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西村晃の路地を曲がれば、もう旅人

第48回 金沢を歩く

梅雨入り前に仕事で金沢を訪れた。
北陸新幹線の開業に合わせて駅が改良され、正面玄関の大屋根が特に目立つ。
金沢は雨も雪も多い街だ。
その気候風土に配慮し人々が集う広場の上に傘を差しだすように屋根をつけようと考えたという。

名付けて「もてなしドーム」。
半径90メートルの巨大な球の一部を広場中央の歩行者の空間の形に合わせ、ちょうど三味線のばちの形に切り出した形状をしている。
屋根や壁の上部はガラスでおおわれているが、足下は解放されていて防風版の間からバスやタクシーに乗降できる。
屋根と壁を合わせて全部で3019枚の強化ガラスが使われており、180センチの積雪にも耐えられる構造だという。


金沢駅


駅からぶらりと散歩感覚で香林坊方向へ歩く。
今夜の宿泊ホテルにまず荷物を置き、ホテルの前にある尾山神社へ。
尾山神社は加賀藩の藩祖前田利家を主祭神とする。
境内には馬にまたがる凛々しい利家公の像もある。
ここの特徴は神社の入り口にある神門だろう。
棟梁、津田吉之助の設計施工で洋風建築を模した擬洋風建築で神社の門としては珍しい形状だ。
竜宮城を思わせる中国の寺院に見られる様式だ。
最上階には色ガラスがはめられ灯台の役割も果たしていたと伝えられている。
モダンハイカラで一般の神社とは一味違う独特の雰囲気を持った金沢の名所である。


尾山神社

夜の仕事を終えて、翌日。
本格的な金沢の観光に出かける。
まずは早朝の散歩から。
5時にホテルを出てすぐ近くにある長町武家屋敷跡に向かう。
長町を流れる大野庄用水は、古くから人々の生活を支え、今も町に趣を添えている。
その水辺に加賀藩時代の上流・中流階級藩士の侍屋敷が今も軒を連ねている。
黄土色の土塀と石畳の路地が続き、まるで時代劇映画のセットのような一角だ。
ここはテーマパーク的なものではなく今も市民生活が営まれている。
また冬には雪から土塀を守る「こも掛け」が雪吊りとともに金沢の冬の風物詩となっている。
「こも掛け」とは、土塀の中にしみ込んだ雨水が凍って土塀にひびが入るのを防いだり、積もった雪が落ちるときに土がはがれるのを防ぐため、わらで作った薦(こも)を土塀につり下げるものだ。
寒冷地ならではの知恵がここにある。

この時間帯はまだ開いていなかったが、屋敷を公開している「武家屋敷跡野村家」では豪華な建物と美しい庭園を楽しめる。
また「旧加賀藩士高田家跡」では修復された藩政時代の長屋門を一般公開しているし、敷地内には見事な池泉回遊式庭園もある。
足軽屋敷を移築再現した「金沢市足軽資料館」では、足軽の職務や日常生活を知ることができる。
「長町友禅館」では本加賀友禅の工芸品と着物が展示されているなど、地域全体が博物館として機能している。


美しい武家屋敷の町並み


武家屋敷群を抜け表通りに出て、香林坊から犀川を目指す。
まだ6時前後、人通りも少ない。天気は快晴、気持ちがいい。
金沢一の繁華街香林坊には大型商業施設が立ち並ぶ。
この特徴ある地名の由来は、比叡山の僧であった香林坊が還俗して、この地の町人向田家の跡取り向田香林坊(むこうだこうりんぼう)となり、以来目薬の製造販売に成功して「香林坊家」として繁栄したことによるそうだ。
再開発された映画街の広場には、この由来にちなんで、メグスリノキが植えられている。

このあたり「アパホテル」だらけだ。
久しぶりに来ると、ずいぶん増えたなとびっくりする。
地元企業だけに金沢では独り勝ちのようだ。
帽子姿の例の女性社長の看板もあちこちで目にする。

ほどなく犀川大橋へ。
金沢市民の憩いの場ともいえる犀川の河原に出る。
広々とした河川敷、気分がいい。
ジョギングや犬の散歩で朝から賑わっている。


金沢市民の母なる川 犀川


金沢は多くの文化人を輩出しているが、詩人室生犀星も郷土を愛した文化人として知られ、河畔に文学碑がある。
犀星と言えば「ふるさとは遠きにありて思うもの」という一節で知られるが、ふるさと金沢と東京を行ったり来たりして過ごしていた。
犀川で折り返し、ホテルにもどって朝の散歩を終える。
1時間余りの散歩で朝食がうまかった。


室生犀星文学碑


午前9時。
身支度を整えて改めて市内観光へ出発。
街と親しくなるためには歩くに限る。
できる限り歩いて、疲れたら今度はバスに乗る。
観光バスやタクシー、レンタカーなどは極力使わず、まずは足と目、耳で街を味わうのが私の観光ポリシーだ。
地図を頼りに本日のコースをあらかじめ決めておいた。
行ったことがない成巽閣をまず制覇、その後兼六園、金沢城公園を抜けて近江町市場で昼ごはんという予定だ。

6月だが、もう夏の日差しが朝から照り付けている。
荷物はチェックアウトしたホテルのフロントに預け、身軽に街を歩く。

香林坊から金沢城公園を抜ける。
緑が鮮やかで気分がいい。
町の中心部にこれだけの自然があるのは金沢の魅力の一つだろう。
立派な建物が見えてくる。
「石川県政記念しいのき迎賓館」と地図で確認。
立派なわけでもともとは石川県庁本館だった建物をリニューアルしたものだ。

旧館は大正13年(1924年)に竣工した鉄筋コンクリート造の建物で、設計は国会議事堂などの設計に携わった、大蔵省大臣官房臨時建築部技師の矢橋賢吉氏が行ったという。
しいのき迎賓館は旧県庁舎の一部を保存し、天然記念物であるしいのきと一体の外観や歴史的な意匠が残る玄関ホールや中央階段などの内部のデザインを活かしながら、新たな文化を育みにぎわいの創出に貢献するものとして生まれ変わった。

広坂の交差点を渡ると、金沢最古の神社とされる石浦神社がある。
そのすぐ向かいに「金沢21世紀美術館」があることは知っていたが、すでに3回見たことがあったし、ここに入ると1時間以上はかけなければならない。
限られた時間での観光を考えて今回は諦めた。


しいのき迎賓館


坂を上り、金沢神社を目指す。
1794年加賀藩11代藩主、前田治脩が藩校明倫堂を建てた際、その鎮守社として前田家の祖先とされる菅原道真を奉斎する神社を創建したのが起源。
神社には、災難除けの神である白蛇竜神、交通安全の神である琴平大神、商売繁盛の神である白阿紫稲荷大明神も合わせて祀り、歴代の藩主が兼六園を散策する際に藩内の繁栄と平和を祈願した。


金沢神社

金沢神社から成巽閣は近い。
これで「せいそんかく」と読む。
成巽閣は江戸時代末期1863年に前田家13代斎泰(なりやす)が母堂にあたる12代奥方、眞龍院のために造営した奥方もための御殿だ。
眞龍院の生家鷹司家の御殿が「辰巳殿」と呼ばれていたことや、金沢城から辰巳の方角にあることから「巽御殿」と呼ばれ、明治維新後現在の「成巽閣」という名に改められた。
敷地は2000坪、2階建て、寄棟造り、柿葺きで階下は公式の対面所としての謁見の間を中心にご寝所、御居間など優雅さを備えた書院造りとなっている。
また階上は鮮やかな群青色を用いた「群青の間」を中心に紫色を用いた「群青書見の間」「網代の間」など天井・壁・床の間の色彩や材質に意匠を凝らした数寄屋風書院造りとなっている。
大名家奥方という女性のための建造物という貴重な建物でもある。

私が訪ねたこの日「前田家伝来 御所人形展」が開かれていた。
高砂、七福神、弁慶、牛若といった能や狂言から取材して衣装を着せた見立て人形と呼ばれる人形や公家の子女の髪形と衣装のびんぷく人形、稚児輪人形など様々な人形が展示されていた。
金沢には何度も来ているが、その存在すらも知らなかった成巽閣だが、加賀百万石文化の奥深さを知る貴重な史跡であることを今回知ることができた。


成巽閣

成巽閣と隣り合わせたところに兼六園の門がある。
金沢に来て、ここに入らぬという選択肢はありえないだろう。
兼六園は、もともと金沢城の城に属した庭だったという。
1676年、5代藩主前田綱紀が蓮池御庭を建て、その周辺を作庭したことに起源がある。
その後、大火などもあり荒廃したが、11代藩主治脩が復興に取り組んだ。
1822年12代藩主斉広の豪奢な隠居所「竹沢御殿」が完成、その庭に辰巳陽水を取り入れて曲水をつくり、各種の石橋をかけた。
竹沢御殿が完成した年に中国の宋の時代の詩人・李格非の書いた「洛陽名園記」の文中からとって宏大・幽遂・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼備するという意味で「兼六園」と命名されている。

新緑が美しい庭園は平日の午前中ということもあり比較的静かだった。
池に緑が映え、広々とした中を歩くと実に気持ちがいい。
何回か来て入るが、こちらが歳をとってくると庭園に対する味わい方も変わってくる。
今回が一番心にしみわたるような喜びを感じることができた気がする。


兼六園

今回が、と書いて今回ならではの感想をあえて書くと、静かだと思ったのは実はつかの間だった。
正門方向から次々とやってくる団体客はすべて外国人。
もう大群という言葉しか思いつかないほど、兼六園は大勢の外国人の庭と化していた。
思い思い大きな声、呵々大笑・・・。
まあにぎやかなこと。
おかげさまで日本庭園の落ち着きを楽しもうと思っていた興は一気に冷め、早々に脱出することになった。
後でタクシーに乗ったが「外国人が来ないのも困るけれど、最近は外国人を避ける日本人のお客さんも増えているんですよ。
京都も同じらしいけれど日本人が敬遠するようになっては困るという意見を地元ではずいぶん聞きます」
と運転手は話した。

「喧噪の兼六園」を逃げ出して金沢城公園を抜けて、次の目的地、近江町市場を目指す。
近江町市場は金沢市の中心部にある食品店と生活雑貨店が集まる市場のことだ。
もともと近江商人が作ったという話からこの名前がついている。
屋根つきの市場は老朽化も進んでいたが、2009年に市街地再開発事業で「近江町いちば館」が開業し、観光客も必ず立ち寄る金沢の名所になっている。
お目当ては何といっても加賀野菜や海産物など地元産の食品と、それを食べさせる飲食店街だ。
私も金沢に来るたびにここに立ち寄ることにしている。


近江町市場

ランチタイムでもあり気軽に食事ができる店としてお薦めなのはやはり回転寿司だろう。
のどぐろやブリ、ホタルイカなど北陸ならではの新鮮なネタがふんだんにあり、東京で同じものを食べることを考えると格段に安い。
正午を過ぎると店の外の行列が長くなるから、少し早い時間を狙う。

本日は11時半。
待たずにカウンターに案内された。
数年前に同じ店に来たときはなかったタッチパネルのオーダー機械でお好みの注文を出しながら、ターンテーブルからもこれはという皿に手を出す。
回転寿司は、ターンテーブルも回転するが、客の回転もまた速い。
何しろ待ち時間がほとんどなく、酒を飲む人も少ない。
ひたすら皿を空にする。
まして男一人の客ともなれば30分座っている人は少ないかもしれない。
少食の私はせいぜい7~8皿。
ゆっくり食べても30分かからなかった。

早々に店を出て、市場内をぶらつく。
昼になり客の数が増えてきた。
あちこちに人だかりや行列ができている。
暑いし、寿司を食べた後は何となくあれが欲しくなる。
そう、ソフトクリームだ。
何軒か販売している店はあったが、私はお茶屋を選んで「抹茶ソフト」を注文する。
寿司を食べた後も口の中にぴったりの甘さと渋さが絶妙で、格好のデザートを楽しんだ。

腹も膨れ、歩数計を見ると早朝散歩からすでに15000歩あまり。
そろそろ限界を感じ、ホテルに荷物を取りに帰り、新幹線に乗る。
金沢は始発駅だから自由席でも問題なく座って帰ることができた。
思えば講演など出張旅行が多いが、新幹線の指定席を取ることはもう20年以上ない。
それでいて一度も自由席で座れなかった経験もない。
旅行シーズン最盛期に動かないという事情もあるが、私なりにちゃんと座るコツも会得している。
まあそれは機会があればゆっくりお話しすることにして、まずは新幹線の午睡を楽しませていただきたい。

おやすみなさい。