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★発酵の文化

2020年6月 9日

年齢を経ると日本食志向が強まる。
旅に出ると地元の食品店や道の駅を歩き、土地の味噌や漬物などを買ってくるのが楽しみになった。

日本には土地それぞれで育まれた伝統の味がある。その日本食を支えているのが「発酵」であり、これは梅雨など温暖多雨な日本の気候を抜きには語れない。和食がユネスコの無形世界文化遺産に選ばれて6年が経つ。選定の理由の一つには国土が南北に細長く山や海、湖と多様な地形に富んだ日本には地域ごとに異なる食文化が残されていることが考えられる。そしてその日本食のベースにあるのが発酵文化だ。

酢や味噌、醤油などの基本調味料から納豆や漬物といった食品の多くが発酵によってできている。発酵により長期保存が可能になり、またまろやかな食感や風味も備わってくる。もちろん西洋起源のワインやパン、生ハム、チーズなども発酵食品だが日本酒、醤油、味噌といったものは一層複雑な工程を経ることで酵母 乳酸菌などの細菌、コウジ菌に代表されるカビといった様々な微生物のコラボレーションが生み出す洗練された発酵文化へとたどり着く。
カビ付けを繰り返すことで水分を抜き、うま味も塊になる鰹節などは発酵の芸術品かもしれない。


醤油や味噌、納豆などの製法は中国からもたらされたものと考えられる。しかし中国を代表するコウジ菌は主として麦からつくられ麹と表記したのに対して日本は古くから米を使ってコウジ菌を培養してきたのが特徴で、糀という文字も作られた。
発酵食文化が残っているところはよい水に恵まれた湿潤な風土であるだけでなく古代から米の名産地であったこと、また渡来人との交流が盛んで様々な文化が往来したという特色もみられる。
発酵文化の担い手の多くは地方の地場企業である。
コロナが去りそうした地元の味を巡る旅を再開させたいとつくづく思うこの頃である。

★梅の季節

2020年6月 8日

スーパーの店さきに自家用の青梅が並んでいる。梅酒にしようか、梅干しをつくろうかと考え込んでいる主婦を見かける。
梅の全国的産地である和歌山県南部でも南高梅の収穫が最盛期だ。
この地では江戸時代土地に栄養がなく作物が全然育たなかった時に梅の栽培が奨励された。明治時代に高田貞楠(さだぐす)という人が果実の大きい梅を見つけ、高田梅と名付けて栽培し始める。その後「梅優良母樹種選定会」が発足し、5年にわたる調査の結果、37種の候補から高田梅を最優良品種と認定。調査に尽力したのが南部高校の教諭竹中勝太郎であったことから、高田の「高」と「南高」をとって南高梅と名付けられたと言われている。梅生産量日本一を誇る和歌山県を代表する品種である。果実は非常に大きく、種は果実のわりに小さめである。また、果皮にほんのり赤みがさし、果肉のやわらかいのが特徴だ。
収穫初期は青梅が中心で、関東や京阪神などの市場に出荷する。その後、色づいてくると、熟して自然落下するのを待ち、塩漬け加工する農家が多い。
今年は梅の花が咲く2月ごろの気温が高めだったことが影響し、収穫量はいまひとつ。「昨年の7割くらいかと思う。量が少ない分、高く売れればいいのですが」とは生産者の声だ。
収穫は7月まで行われる。今年は新型コロナウイルスの感染拡大で健康志向が高まっており、生産者らは売れ行きに期待を寄せているという。
青梅が出回るころ、入梅となる。今週は関東でも予想されている。
 

★サイレントではない街の風景

2020年6月 5日


最近ピーポーピーポーの救急車のサイレンを聞く頻度が増えたと思いませんか?
40年前、選挙選挙で明け暮れていた頃、幹部から「救急車が来たらマイクのアナウンスやめろ」と指示されていたが、当時は一日に一回あるかないかだった。ところが最近久しぶりに街宣車のマイクを握ったら、1時間に一回くらいの割合で救急車に出会うのだ。
また数年前救急病院に入院したことがあった。
ひっきりなしにサイレンを鳴らして救急車が横付けになる。
窓からのぞいたらなんと6台もの救急車が並んでいた日もあった。
「昨夜は何か大きな事故でもあったんですか」と看護師に尋ねると、
「昨夜?ああ週末だから老人ホームからの依頼が多いのは毎週のことです」という返事に不思議に思ったものだった。
人手の薄い週末は入所者の体調変化が心配で、ホームなどが早めに救急車を呼ぶ傾向があるという説明だった。
それにしても6台並ぶと壮観だ。市の消防本部の名前が入ったものと民間病院の名前が入った救急車があることもその時知った。
 
消防白書によると、令和元年中の救急自動車による救急出動件数は663万9,751件、搬送人員は597万7,912人で救急出動件数、搬送人員ともに過去最多を記録している。これは20年前の平成9年と比べてほぼ倍増している。
公共の救急車だけ見ても全国におよそ6200台あり、一年に国民の23人に一人がお世話になっている計算だという。一日当たりの119番による出動回数は17000回余りだが、50年前は交通事故による出動が半数だったのに対して最近は高齢者対応が全体の半分以上を占めている。やはり高齢化の進展がサイレンを聞く回数の増加と関係があるわけだ。
ただ消防庁では「歯が痛い」とか「水虫がかゆい」「シャワーの水が耳に入った」といったおよそ救急とは言えない要請も多いと指摘しており、有料化すべきという声も高まっている。
 
いつかは自分もお世話になると思いながら、深夜早朝まで聞こえるサイレンを聞くとやはり何があったのかと心穏やか(サイレント)ではない。

★「テレハラ」

2020年6月 4日

テレワークが推奨されオンライン会議が当たり前のように行われるようになった。
通勤の必要もなく自宅が職場になるということはメリットも多いが、それを苦痛に思う人もいるようだ。
カメラに背景が映りこんでしまうことで、会議参加者から「カーテンかわいいね」などと言われるのが嫌だと不満を持つ人の声がネット上に寄せられたり、「ハラスメントにあたる」と弁護士に相談している人まであるという。
背景に自然の風景などを入れるソフトもあるから「自衛手段」を講じることもできると思う。パジャマで職場に行く人がいないように自宅においてさえ公の会議なのだから服装にも多少は気を使って当然だし、背景を事前にチェックして見られて不愉快なものは整理するのは常識だろう。
また他人の家を覗いてあれこれコメントするのもエチケット違反であることは言うまでもない。
それよりも私が心配するのは、テレワークが当たり前になり、日ごろから顔を合わせて人間関係を構築できないこと、他人との距離感を確認できずギスギスした人間関係を作ってしまうことである。
ことさらテレワークハラスメントと大騒ぎする前に、日ごろから雑談を交わすこともない職場環境が日本中に広がってゆくことの弊害をむしろ心配する。
 

★地域の顔が消えてゆく

2020年6月 3日

構造的な経営不振に加えて、コロナ禍による営業自粛もあり、全国の百貨店は存亡の危機に立たされているが福島駅前にある百貨店「中合」が閉店を決めた。
近年地方の顔としての百貨店では甲府駅前に合った山交百貨店、山形市の大沼百貨店、新潟市の三越などが相次いで閉店に追い込まれていた。
中合という名前は中村合名会社に由来する。元をたどれば近江商人の中村治朗兵衛家で、近江麻布の製織と行商で巨万の富を成したとされる
福島でも146年の歴史を刻む老舗だった。
大学を出て初めて赴任した福島で、先輩たちから「福島の人たちのシンボルのような店だ」と教えられたのをよく覚えている。
バブルのピークに11兆円余りあった日本の百貨店の売上高はこの30年で半減した。掛け軸に絵画、壺、高級貴金属などが売れたバブルが去り、郊外の方が法人外商比率が低く比較的堅調な時代もあったが、その後は外国人観光客が立ち寄る都心型店だけが活況で、近年は地方や郊外の落ち込みが顕著だった。
今回のコロナショックで都心型も郊外もともに長期の閉鎖を余儀なくされ、業界全体の息の根が止まりそうな雲行きだ。
百貨店の売り上げの7割は衣料品が中心でいくらデパ地下に人が集まっても収益には結びつかない。
レナウン破綻に見られるように百貨店を主戦場とするアパレルメーカーも百貨店不振の影響を免れない。
呉服や高級婦人服への需要減退、あるいはサラリーマンのカジュアル化など衣料品にお金をかける風潮が薄れてきていることも退潮の背景にあるだろう。
コロナショックは、世間の風景を変えるスピードを一気に加速させることは間違いない。

★人間の本当の魅力とは

2020年6月 2日

この国の最高と言われる大学の最難関の学部を出て、国家権力の中枢の役人になり悪を摘発するような立場になった人でも、最高の人格者であるわけではないようだ。
自らが法に触れるようなことをしていいわけがない。それがどんなに微罪であろうとも自身こそ社会の範となるべき、という躾は受けなかったようだ。
非を認めて職を辞すというのに、「国家権力中枢の要職に在りながら不徳の致すところ」と自ら国民に謝罪し、「退職金などゆめゆめもらえる道理がありません。この国難の時に少しでも国民のために使っていただきたい」と自主的に返納するという判断もなかったようだ。
退職金もらいすぎ、などと国会で議論されること自体が恥ずかしい。
それが道徳心というものであり、最高の役職にあった人の良心ではないかと思うのは私だけだろうか。
ライバルに職を譲り、勝ち誇った後任者が自分に責任はないことを計算に入れて、かつてのライバルに代わって謝罪するとは、辞めた側にとってはこれほど屈辱的なことはあるまい。そうされる前に自ら謝罪をしておいたほうがまだ自尊心を傷つけられなかったろうに、晩節を汚すとはこういうことを言う。
結局この人は躾がなっていなかったということだろう。
「躾」という字は身を美しくと書く。
身を美しくするというのは裸のままで美しくあれということだ。
地位を失っても人間的に尊敬されるような美しさだ。
性質を丸出しにしてもそれが美しい。
心の中に潜んでいる出世欲などを隠しているのではだめだ。
少々の癖があってもいいではないか、それを隠す必要はない。
あるがままで美しくなるように努力する。
それが本当の人間の魅力だ。
こどもに向かい、朝の挨拶をしろ、というのではなく自分の方から元気な声で
おはようと声をかける。
こういうことが当たり前のこと、躾の基本だ。そういう人間的な素養を学ぶことを躾という。
勉学の秀才でもこういうこととは無縁の人だったようだ。

★「おせっかい」の社会学

2020年6月 1日

ある新聞の投稿欄に掲載された短歌の入選作を紹介する。
「あの家に 東京からの 客来たと 噂広がる 過疎の山里」
九州の地方都市からの投稿だ。
緊急事態宣言下、周囲の目を気にする生活があちこちにあった。これは地方の話と片付けられない。
飲食店を開けていると、「閉店しろ」の貼り紙やネットで批判の声が上がる。
他県ナンバーの車で走っていると煽られたり、パッシングされた経験をした人も多いようだ。
かつて都会生活は「隣は何をする人ぞ」と、地方と比べて周囲には無関心と言われたものだが、最近はSNSを使って攻撃をしかけるケースも多く、地域や年齢に関係のない傾向という気がする。
心の中でいろいろ思うところはあっても、面と向かっては相手を尊重して非難などは慎む、というのが大人の流儀ではなかっただろうか。
気に食わないのは、他人に意見するなら匿名ではなく自分の名前も明かせばいいのに、他人に偉そうなことを言う人ほど自分自身の姿は現さないのである。
人を非難するくらいなら自分の言動にも責任を持つべきで、闇討ちのようなやり方のほうがよほど社会悪だと私は思う。
いたずら半分の無責任さで他人を責めるという「存在の軽さ」は、社会の病理ではないか。
そうした折,ネットの中傷で女子レスラーが自殺したのではないかという事件が起きた。多くの人の激しいバッシングが心に刺さると、どれほどつらい目に合うか改めて浮き彫りになった。
安直なネット中傷に社会批判が集まると、その書き込みが次々に削除されているというから呆れる。
SNSという手段が悪いのではない。匿名性をいいことに他人を評したがるおせっかい、大人げなさ、幼稚さが問題なのだ。
これはマスコミなどにも責任がある。ニュースなどで社会事象を報じると、
「ネット上ではこういう意見もあります」などと無批判安直にあたかも大多数の意見の代弁者のごとく美化してツイッターなどからの引用を日常から扱っていないだろうか。
ツイッターなどでの自己表現はあくまでも個人の意見、つぶやきに過ぎないのに、それを日ごろから過大視している社会風潮も改めるべきだと思う。
私自身はフェイスブックなどでは、「いいね!」を安易に押さず、自分の私的コメントは差しはさまないことにしている。公にする文章は匿名ではなく人前で自分の口で発しても責任のとれることしか書かない。「おいしい」とか「すごい」とか個人的感情表現は一切用いない。それが少なくともマスコミで訓練を受けた人間の責任であると思っている。
いかにテレビなどで「おいしい」「すごい」といったコメントが多いことか。
形容表現と事実は違うということをマスコミさえも忘れている。ましてそうした社会で育った人がSNSで勝手なことを言うのはある意味当然の帰結ではないだろうか。

★永代通りを行く

2020年5月29日

自粛中、感染症の本をいろいろ読んでいたが、日本ではハシカで命を落としている人が大変多いということを改めて知った。
江戸時代、ハシカは25~30年おきに流行を繰り返したという。ハシカで亡くなった最も有名な人物は「生類憐みの令」を発した五代将軍の徳川綱吉だろうという記述を読んで、久しぶりに永代橋を渡ってみたくなった。
というのも、隅田川にかかるこの橋は中洲である永代島にかかる橋という意味もあるが、時の将軍綱吉の50歳を祝う記念事業として架けられたとも言われている橋なのだ。
架橋は1698年(元禄11年)である。当時としては最大規模の橋で長さが200メートル、幅6メートルあったと記録に残る。時は元禄バブルの時期だった。
ちなみに架橋から4年後、赤穂義士たちが吉良上野介の首をもってこの橋を凱旋し、泉岳寺に向かったと言われている。
地下鉄を茅場町で降り、永代通りを進むとほどなく青く染められたアーチ形の橋が見えてくる。
この永代橋は関東大震災で他の隅田川にかかる橋とともに落ちてしまった。
復興計画策定の中で帝国復興院総裁、後藤新平は「100年後この国は観光大国になる。セーヌ川のように隅田川が観光の名所となるためには画一的な橋では魅力に欠ける」と、強度とともにデザイン性も求めた。
後藤新平はいま、日清戦争の復員兵を瀬戸内海の島に隔離して検疫を実行、コレラなどの蔓延を防いだことでも評価されているが、先見性がいかに政治家に必要か思い知らされる。
永代橋を渡りしばらく行くと澁澤栄一旧宅の説明板がある。500余りの企業の設立にかかわり日本資本主義の父と呼ばれる新一万円札の顔は、この地に住み采配を振るった。
危機に瀕する日本が永代も反映し続けるか、いま大きな岐路に差し掛かっている。
かつてバブルが崩壊した時、証券会社が立ち並ぶ永代通りは「バブル崩壊街道」と呼ばれた。
この道の先にどんな未来があるのか考えながらの永代通りの散歩であった。

★消毒用の酒

2020年5月28日

時代劇で切られた武士が焼酎を傷口に吹きかけて消毒をしているシーンは何度か見たことがあった。
蒸留酒である焼酎は古来刀傷などの消毒に利用されたようだ。
そんなことが現代でもまた復活した。アルコール飲料を不足している消毒液に転用しようという動きが各地で本格化している。
各地の酒造業者が次々と参入、アルコール度数の高い酒を消毒液に加工販売しているのだ。4月に厚労省が70~83度の酒を代用品として認めるという通達をだし、また国税庁も消毒専用酒については酒税を免除することとした。
厚労省によれば蒸留酒を消毒に使用する場合、適当なアルコール度数は70~80度くらいで、度数が高いほど殺菌効果はあるものの、あまり高すぎるとウィルスを除去する前に揮発してしまうという。
こうした動きにビールメーカーも反応した。アサヒビールとキリンビールは余っているビールを消毒用アルコールにするため茨城県の酒造メーカーに無償で提供することになった。ビールを蒸留して高濃度のエタノールを取り出し自治体に無償提供するというもので、今月半ばから茨城県の酒造メーカーに協力している。飲食店の自粛で業務用に作られたビールが余ったという事情があった。
今後消毒用アルコールは、経済活動が活発化するとさらに需要は増すとみられ、参入業者も増えそうだ。混乱克服にみんなの英知がブレンドされている。

★会社が変わる

2020年5月27日

日本ではパソコンの需要は最近頭打ちだった。
タブレットやスマホへのシフトが著しく、オフィスではともかく個人ではパソコンがなくても支障がないと感じる人が多かったようだ。
ところがここにきてパソコンメーカーの活況が伝えられている。
コロナ禍であらゆるビジネスが縮小している中にあって数少ない拡大ビジネスに数えられる。
在宅勤務が奨励され、あるいはオンライン授業が常態化し、家庭用のパソコンの需要が急増したようだ。NECは前期純利益が前の期の2,5倍になり最高益を更新した。これは実に23年ぶりのことで、Windows95が出てパソコンが普及し始めたころ以来という歴史的ともいえる決算だ。
緊急事態は解除されたが、一度動き始めた在宅勤務やオンラインミーティングのインフラ整備は今後も活用されてゆくことは間違いない。
わざわざ満員電車に揺られ朝定時に全員顔を合わせることもなくなるだろう。
ハンコ革命も進み、これまでできなかった会社の仕組み改革はもう待ったなしだ。一堂に集うオフィスも不要、みんなが現地で顔を合わせる出張も不要。
何年かかっても遅々として進まなかったオフィス改革はコロナ禍で好むと好まざるとにかかわらず一気に進む。
その時都心のビル需要はどうなるのか?
通勤客の苦痛の上に成り立っていた日本の鉄道産業はどうなるのか?
そしてこの流れの先に、果たしてリニアは必要かという大問題が待っていることは間違いない。

 

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