

何処かと連携しないと己の存在はなくなります。

2位と3位が連合しなければ1位しか生き残れません。

1位もあるけれど2位も3位も生き残れた時代は終わりました。

1位しか生き残れないんです。

人生小選挙区時代、死票という名の屍累々

 

大黒柱にクルマをつけよ

2017年11月10日

イオンの岡田家の家訓です。
大黒柱はどっしり構えて動くな、とよく言いますがそうではない、お客さんが変われば、商売は変わらなければならないという意味です。

岡田卓也名誉会長が復員した時、岡田屋呉服店は三重県四日市市の辻というところでお姉さんが切り盛りしていました。
しかし久しぶりに帰ってくるとかつての繁華街辻は寂れていた。
どこが賑わっているかと言えば、復員登録に来る市役所周辺だった。
そこで岡田屋呉服店は、市役所近くの諏訪神社参道へと店を移転させ商売は繁盛する。

その後東海道新幹線に対抗して、近鉄が高速化を実現、四日市駅が移転すると新駅の前が繁華街となります。
そこに作ったのがジャスコ1号店。
その後スーパーでは時代に乗り遅れると四日市の郊外にイオン四日市ショッピングセンターを作ります。

後年取材に行きました。
辻に行くと住宅地。
「このあたりにかつて岡田屋という店があったはずですが」と聞いても誰も知りませんでした。
ようやく探し当てた住所には普通の民家がありました。
諏訪神社参道の岡田屋跡地は貸し駐車場、駅前にあったジャスコ1号店は今は取り壊されています。
ジャスコとは岡田屋とフタギとシロというスーパー3社の合併で作られました。
その後、スーパーでは生き残れないとイオンという流通コンツェルンに変容させたわけです。

大黒柱にクルマを付けていなければ、今日のイオングループはなかったはずです。

流通の勝ち組に数えられるイオンですが、その歴史をたどると常に創造的破壊がありました。

 

企業の寿命は30年、しかしサラリーマン人生は40年ある

2017年11月 9日

戦後すぐ東京大学を出た優秀な人が目指した企業は石炭と繊維でした。
昭和30年代は鉄鋼と造船、昭和40年の流行語は「銀行よさようなら 証券よこんにちは」、昭和50年代は流通の時代で百貨店やスーパー、バブルのころはノンバンクに不動産・・・・。

皆そのときの旬の企業を目指します。
でも昔から企業の寿命は30年と言われます。
就職の時に旬であったということは、もう寿命を相当使い果たしている企業かも・・・・。
悲しいかなサラリーマン人生は40年はあります。
石炭と繊維は、エリートが中高年になるころ斜陽となり、
鉄鋼と造船は石油ショックでリストラ、
証券会社に入った人が中高年になるころバブルは崩壊しました。
百貨店やスーパーの今の苦労は推して知るべしです。

いまはコンビニ、ネット、宅配の時代かしら
でも40年もってくれるかは疑問です。

 


 

1時間に15分は4つある

2017年11月 8日

締め切り効果、ご存知ですね。
試験前の一夜漬けのように締め切り前にスパートします。
だとしたら1時間に4回締め切りをつくればいいのです。
時間は、分割して統治せよ。
だらだら1時間より、15分単位で4つの異なることをやったほうが能率が上がります。

もともと飽きっぽくて集中できないという自分の短所克服で始めた手法ですが、私には向いています。

 

行ってみる、買ってみる、食べてみる

2017年11月 7日

自分で街を歩くのはもちろん、なるべく多くのテレビや新聞、雑誌などにも触れて
トレンディ情報に触れる努力をしています。

ただ、聞いたこと見たことをすぐには、アウトプットはしません。

それは他人が取材した話であって、果たしてそこで報じられている価値が本当にあるかは自分で確かめて見るまではわからないので、私の口から話したり書いたりしてはいけないと思うからです。

「テレビでやっていた」というだけでは、私が語る理由にはならないと思うからです。

ではどうするか、

一次情報に触れると、それを「ポスト・イット」に書いて、自分の手帳に貼り付けておきます。

レストランや小売店ならば、なるべく早く行ってみる。

本当にカネを出しても満足できる内容か身銭を切って確かめるのです。

ホテルなどなら泊まってみる。

食べ物ならば買って食べてみる。

自分で経験しなければ情報ではないと思うからです。

私が講演などで話す、原稿に書くというアウトプットする情報は、すべて私が見つけたものであることが理想ではあります。

しかし、おのずから限界もあります。

そこで、たとえ誰かが見つけた情報であっても、実際に自分で確かめてみることは

欠かせないと思います。

フェイクニュースという言葉が今年は流行りました。

フェイクかどうかはこの「裏取り」によって見分けられます。

 

 

今年も年賀状売り出しのシーズンになりました

2017年11月 6日

あなたは毎年何枚くらい書きますか?
メールやLINEの時代になって、年賀状を書く習慣も薄れてきたようです。
大学生などに聞くと一枚も書かないという人も珍しくありません。

私は若い頃年賀状を書く枚数を毎年50枚ずつ増やすことを目標にしてきました。
将来独立するために人脈を拡げるバロメーター、と位置付けていたからです。
400枚になったら転職、1000枚になったら独立と数値目標を決めていました。
独立から20年、数年前には2000枚を超えるようになりました。

ただ近年気が付いたことがあります。
2000枚出しても返事が来るのは700枚に満たなくなってきたのです。
2000枚の相手の多くはビジネスマンです。
会社支給の年賀状が減り、年賀状が自己負担になってきているようなので、正月明けに会社に届いた年賀状に対して、わざわざ自分で購入してまで年賀状の返事を出さないという人が増えたのかもしれません。

それだけビジネスの現場での年賀状の役割は減りつつあるようです。
私は昨年からあえて方針を変え、いただいた年賀状に返事を書く方法に切り替えました。

時代に合わせた方法を模索する必要も感じます。
ただ逆に年賀状を出す枚数が減れば減るほど、本当に心の通った便りになるのかもしれないとも思います。

SNS時代の新たな付き合い方の模索です。


 

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