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★常識が覆る

2020年12月22日


今年は当たり前のことが当たり前でなくなった。
気軽に海外旅行に出かけることがかなわなくなったこともその一つだろう。
私たちは物心がついてからお金と時間さえあれば海外に行くことは誰にも可能なイベントの一つだった。
卒業旅行、新婚旅行、あるいは夏休みなどのバカンスに気軽に旅立つことができた。
これまでの常識を覆すことがいま世界中で起きている。しかもいつまで続くかわからない。
これは世界に大きな価値観の変容をもたらすことになるのではないか。
世界を股にかけての交流、通商などが絶える。敵対する国同士の間だけなら予想もつくが、世界どこの国とも行き来が停まるということは地球の歴史を相当後戻りさせることになる。
そんな状況が1年続いた。
2年目に終わるのか?
終わらなければ3年、いや5年と続くのか?
ここ数日のニュースでヨーロッパの国々とイギリスを結ぶ飛行機の運行がストップしたと伝えている。あるいはフランス大統領と一緒に食事した各国の首脳が隔離されているというニュースもあった。
日本でもこの一年総理大臣や外務大臣さえ海外にほとんど出かけていない。
この先に何があるのか?
国際交流が停止する恐怖を感じている。
自国第一主義、ナショナリズムの台頭・・・。
どう考えてもあまりいい予想にはならない。
コロナが、世界の秩序をも変えるかもしれない。
 

★冬至

2020年12月21日

早いもので本日は冬至である。
夜明けは遅く、日暮れは早い。
冬にヨーロッパなどを旅すると昼間が短くとても損をした気分になったことを思い出す。
逆に夏のアラスカを旅したときなど夜中になってもまだ明るく、一日の長さにとてもお得な旅をしたと思ったものである。
 
夜の長きは、今の世界にたとえられる。
一部で始まったワクチンの接種に一筋の光明を見出そうとしているが、それで本当に夜が明けるのかはまだまだわからない。
それどころかクリスマスも正月も暗闇の中で迎えなければならない絶望感のほうが先に立つ。
かつて人類の歴史はコレラやスペイン風邪など感染症によって大きな曲がり角を迎えた。
新型コロナウィルスも私たちの文明を棄損させるほどの大きな影響を及ぼすに違いないと私は考えている。
もちろん過去と比べて医療技術の進歩やデジタル機器の普及という武器を我々は持っている。しかし一方で、超速で世界を移動できる発達した交通手段や、高密度の大都市環境といった現代の成果が感染拡大には弱点として働くという弱みも併せ持っているのだ。
 
冬至は最も長い夜である。
しかしやがて明けない夜もないはずだ。
再び朝日が顔を出した時、どんな世界が待っているのか。
本当のところは誰もわからない。

★すき焼きに下仁田ねぎ

2020年12月18日

群馬に引っ越してよく見かけるようになったのが下仁田ねぎである。
一般のねぎとは明らかに異なる形状だ。とにかく太い、その存在感に驚く。
1本のねぎで株分れは少なく、白根の長さは20cmあまりで直径は6~9センチのものもある。生では辛味が強いが熱を通すと特有の甘味がでてくる。
すきやきや鍋物の具材として使われる場合が多く、まさにいまがシーズンだ。下仁田ねぎとは群馬県甘楽郡下仁田町及びその周辺で栽培されていることに由来する。下仁田周辺以外でも栽培する事はできるが甘さ、やわらかさ、太さとも十分なものが出来ず、それゆえ他地域ではほとんど栽培されていない。下仁田以外でも栽培できるように品種改良が繰り返され、新品種のものもできてはいるが、在来種のものとは明らかに味が違うという意見も多い。群馬・長野の両県農事試験場が他地域での栽培の可能性を試験したが、群馬(前橋)では育ちが悪く、長野では育ちすぎて葉が硬くなるなど食べ物にならなくて、結局「下仁田ネギは下仁田におけ」という結果に終わったという。
下仁田ねぎは明治5年隣町の富岡製糸場の創業とともに、贈答品として需要が一気に高まった。その後、皇室への献上、明治・伊勢神宮での奉納農産物品評会での連続上位入賞で名産としての評価を得た。
下仁田ねぎは年に一度の収穫で、販売時期は11月~12月。お歳暮の時期とちょうど重なる事もあり、多くは贈答品として消費される。農家直売の路肩販売もさかんで、贈答以外はほとんど地元で消費されている。
下仁田ねぎと同じく名産のしらたきとくれば、もう赤城牛を奮発して、地元の卵も使い夕飯はすき焼きにしなければならぬ。

★コロナなお拡大

2020年12月17日

 東京都は新型コロナウイルスの感染者が16日新たに678人確認したと発表した。12日の621人を上回り、過去最多を更新した。「人工呼吸器か体外式膜型人工肺(ECMO(エクモ))を使用」とする都基準の重症者数は69人で緊急事態宣言解除後の過去最多を更新した78人より9人減った。 感染者678人の年代別では、20代が184人と最も多く、30代が123人、40代が107人と続いた。65歳以上の高齢者は94人だった。数字自体は検査数が増えているのだから増加していくのは当然と言えば当然ではあるが、その感染力は冬場に入り一強まっていることも間違いない。
アメリカやイギリスではじまったワクチン投与に期待する声は大きいが、感染拡大に一定の効果があったとしてもすでに感染した人の治療に効果があるわけではない。ワクチンに期待しすぎるのは早計ではないだろうか。
「GOTOトラベル」の停止も大きな決断だったが、この事業が感染拡大のすべての原因であるわけでもない。経済を止めてしまえば、影響を受ける人への補償も必要だが、政府の財政も火の車だ。
私は、コロナは我々が築いてきた文明を壊す可能性もあるとさえ考えている。日本で終息するのに5年、経済が元に戻ることはもはやない、という前提で行動すべきだと思っている。だから疎開までしたのだ。
株式市場のから騒ぎ、アフターコロナで成長する経済を毎日明るい表情でノー天気に伝える古巣の「テレビ東京」に、もしいま自分が勤務していたら直ちに辞表をたたきつけていただろうと思う。
おまえら本気かよ?

★服に福は来たらず

2020年12月16日

前橋での日常が始まって気が付いたことがある。
お洒落着を全く必要としないのだ。
毎日ジャージの上下にスニーカーで過ごしていても問題を感じない。
もちろんここ数日は引っ越しとその後片づけに翻弄されていたからという事情もあるが、落ち着いてきて仕事を始めるようになってもさして変わらない。
何しろテレワークで、引っ越してから一週間、まだ電車にも乗っていない。
外出のほとんどはクルマだからショッピングセンターなどへも普段着で問題はない。周囲の皆が同じような服装なのだ。
自分自身のことを考えてもおそらくよほどのことがない限りもう新しい服を買い求めることはないかもしれない。
ちなみに、これまでは年にコート1着、スーツは夏用と冬用各1着、それにジャケットやセーターなども購入していた。取り立ててお洒落のつもりはないが、毎日外を歩くし、講演などにも出かけるのでこのくらいのペースで買っておかないと体型の変化に合わない服ばかりになってしまう。
しかし、いまやテレワーク、オンラインミーティング、講演などもオンラインの時代になった。一度それでよしとなれば無理に経費をかけて一堂に集まることはコロナ後もなくなるだろう。
これでは服を新調しても意味がない。
アパレルメーカーや百貨店など小売の人たちには気の毒だが、残念ながら新しい服を必要としない時代が来てしまったのだ。外食産業や観光業ほどすぐに業績急落とはならないまでも、これから長期低落傾向は免れない。
価格を下げれば売れるというレベルではない。
需要がなくなったのだ。
百貨店の利益の7割は衣料品と言われる。またショッピングセンターの専門店街の半分以上を構成しているのも衣料品店である。
この時期売れ筋のコートなどが最も収益に貢献するのだが、外出自粛、ボーナス激減も加わり悲観的な見通しである。
ライフスタイルの変化が社会を大きく変えようとしている。

★納め詣

2020年12月15日

 毎年一年納めのお参りに行くことにしている。
12月28日前後である。
元日は大賑わいの川崎大師も年末はガラガラ、境内では正月の準備に追われている。
本殿に上がって祈祷をしてもらい、今年のお礼と来年の無病息災を祈ってお札をもらう。
多くの人に「初詣は元日でしょう」と笑われてきたが、このほうが仏様神様もゆっくり願い事を聞いてくださるゆとりがあるだろうと考えてのことだった。
 
そんな私流のお参りがこの年末は増えそうだ。
政府も「GOTOトラベル」を年末年始中止する決断をした。
帰省や旅行はもちろん、初詣も初売りも今回は期待できそうにない。
前橋市役所の近くに「ニューイヤー駅伝を路上で観戦しないでください」と横断幕が出ていた。
元日恒例行事、初めての群馬の正月を楽しみにしていたのだが・・・。

★討ち入りってなあに

2020年12月14日

元禄15年12月14日、大石内蔵助率いる赤穂48士が江戸本所松坂町の吉良上野介邸を襲い見事主君の仇討ちを果たした事件は、その後歌舞伎はもちろんのこと映画やテレビでも繰り返し取り上げられ、日本人の精神構造とも深く関わりあっていると言われてきた。
しかし近年、この「忠臣蔵」を知らない人が増えているようだ。
数年前、12月14日に泉岳寺ツアーを行ったのだが、参加した20代から40代の人たちの多くは私が事件の概要を説明して赤穂浪士の墓参りをするまで、どんな事件でなぜこの泉岳寺が関係しているのか知らない人がほとんどだった。ましてそれより若い人となれば、近年はテレビで紹介されることも少なくなっているだけになおさら知らない人ばかりではないか。
事件自体が直接日本の政治に関わることではなく、教科書でも取り上げられる内容ではないから、これはある意味仕方がないことかもしれない。
主君の無念を晴らすために命懸けで戦うという価値観もいまや尊重される考え方ではないのかもしれない。
やがて令和の次、あるいは次の次の時代になればもはや「忠臣蔵」も消え去る運命かも知れない、と思うと少しさびしさを感じてしまうのは私だけだろうか。

★新生活スタート

2020年12月11日

一週間ぶりである。
まるで飛行機で遠くへ旅行したような時間の隔たりを感じる。
テレビで見る渋谷や心斎橋のマスク姿の人の群れがよその国にみえる。
「コロナ疎開」とは我ながらよく言ったものだ。
家から出かけるのはクルマ、行く先の大型店の数々は広々して都会のような混雑とは無縁。
これならコロナはまず関係ない。
もちろん群馬もコロナと無縁ではない。
しかしそれは夜の街や、工場、病院などでのクラスターでいまの私の生活圏ではない。
 
三日間段ボールの海を泳いでいたがようやく椅子に座り、テレビもパソコンも動き出した。
夜が明ければ、山の稜線の美しさが待っている。
さあ新しい生活の幕開けだ。

ワーケーション 7 ★地元の人との共生

2020年12月 4日

 
知らない土地に移り住むと、人間関係が不安になる。
まず気が付いたのは、群馬県は茨城県や栃木県など近隣県と比べても方言がきつくないということだ。
知らない表現、異なるイントネーションの世界に中高年になってから入ってゆくのは正直たいへんだ。
今まで接したかぎり群馬県の言葉はきわめて共通語に近い。
また地元の人だけのコミュニティに突然新参者が入るのも気疲れする。
幸い新居の周囲は新興住宅地で比較的若い年齢層が移り住んできた土地だ。
家を紹介してくれた不動産会社の担当者は誠実で様々な情報を提供してくれた。
将来転売の時にはもう一度世話になりたいと思うくらいだ。
また引っ越しに伴いいろいろ買いそろえるものも多かったが、家電量販店、ホームセンターなどの店も大規模店ではあったが販売員の接客はしっかりしており、都会で感じる以上に親近感にあふれる応対で好感が持てた。今後もたびたび世話になりたいと思う。
ご近所の挨拶回りも終えたが皆さん親切に地域のことを教えてくれ、これならばなんとか溶け込めそうだと一安心している。
誰一人知り合いのいない町ではあったけれど、今はホッとしている。
長年都会のマンションに暮らしていても住民同士ほとんど交流もないというケースは多い。
近隣の人たちとの共生は、移住民にとってシニアライフを充実させるためにも重要なポイントであると考える。
ところで、前橋の買い物中に財布を落としたようだ。
大型店に電話で問いあわせたところ、保管しているという。
すぐにとりに出向き、一円もかけることなく返却してもらった。
こんなところも地方都市のありがたさの一つかもしれない。

                       (この項続く)

ワーケーション 6  周囲の環境を検証

2020年12月 3日

前橋の新居が完成し、10月末にはカギをもらった。
その後何度か足を運び、改めて周囲の環境を確認した。
まず自然環境は、文句のつけようがない。
クルマで1時間圏内に赤城山、榛名山、軽井沢、草津温泉、伊香保温泉、日光戦場ヶ原などがある。30分圏内に秘湯と呼べる温泉がいくつもある。少し走れば田園地帯がひろがり、紅葉も美しかった。
また近所の大型ショッピングセンターだけでなく、日本最大の家電量販店の本社がある他、大型ホールセールクラブ、パワーセンター、ホームセンターなどがひしめき、買い物環境は東京の比ではない。
農協直売店なども点在し、野菜はもちろん肉類も安い。山を越えれば新潟の魚沼だけにコシヒカリなどブランド米があちこちで売られている。
海なし県だが、新潟寺泊港直送の大型鮮魚店がおどろくほど安く新鮮な魚を並べて人気を集めている。
おそらく横浜と比べて実際に購入する日々の品々の食品・日用品の物価水準は相当低くなるはずだ。
テレワークだけなら山あいの別荘でもできるが、おそらくすぐに飽きるだろう。
適度の便利さ、多様な自然や文化交流の窓口があって初めて充実した生活となると思う。
その点県庁所在地は文化施設や官公庁、金融機関という基本的生活インフラを備えている。そのうえで周囲の自然環境が多彩で買物のチャンネルも充実していることが満足度を高めることにつながるのではないだろうか。
 
                           (この項続く)

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