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★風鈴

2020年7月28日

涼を呼ぶ風鈴は夏の季語である。
浴衣にうちわ、そして風鈴と蚊取り線香・・・。
ニッポンの夏、である。
エアコンがなくてもこれで過ごせた夏はせいぜい最高気温30度くらいだった。
 
風鈴のルーツは魔よけの道具である。
古代インドの寺院にあった風鐸(ふうたく)が起源と言われる。屋根の四隅にかけられ、風を受けて鳴る音が魔を払うとされた。
仏教の伝来とともに日本にやってくる。法隆寺の金堂や五重塔にも風鐸が見える。
見て聞いて涼しげな「ガラス風鈴」は、江戸時代に始まる。
割れそうなくらい薄くて素朴、派手な装飾はない。余韻少なく軽やかな音色が特徴である。 
東京に戦前10軒近くあった風鈴屋は今は2軒しかないという。
炉に埋め込まれたるつぼの中でオレンジ色のガラスがドロドロに溶ける。
細長いガラス管の先に巻き取り、空中で息を吹き込み膨らませる。
一つつくるのにせいぜい1~2分、流れるような作業だ。
 
近年この夏の風物詩に逆風が吹く。
近所迷惑でうるさいという苦情である。
除夜の鐘同様、ここでも世間の目は厳しい。

★無言で成り立つ商い

2020年7月27日

週に何度かコンビニに新聞などを買いに行く。
以前なら外国人のバイト君でも「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と舌足らずながらも挨拶していた。
ところがいまはビニールシートの下から商品を出すと無言でスキャナーを操りバーコードを読み取る。
「有料のレジ袋は必要ですか」の声はレジから聞こえてくる電子音だ。
それには首を振って、こちらがスマホのキャッシュレス決済画面を出すと、また向うも無言で読み取る。
つまりレジで客も店員も一言も発せず用が足りるようになっている。
 このご時世不要に話しかけたりすると、かえって嫌がられるという事情もある。
キャッシュレス決済と有料化に伴いレジ袋を客が求めなくなったことで無言の精算が成り立つこととなった。
しかしこれがサービス業というのも恐れ入る。
レストランでも百貨店でも旅館でも、心のこもったサービスの基本はまず「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」からだったはず。
コロナの数か月でそうした価値観はどこかへ消えて行ってしまった。
あらゆるサービス業がアフターコロナにおけるサービスを考えなければならない。
 

★コロナ鬱に思う

2020年7月17日

ある意味、命を絶たれたりケガをしたり、あるいは家屋などに被害が出るなどすれば諦めもつくかもしれない。
そうしたことがなく、見た目には何の変化もないのに、気が付いたらお客さんが来なくなり、仕事が減り、会社が潰れそう・・・。
コロナ禍は忍び足に私たちの足元を襲い、気が付いたら転倒させんばかりの大きな威力をもって迫ってきていた。
対策を立てようがない、努力してどうなるものでもない。
長年気づいてきたものをいとも簡単に奪ってゆく。
絶望と無力感にさいなまれる日々。
コロナ鬱に陥っている人は相当いるに違いない。
頑張れ、というのは簡単だけど、正直何の励ましにもならない。
私も言葉を失っている。
 
鬱の自分を、かわいそうと思わないことではないか。
うつではなく ふつうと思うことだ。
みんなが貧乏になる経済なんだから、私だけではないと開き直ることだと思う。
小さな対策を積み重ねて危機を脱しようと考えることは大切だけど、おそらくそれで頭を巡らせると鬱はひどくなる。
今なら会社潰しても、恥ずかしくない。
対策なんて無意味さ、と開き直ってしまう図太さこそじつはいま最も大切なのではないかという気がしている。
 
 
★「思えば、私たちの人生そのものが何とユーウツな存在ではある。
仏教では不殺生を教えるが、人間は動物や植物など他の生きものの命を奪うことでしか生きてはいけない。このことひとつを考えるだけでも、心が鬱を覚えて当然だろう」
                                                                                                                  五木寛之

★素麺って七夕と関係あり?

2020年7月16日

夏になりあっさりしたものが食べたくなると、まず思い浮かべるのが素麺だ。
実は素麺は七夕の食べ物がルーツである。
素麺の元は索餅(さくべい)と言う奈良時代に中国から伝わったお菓子で、小麦粉や米粉に塩を混ぜて練り、縄のようにねじ上げたもので「むぎなわ」ともいわれていた。
中国の故事によるとある王子が7月7日に亡くなり、鬼神となった霊は伝染病を蔓延させた。人々はその霊を慰めるために生前好んでいた索餅をそなえたという。この索餅が素麺であり、以来7月7日に素麺を食べるようになったと日本書紀は伝えている。
ところで、奈良県の三輪山をご神体とする大神(おおみわ)神社は素麺つくりの守護神とされ、三輪素麺の名は広く知られている。伝説では紀元前91年、大物主命(おおものぬしのみこと)の子孫が大神神社の大神主に任ぜられ、飢饉と疫病に苦しむ民の救済を祈願したところ神の啓示を賜り三輪の地で小麦をつくり、素麺を初めて作ったという。この縁で大神神社祭神は素麺作りの守護神とされ、毎年2月5日には、その年の生産者と卸業者の初取引の卸値の参考価格を神前で占う行事が行われている。
身近な食材にも、伝統が根付いている。

★今から50年前、お中元の人気商品は?

2020年7月15日

「お中元」は中国から伝わり日本の伝統習慣と合わさって日本文化として定着したものだ。
昔の中国では1月15日、7月15日、10月15日を「三元」として祝う習慣があり、7月15日を「中元」として半年間の無事を祝い、祖先の供養をした。それが日本のお盆の行事と結び合わさり独特の行事となった。
これを機に親類や知人と訪問しあい、また集まって久しぶりの無事を確かめあって、その際贈答をするようになった。
この贈答の習慣が「お中元」である。もともとは祖先供養が目的だったが、今では贈答習慣自体を「お中元」と呼ぶようになっている。
東京周辺では7月15日までに「お中元」を贈る習慣で、それ以降は「暑中お伺い」、立秋すぎは「残暑お見舞い」として贈る傾向にある。しかし地方では8月15日ごろが「お中元」の風習になっている。これは陰暦と陽暦の違いによるもので「お盆」と「お中元」が同時期にあり互いに関連している地方の風習の方がことの起こりに近い。
 
昭和30年前後は輸入洋酒、鮭の缶詰、調味料、大瓶のビール、杉箱入りの砂糖などが人気商品で、ほかにクレープの下着上下や浴衣の反物などが多かった。
ずいぶんと時代により贈答商品は変化したものである。

★時間管理は永遠のテーマ

2020年7月14日

在宅勤務はサラリーマンにとって限りなく恩恵が大きいという見方がある一方で、生活にリズムがなくなり不規則になる、満員電車はつらかったが、毎日決まった時間に出かけることは後から考えれば大切だったといった意見も聞く。
 
毎日をどう過ごすかを考えるとき、時間のマネージメントがポイントであることは言うまでもない。
人生100年時代と言うが、100年だろうが50年だろうが如何に悔いなき充実した人生だったかが問題だ。病院で管につながれて100年生きてもあまり嬉しくはない。後で振り返った時いい人生だったと思える生き方をしなければならない。
 
時間の上手な使い方は「ついでにのシステム化」にあるというのが持論だ、
よく「ついでに」と人は言う。
「ついでに」とは、あることをして、それと類似の事を一緒にこなすことだ。
そのほうが効率的で時間の使い方としては賢い。
「新宿に出かけたついでに」
「Aさんに会ったついでに」などという時、たぶんに偶然性が含まれている。
それを偶然ではなく必然に置き換えれば「時間の勝者」になれるわけだ。
では具体的にどうするか。
私は「ポスト・イット」をいつでも近くに置き、ひらめいたこと、テレビや雑誌で気が付いたことを一項目一枚にメモしてゆく。
「荻窪の甲ラーメン屋」
「新宿で乙展覧会 7月20日まで」
「熱海の丙温泉 3万円で豪華食事」
こうしたメモ書きの「ポスト・イット」を、そこに行かれる可能性のある週の手帳の欄に貼っていく。
例えば来月大阪に出張があるとする。
その週のページには大阪とその周辺に関係する「ポスト・イット」がたくさん集められ貼ってある。
当日の詳細スケジュールが決まってくると、時間や場所を考えて、手帳の上から優先順に「ポスト・イット」を並び替えて当日に臨む。
「大阪出張のついでに」、開業間もない商業施設を見たり、友人に会ったり、チェックしたかったレストランに寄ったりと無駄なく時間を過ごすことができる。
行き当たりばったりではこうはいかない。何日も前からこの日の過ごし方を考えて計画を立てていたわけだ。
時間は限られているから一回の大阪出張で果たせない予定はその「ポスト・イット」を次回大阪に行く可能性がある当たりの手帳のページに貼り移して次のチャンスを待つ。
私の手帳には「銀座に行くついで」「新宿に行くついで」「横浜に行くついで」といった「ポスト・イット」がたくさん貼ってあり、常に「ついでに」を待っている。無駄なく確実にやりたいことを実現させてゆく。これこそ時間の活かし方ではないだろうか。
 
 
★「我々は短い時間を持っているのではなく 実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長くその全体が有効に費やされるならば もっとも偉大なことを完成できるほど豊富に与えられている」
 
                        セネカ 「人生の短さについて」


 

★梅雨明けはまだか

2020年7月13日

日曜日未明、横浜の我が家付近は猛烈な雷に襲われた。
何度も落雷があり、たたきつけるような雨に一度目が覚めた後、再び寝付けなかった。
昔から雷が鳴ると梅雨明けという言い習わしがある。日曜日の昼間は太陽が顔を出したが、これで梅雨明けというわけにはいかず、まだしばらく時間がかかりそうだ。
幸いにもこのところ水不足が話題になることは少ない。
降らなければ問題なのだが、降りすぎてもまた困る。そのあたりのさじ加減は天のみぞ知る、である。
人工知能が発達、宇宙にロケットが上がり気象衛星は以前より正確な天気予報を提供してくれるようにはなったが、雨量そのものを調整するという根本技術の開発はまだまだ夢の話だ。
まるで通年行事のように七夕のころに水害が列島を襲う。天の川も氾濫濁流となれば織姫も彦星も逢瀬は叶うまい。
特に被害が度重なる九州では鉄道の寸断か所が続出、鉄橋ごと流され、いまだ前回あるいは前々回の水害から復旧できていないところも多い。これまでは被害に遭ったところは復旧させることが大原則だったが、今後は予算も乏しく難しい場合があるとJRは言う。
災害が起きるところは概して山間部で利用客数も限られている。そこに今更巨費を投じても元は取れない。今やJRは民間企業なのだからできない相談は引き受けられないとはもっともな回答なのかもしれない。かくして新幹線や「駅ナカビジネス」は栄えても、明治以来の鉄路は捨てられてゆく。
被災地という言葉をマスコミはニュースで使うが、今や被災地は日本全国だ。
水害、地震、津波、火山噴火・・・。
繰り返し同じ地域が何度も襲われる例さえある。
そしていまコロナという名の災害の被災地は日本列島津々浦々に及ぶ。
安全と安心がいかに大きな経済資源であるか、生活の大前提であるか。
「当たり前の普通で、なにもないこと」の幸せを大切にしたい。

★災いをいつ吹き飛ばせるか?

2020年7月10日

コロナの犠牲の一つに、ビルや商業施設のトイレに設置されていた「ジェットタオル」がある。
手を洗った後、機械の中に手を通すと勢いよく空気が噴き出て、瞬く間に水滴を弾き飛ばしてしまうというあの機械だ。ウィルスを拡散させる危険があるということで、現在ほとんどの場所で使用中止の貼り紙が出ている。
以前は手拭きの紙やロールタオルを設置していたところも経済性などの理由からこのジェットタオルへと置き換わっていった。それが、コロナで一気に吹き飛ばされてしまった。
実はこの機械、以前にも稼働を停止したことがあった。東日本大震災に伴う原発事故で電力不足が懸念されたとき、あたかも節電のシンボルのように真っ先に止められた。たしかあの時も復活までに1年以上かかったように記憶する。
さて今回、ジェットタオルは復活するか?
私の予想では多分このままお蔵入りではないかという気がしている。
そもそもジェットタオルがウィルスを拡散させるという因果関係は証明できないと思われるからだ。ということは、もともと関係ないものだから、かえって復活のタイミングをつかむのがやっかいだと思う。
仮に手にウィルスが付着していたとしても、それを洗い落とした後の水滴をジェットタオルで吹き飛ばしても悪影響があるとは思いにくい。
それではなぜジェットタオルが悪者扱いされるのか?
おそらく見た目の拡散、吹き飛ばしのイメージが、飛沫感染を連想させているからではないか。
この「連想させる」ことが曲者なのだ。電力不足の時も、ジェットタオルによる節電などほとんど微々たるものなのに、あの勢いのよいモーター音が電力浪費を連想させたことがこの機械を停止させることにつながったのではないだろうか。
実際の効果よりも、イメージの方が先行してしまう。
メーカーが機械に手を差し入れると殺菌効果がある、などと言い出せば世論の風向きはまた変わるかもしれない。
何やらレジ袋を有料化すれば、海洋生物がすべて助かるかもしれないというキャンペーンにも通じるものを感じる。

★希望、お持ちですか?

2020年7月 9日

小学生に将来の希望の仕事を聞いたら「ユーチューバー」という答えが多かったということが話題になった。
今の日本で未来に明るい希望を持ち、就きたい仕事を明確に言える若者はかつてと比べて少ないかもしれない。
特にコロナ以降社会の大きな変化でこれまでの花形の仕事にも変動がみられる。
スポーツ選手やミュージシャンといったあこがれやすい仕事が軒並みコロナで先行き不透明だ。無観客試合や入場制限が続けば高額年収も絵に描いた餅になりかねない。
また医師にしても、コロナで自らが生命の危機に遭う場合もあれば、大きく患者を減らして経営が苦しくなった医院も多い。
大企業と言えども、テレワークなどで業務内容が今後大きく変わりそうだ。
小売業、観光業、運輸業など大きな経営リスクを伴うし、接客があると感染の心配ありと敬遠する若者も増えるだろう。
金融関係もリストラが加速しAIなどにとってかわられる場合が増えそうだ。
バラ色の未来を約束してくれるビジネスがあれば教えてほしいというのが正直なところである。
 
「希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。
それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」 魯迅
                          
こういう心境になるにはもう少し時間が必要だろう。 

★昼寝は夏の季語

2020年7月 8日

厳しい夏を乗り切る特効薬は「昼寝」ではないか。
サラリーマンだと職場で昼寝は難しいかもしれないが、その点テレワークであれば少々の午睡の時間は作れるかもしれない。
かく言う私も昼寝派である。
毎朝3時ごろ起床してフル回転で仕事をすると、昼食後に眠くなる。
自宅ならベッドに直行、30分から1時間くらい寝てすっきりしてから午後の仕事にエンジンをかける。
外に出かける日であっても考え方は同じ。
移動の電車や飛行機の中でぐっすり休み、仕事へと向かう。
夜の就寝時刻が10時くらいだから、夜間睡眠は5時間程度と少なめだが午睡でバランスを取っている。
昼寝は夏の季語である。
特に暑い時期には昼寝は欠かせないものである。
 
話は変わるが、最近若い世代の睡眠時間が増えているという調査結果が出た。
20代から30代前半の若い世代の睡眠時間がこの10年間に1割程度増え、約8時間になったことがビデオリサーチと電通の調査で分かった。
就寝時刻が早まったためで仕事や遊びよりも自宅で過ごす生活様式の変化などに加え、横になってスマートフォンを見ながら眠ってしまう「寝落ち」が影響しているという。
ビデオリサーチでは毎年首都圏の5000人を対象にメディアとの接触状況を調べ電通が分析している。
それによると 20~34歳の男性の睡眠時間は09年に平均7時間11分だったのが19年は7時間55分と10.2%増加。
同年代の女性も09年の7時間19分から19年の7時間59分へ9.1%増えている。
就寝時刻を見ると夜11時にすでに寝ている人の割合は20~24歳の男性で09年の18.6%が19年に34.7%へ、
女性で09年の30.0%が19年位44.9%へと増加している。
起床時刻には大きな変化はなかった。ビデオリサーチが18年に実施した別の調査によれば、15~29歳のうち就寝直前にベッドや布団の中でスマホを使っている人が3分の2に上り、そのまま眠ってしまったという人も多いという結果が出ている。
 
テレワークなどが進めば睡眠時間にもさらに大きな変化が出てきそうである。

 

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