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教習生減少と戦う自動車教習所マーケティング感覚で、顧客満足を高める「阪急ドライビングスクール服部緑地」

少子化に加えて経済環境の悪化や、若者のクルマ離れもあり、自動車教習所はどこも教習生の減少に悩む。
大阪の郊外にある自動車教習所「阪急ドライビングスクール服部緑地」はそうした中にあって、積極的な営業を仕掛けている。
ともすれば、向こうから教習生がやってくるのを待っていたこの業界にあって、いま求められているマーケティング感覚とはなにか、を取材した。

阪急ドライビングスクール服部緑地

「こんにちは、こんにちは、世界の国から」
太陽の塔がそびえる千里丘に半年で当時の日本の人口の過半数が集まった世紀の祭典大阪万博。
6400万人が集ったあの喧騒は、もう歴史のかなただ。
万博中央公園を歩くと、いまも遺産のように太陽の塔がたつ。
あれから40年。
公園の木々もすっかり大地に根付き、時間の経過を感じる。
このあたりの街もすっかり成熟、いやもはや老齢化の気配さえ感じる。
万博の時代は、団塊の世代がまさに大都会大阪で職を得て、結婚、住宅需要も旺盛のころ。
千里ニュータウンは爆発的人口増で日曜日ともなれば引っ越しのトラックが行き交っていた。
そのころ産声をあげたのが「阪急ドライビングスクール服部緑地(当時の名前は服部緑地自動車教習所)である。
1965年にオープン、モータリゼーションの時代でまさに大盛況だった。

しかし時代は変わった。
いまこの国は少子化、18歳人口急減に加えて、若者のクルマ離れと自動車教習所をめぐる環境は様変わり。
この「阪急ドライビングスクール服部緑地」ももちろん例外ではない。
2009年の教習生は約2200人、これはピークだった1993年のざっと6割だ。
「自動車教習所ビジネスは苦境に立たされています。教習以外の女性向けネイルケアなどもできるようにしたり、レジャー施設とセットで大学生を集客しようという合宿型教習所などもあります。私たち阪急ドライビングスクール服部緑地は、大阪府下で40校ある教習所で、中堅の規模ですが、7年前からタクシー運転手など二種免許の教習を開始しました。親会社である阪急タクシーの要請もあり、専門の資格者を揃えてプロドライバーの安全運転教育に力を入れて取組みこの分野では府下第2位の規模にまで成長しました」
と、取締役営業部長の吉田岳彦さんは語る。

さらに「阪急ドライビングスクール服部緑地」では、新たに運転免許を取ろうとする人が減るならば、既に免許を持っている人をターゲットにしようと考えた。
まず「高齢者講習」だ。
近隣地域には千里ニュータウンがあり、この教習所で免許を取得した人たちがいまも住んでいる。
やがて彼らが70歳となり、再びこの教習所で高齢者向けの安全運転教育を受ける可能性は高い。
また、「企業診断」と呼ぶ、各企業従業員の安全運転教育のマーケット開拓にも乗り出した。
就職前に運転免許は取得したものの、その後はあまりクルマに乗る機会がないペーパードライバーは都市部においては潜在的に多い。
そのような人が、業務上クルマの運転をする場合に、企業としての安全教育はどのようにするべきか、あるいは不幸にして事故を起こした従業員への再教育はどうするべきか、という課題を抱える経営者が多いことに気がついたのである。
自動車教習所として、これまでに蓄積した教習のノウハウを体系化し、新たな教育メニューとして地域の企業を対象に、従業員に対する安全運転教育を呼びかけている。

「黙っていて向こうから教習生がやってきた時代は去ったということです。これは一過性の不況ではない。何もしないから不況なんだ、ということです。自ら動き、需要を発掘する。言い換えればこの業界に初めてマーケティングセンスが求められる時代になったということです。私たちはアイデアをどんどん実践して生き残っていこうと思います」
吉田さんは力強く語った。

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